バレるな危険
「ねえちょっと二人ともニーナ見てないかしら?」
聖堂の出入り口が開かれ、赤毛の魔王がやってきた。
ニーナ奪還の方針が決まる前の、よりにもよってなタイミングでだ。
「……ステラさん」
尻尾をぴょこぴょこ左右に振って、少女は俺の元までやってくる。
「あれ? どうしたのよ。いつのアレやってくれないわけ?」
隣に立つとステラは俺を肘で軽くコツコツと小突いた。
「ええと、そうでしたね。ようこそ教会へ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「それなら言ったでしょ。ニーナがいないから探しに来たのよ」
「魔王城のどこかでかくれんぼでもされているのではありませんか? きちんとお探しになることをおすすめいたします」
「かくれんぼなら、長いニーナのお姉ちゃん歴をなめてもらっちゃこまるわね。ニーナの大好きな隠れスポットは全部チェック済みよ」
魔王様はエヘンと胸を張る。
「では、新たなスポットを開拓されたのやもしれません」
「ま、最近はニーナも『おねーさんになったから、かくれんぼはそろそろ引退かも』ってほのめかしてたし、今更新規でスポット探しなんてしないと思うんだけど」
「引退ですか?」
「ええ。最近はお絵かきとか絵本とか、ブンカテキキョーヨー? っていうのに目覚めたって言ってたし」
ステラは俺の聖堂奥の扉から、俺の私室に断りもなく入ってニーナを呼んだ。
「ニーナどこ~?」
返事がないので魔王はすぐに戻ってくる。
「おっかしいわね~。ベリアルも知らないみたいだし。ねえ、ぴーちゃんなら知ってるでしょ?」
魔王に詰め寄られてロリメイドゴーレムは半歩下がった。
「あれ? どうしたのよ?」
「な、ななな、なんでもありませんわ」
下手くそか。目に見える動揺をしすぎである。
「ところで、ぴーちゃんが手に持ってるのって……やばい水晶よね?」
「こ、ここ、これは」
ふとステラが視線を落とすと、そこには案山子のマーク2のひしゃげたボディが横たわっていた。
「あれ、なんで魔王城から持ち出した槍が折れ曲がっちゃってるのかしら? ははーん、さては壊したわね! そこにあたしがやってきて、二人とも焦ってるんでしょ」
ぴーちゃんと魔王の間に割って入って俺は所有者である赤毛の少女に頭を垂れた。
「大変申し訳ございません。私がうっかり折ってしまいまして……」
「セイクリッドじゃ仕方ないわよね。たしか前にアコがカジノで取った剣も折っちゃったんだっけ?」
「ええ、不徳のいたすところです」
一度口をとがらせ頬を膨らませてから、ステラはため息をついた。
「ま、いいわ。あたしは寛容だから許してあげる。そうなると案山子のマーク2用に新しいボディーが必要ね。魔王城にちょうど良いサイズの棒って、他にあったかしら?」
立てた人差し指を自身の顎のあたりに添えて、ステラは首をかしげた。
「ステラさん、もしよろしければ使えそうなものを探してきていただけないでしょうか?」
「いいわよ! けど、ニーナが見つかってからね」
振り出しに戻ってしまった。
このままでは奪還作戦の立案すらままならない。
「二人とも暇ならニーナを探すの手伝ってくれないかしら?」
「ええ、これからちょうど探そうかと……」
ぴーちゃんが俺の背後から顔を出してステラに提言した。
「も、もしかしたら、ニーナ様は魔王城内の隠れられる場所を移動なさっていらっしゃるのではなくて?」
「魔王城は広いけど、ニーナが一番通りそうなところにはベリアルに見張ってもらってるし、移動してたらすぐに見つかると思うんだけど」
ぴーちゃんが再び前に出た。
「と、ともかく教会はわたくしとセイクリッド様で探しますわ!」
「どうしちゃったのよ? そんなにセイクリッドと二人きりに……ハッ!? ま、まさかセイクリッド……あ、あたしがいるのに……ぴーちゃんもその様子だと、セイクリッドのこと嫌いじゃないんだ」
一瞬――
魔王の胸元に黒い球体のようなものが重なって見えた。
瞬きする間に消えてしまう。
「ぴーちゃん、今のステラさんの胸元を見ましたか?」
「なんの話ですの?」
ぴーちゃんには見えていない?
「ちょ、ちょっとセイクリッド!? あ、あたしの胸がどうしたっていうのよ? もしかして小さければ小さい方が好きなの? このロリコン大神官!!」
「それは誤解です。落ち着いてください魔王様」
ステラ自身にも気づいた様子は見られない。
魔王は赤毛を振り乱して俺の顔を指さした。
「ともかく、隠し事は無しにしてちょうだい! もしセイクリッドが身の潔白を主張するなら……ステラちゃんかわいいって言って」
「はい?」
「だ、だから……ステラちゃんかわいいって言ってよ!」
「ステラチャンカワイイ」
「もっと心を込めなきゃダメなの!」
ぴーちゃんが視線で「やれ」と命じてくる。ニーナを救うためにも、今はステラからの嫌疑を晴らすことが最優先だ。
「す、ステラさんはかわいいですね」
「さんじゃなくて、ちゃんなの!」
ええい、ままよ。
「ステラちゃんかわいい」
「やったー!」
今はこんなことをしている場合ではないのだが、あっという間にステラの機嫌は良くなった。
「じゃあ、しょうがないけどもう一度、魔王城を見てくるわね」
くるんと背を向け、軽やかな足取りで赤い敷物の真ん中をスキップしていく魔王様に、安堵した瞬間――
背後で大神樹の芽が淡い光を帯びた。
ステラが立ち止まる。
「あれ? アコたちかしら」
そうであれば大神樹の芽からアコとカノンの漫才が聞こえてくるのだが、大神樹の芽が帯びた光を壁に投影する。
“魔王ステラの妹、ニーナはこちらの手の内にある。返して欲しくば魔王独りで――”
日時と場所を指定したメッセージは“もし来なければニーナの命は無い”という一文で締めくくられていた。
ぴーちゃんが小さな身体を大の字にして壁を隠そうとしたのだが、投影されたものなので文字列がロリメイドゴーレムの全身に映し出されるだけである。
魔王ステラの胸元に黒い球体が浮かび上がった。
「セイクリッドこれ……冗談……よね」
「残念ながら……事実です」
ここから嘘や冗談だと、隠し通せる自信がない。
瞬間――
大地が揺らいだ。直下型の烈震のような揺れは、魔王を中心として小さな教会のみならず、魔王城を……そして魔王城があるこの島全体を揺り動かした。
「ニーナが……どうして?」
振動はますます強まっていく。
「落ち着いてくださいステラさん」
「だってニーナは……なんでニーナがさらわれるのよ? 誰がなんのためにそんなことするのよッ!!」
魔王の胸の黒い球体が徐々に大きくなっていく。
ステラの角が伸び始め、全身に魔族らしい特徴が広がっていった。
かつてマリクハで巨大ゴーレムと一体化したラクシャを倒した時の、魔族体とも言える姿だ。
「ニーナがなにをしたっていうの!? どうしてこんなことになっちゃうのよッ!! あたしが目的なら最初からあたしを狙えばいいじゃない!」
少女の瞳から涙がこぼれた。
衝撃波を伴った振動に耐え、俺は赤毛の少女を正面から包むように抱きしめる。
「必ず私たちがお助けいたします」
「けど、あたし独りで来いって……」
それこそ敵の思うつぼだ。おそらく監視下にあるであろう教会の聖堂で、この先を話すわけにはいかなかった。




