表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらラスボス魔王城前「教会」  作者: 原雷火
シーズン8 ※Pルートは「神トーク」までの通常ルートを読み終えてからお読みください
347/366

その頃、ニーナは……

 王都より南方の群島地域にある町――エーゲの地に私は降り立った。


 町の外れにあるため大神樹の芽の影響力は低く、島国ということで独自の文化を持っており、まだ住民たちに無気力症状は現れていない。


 潜伏先にはうってつけだった。


「わあああ! 海だあああ!」


 深く澄んだ青い水面にさざ波が揺れて、陽光をキラキラと反射する。湾を囲むように白壁の家々が建ち並んでいた。


 浜辺を指さして彼女は俺に微笑みかける。


「おにーちゃ! 今日は海ですか? しおひがりですか?」


「…………」


「あれ? えっと……おねーちゃはいないの?」


「いない。お前は誘拐されたんだ」


「ゆーかい?」


「それに私は……」


 彼女――幼い魔王の妹にとって、俺は良く知る“顔”なのだ。


「別のおにーちゃなの?」


「そうだ」


「そっか……ニーナね、おにーちゃがいきなり案山子のマーク2さんと、たたかいごっこして驚いちゃったから、そのときにあれ? って思いました」


「…………」


 幼女はちょこんとお辞儀をした。


「セイおにーちゃとまちがってごめんなさい」


「なぜ謝る?」


「ちゃんと、あいてをみてなかったからです!」


 幼女はハキハキと応えた。


「あのあの、それでニーナは、ニーナっていいます」


「知っている」


「よかったぁ」


「なぜホッとする」


「ちゃんとしっててもらうと、うれしいって思うから。だから、おにーちゃのお名前を教えてください!」


「名前などない」


「じゃあじゃあ、なんて呼んだらいいかなぁ」


 腕組みすると幼女はらしくもなく、眉間にしわまで寄せて真剣に悩み始めた。


 なぜ攫った俺のことで彼女は悩んでいるのだろうか。


「ひ、ヒント! あのね! なにかヒントをください!」


「ヒントだと?」


「たとえば、どこで生まれたとか、なにが好きとか! ニーナはね、どこで生まれたかわかんないけど、おねーちゃの妹さんで、セミが好きです!」


 つっかえつっかえになりながら、幼女は俺の顔をじっと見上げた。


 宝石のように青い瞳をキラキラとさせて、返答を待っている。


「私はここに良く似た別の世界からきた」


「うーん、むずかしくてわかんないかも」


「人間ではない」


「も、もっとぐたいてきにていあんしてください!」


「なんだと?」


「ニーナは人間で、おねーちゃは魔族で、ぴーちゃんはゴーレムだから!」


 彼女の周囲には、やはり様々な種族が集まるようだ。


 以前と同じだった。


 その愛らしさも、無邪気な笑顔も、純粋さも。


 ここは私の居るべき場所ではない。すでに私の世界は消えて無くなったのだ。


「私は……ゴーレムだ」


「じゃあ、ぴーちゃんといっしょだね!」


「……試作二号機」


「にーちゃん? それだとセイおにーちゃとまぜるな危険かも」


「名前など必要ない」


 幼女が首を小さく左右に振る。


「あるよ! ちゃんとお名前がなかったら、呼んでもらえないから! ニーナはお名前は、とっても大切だと思いました」


 なぜ過去形なのだろう。いや、こういう口振りをする娘だったか。


「なんて呼んだらいいですか?」


「好きにしろ」


「じゃあじゃあ……えっと……ごーちゃん!」


「ごーちゃん……だと?」


「うん! ゴーレムのおにーちゃだから、ごーちゃん!」


 後に私以外のゴーレムの男が出てきた場合、どうするのだろうか。私がゴーレムの代表のようになってしまうのだが、それでいいのだろうか。


 なぜ、私はこんなことを考えてしまうのだ。目的を忘れるな。使命を果たさなければならない。


「あのねあのね、ごーちゃんの名前の秘密、わかりますか?」


「私がゴーレムだからか」


「ええぇ……すぐわかっちゃったかぁ」


 小さく口を尖らせて幼女はがっかりという顔だ。だが、すぐに胸を張って手を上げると、指を二本立てる。


「だけど、もういっこあります!」


「興味はない」


「ニーナはあります! なにかなぁ? なにかなぁ?」


 自分が置かれている立場を彼女は理解していないのだろうか。獲物を狙う猫のようにお尻のあたりをフリフリさせてから、幼女は万歳してみせた。


「じゃじゃーん! 実は、ぴーちゃんとお揃いなのです! ぴーちゃんと、ごーちゃん! ちょっと似てる感じだけど、ちゃんとちがうでしょ?」


「それがどうしたというのだ」


「ぴーちゃんもゴーレムだから! あれ? どうしたの、ごーちゃん?」


「どうもしないが」


「だって、泣いてるよ?」


 私の頬を液体金属の雫が滑り落ちた。この身体は生物と無機物の合成体だが、涙を流す機能など有していない。


 だというのに、思い出してしまった。


 かつてここではないこの世界で、私を守ろうと身を挺したゴーレムの少女の背中を。


 あの災厄がなぜ引き起こされたのかはわからない。


 魔王城を中心に世界が闇に呑み込まれ全てが消え去る……はずだった。


 試作六号機……彼女のおかげで俺は生き残り、エミルカによってこちらの世界にサルベージされたのだ。


 もう二度と、同じ過ちを繰り返さぬために。


「ごーちゃん元気だして。しゃがんでください」


「命令するな」


「むー! ごーちゃんは強情の、ごーちゃんですか!?」


 なぜか怒られてしまった。幼女の機嫌を損ねると、町を行く人々が足を止めこちらに注目する。あまり騒ぎは起こしたくない。


 ひざまずくと幼女は俺を抱き寄せて、そっと頭を撫でた。


「いいこいいこ。ごーちゃん素直になれました。えらいです」


「なぜこんなことをするのだ」


「ニーナはこうしてもらうと、とってもうれしくて、ほっとするからです。いや?」


「嫌では……ない」


「だれかにしてもらってうれしかったこと、よかったこと、たのしかったことをできる、そんな大人にニーナはなりますように」


 自分のことだというのに、流れ星に願うような口振りだ。


 ますます町の住人たちの視線が集まってしまった。


 ところで――




 くきゅうううう




 と、幼女のお腹が悲鳴をあげた。


「あうぅ……おやつ食べてなかったかも」


 人質の身の安全は確保しなければならない。ましてや殺してしまっては価値もなくなってしまう。大人しく従わせるためにも、丁重に扱うのは合理的な判断だ。


「食事にしよう。私がごちそうする」


「え!? いいの!?」


「それが合理的と判断したためだ……だが」


 気になることがあった。誘拐について理解しているか定かではないが、もし自分が誘拐された立場で、空腹となれば「元いた場所に帰りたい」と言うだろう。


 膝立ちの姿勢から立ち上がった俺の手を握って、幼女は俺の言葉を待つ。


「なぁに?」


「帰りたいというのが通常ではないか?」


「あのね、えっとね……うん。ニーナもちょっと思ったの」


「ではなぜ、そう言わないのだ」


「えーと、ごーちゃんが泣いちゃったから、ニーナは心配なんだ。それにね、案山子のマーク2さんとケンカしちゃって、なんだかちょっとたいへんそうだから」


「そんなことか」


「ケンカしちゃうと、ちょっと困るから。そういう時は、れーきゃくきかん? を、おくんだって。ステラおねーちゃね、いっつもセイおにーちゃとケンカになっちゃうから、れーきゃくするの。だから、その時はニーナがステラおねーちゃのそばにいてあげるんだ」


「冷却は重要だ」


「そしたらステラおねーちゃね、すぐに元気になって、またセイおにーちゃのところに行けるの! ニーナはステラおねーちゃとセイおにーちゃが仲良しだと、とっても嬉しいですから」


 だから私のそばにいるというのか。


 得体の知れない、あの青年と同じ顔をした別の……人間ですらない私を信用するなんて、非合理的だ。


「ありが……とう」


 なぜ自分の口から感謝の言葉が漏れたのか、それが解らなかった。

「教会」コミックス二巻は本日発売! 新エピソードもニコニコ静画とコミックウォーカーで11:00更新予定!


原作も更新がんばるんで、みんな応援してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ニーナちゃん逃げてー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ