ん? 今、なんでもするって(以下略)
俺の胸の中で少女の呼吸が少しずつ、普段のテンポを取り戻していく。
合わせて魔族体の姿も、元の人間に近いものへと変わっていった。
ニーナに合わせたからなのかステラのとる普段の姿は角と尻尾があるくらいで、ほとんど人間のそれだ。
元に戻った彼女の手を引く。
「え? どこにいくの?」
「少し外の空気を吸って、落ち着きましょう」
独りで来いと要求されて単身行かせるわけにもいかない。
俺はステラをつれて聖堂から外に出た。
ぴーちゃんは何も告げず聖堂に残る。彼女なりに調べることや、破損したマーク2の記録水晶の修復にさっそく取りかかるのかもしれない。
ステラのことは一任された。信頼の証と受け取ろう。
教会前には荒野が広がり、魔王城がぽつんとそびえている。
ベリアルは城内らしく、門番の定位置には彼女の代理を務める看板が立っていた。
「ねえセイクリッド早くニーナを助けにいかなきゃ! じっとなんてしてられないわ」
「まさか本当にお独りで行くつもりではありませんよね?」
「だ、だってそうしなきゃニーナが……」
うつむいて震える赤毛の少女に俺は首を左右に振って返す。
「魔王様は……ステラさんは独りではありません。ベリアルさんに、ぴーちゃんさんもいらっしゃいますし、なんならアコさんたちもいます。ニーナさんの窮地と知れば協力してくれるでしょう」
突っ走って失敗しそうな勇者ご一行様だが、そこは配置配役をこちらできっちり設定すれば、陽動や囮や肉壁などはしてくれる……だろうか。いささか不安なところである。
それに相手が魔族や魔物ではなく、ぴーちゃんたちの同族――ゴーレムだった場合、アコたちが死亡した際に魂は復活できるのだろうか。
基本的に、大神樹は人間同士の争いによる死者は復活させない。調べれば例外的な事例はあるかもしれないが、キルシュの実家が暗殺家業を営めるのも人間が人間を手にかけるからだ。
人間同士の戦いの死者がよみがえるとなれば、戦争の様相が一変してしまうのである。
対魔族魔物で人間を団結させるため、人間に殺された者は復活できなかった。
「心配はいりません。キルシュさんは元々強いですし、最近ではカノンさんも腕を上げました。それにアコさんのしぶとさはかなりのものですから」
ステラが下唇を噛む。
「だ、ダメよ。魔族同士のゴタゴタにアコたちを巻き込むなんて」
まだステラは誘拐犯の姿を見ていない。どこかの魔王候補になった上級魔族を想定しているのだろう。
「私もニーナさんをお守りすると誓いました。大神官の力は身をもってご存じのはずです」
「けど……あたしは……あたしなんて……あたしに用があるんでしょ? 例えばあたしとけけけ、結婚して魔王の玉座につくとか……最悪、あたしの命が欲しいって要求ならくれてやるわよ! それでニーナが助かるなら……セイクリッドが守ってくれるなら!」
俺はステラの正面に立ち両肩を掴んだ。
「もちろんニーナさんは奪還いたします。ですからどうか、自暴自棄にだけはならないでください」
「だけど……」
ステラはまるで死にたがっているようにさえ思えた。
「今回の一件、ステラさんにはなんの咎もありません」
「あたしが魔王だからニーナがさらわれたんでしょ!?」
「ではなおのこと貴女に責任はないのです。生まれる前に魔王になりたいと望みましたか?」
「そんなの……無理よ」
「人も魔族も生まれを選ぶことはできないのです」
「けど、だからって責任を放棄できないわよ。魔王の娘として生まれて、今は魔王なんだもの。その選択をしたのは……あたし自身だから」
「それはいったい誰のためでしたか?」
「ニーナのためよ。だからニーナだけは守りたいの。セイクリッドにだって守りたいものくらいあるでしょ?」
「ええ、目の前で今にも泣き崩れてしまいそうな貴女をお守りしたいのです。なにより貴女がいなくなるようなことがあれば、ニーナさんは悲しみます。優しいニーナさんのことですから、自分を助けるためにステラさんが犠牲になれば、一生その罪を背負いさいなまれ続けるでしょう」
「ず、ずるいわよ……そんな言い方……」
「ですからどうかステラさんには無事でいて欲しいのです。私はお二人を守ると誓いました」
ひざまずいて胸に手を当て頭を垂れる。
「どうかご命じください魔王様」
「え、な、なんて言えばいいの」
「魔王らしく宣言していただいても良いのですが、普段通りお願い感覚で構いませんから」
俺が顔を上げると少女は涙をこぼしながら声をあげた。
「じゃ、じゃあ……なんとかしてセイクリッド!」
「仰せのままに」
なんとかステラの自暴自棄にブレーキはかけられたか。
さて……ここからどうするか。
クラウディアに頼めば王国軍も動かせるだろう。ニーナは王族なのだから。
ヨハネもニーナの事を気に入っている。が、現状を鑑みれば私情では動くまい。
軍勢は率いる者によって良くも悪くもなるし、そもそも俺に指揮能力は無い。少数編成ならいざしらず軍を動かす器ではないのだ。
魔王ながらステラにも難しいだろう。ベリアルの方が得意かもしれない。
が、ベリアルとて魔王に仕える者である。
城を持ち多数の部下を率いたことのある二人の上級魔族が適任か。
いや待て、彼らが指揮できるのはそれぞれの配下になる。ステラの軍門に降った今、配下の管理ができるほどの力が残されているのだろうか……。
「どうしたのセイクリッド?」
「味方は多いのですが人選について考えておりまして」
「大人数で押しかけたら……ダメってこと?」
「そうですね。誘拐犯にバレない程度であることと、なによりもニーナさんを救いたいと願ってくださる方の助力をこいたいところです」
ステラ、俺、ぴーちゃん、ベリアルは決まりだな。魔王城がセルフ空城の計になるのだが、そこはもう一人いるという魔王軍配下のハーピーと、玉座で封印待機中のアイスバーン&ピッグミーに守ってもらおう。
ルルーナを戦力として頼るのは難しいが、彼女の予言めいた力は作戦立案の参考になるかもしれない。
リムリムは戦力として頼りになる。
「セイクリッド? どうすればいい? あたしにできることは? なんでもするから!」
ん? 今、なんでもするって言ったな。
「いっそのこと……アコさんたちに正体を明かされてはいかがでしょうか?」
「――ッ!?」
ニーナを救うためなら、すべてを打ち明かす。
それで断るアコたちとも思えなかった。良くも悪くも“信用”があるのだ。
が、もし、アコが断るようであれば……その時は潔く諦めるしかない。
俺は提言するのがせいぜいだ。
決断はステラに委ねた。




