TS.あたしは元気です
双子姉妹に振り回されたその翌朝――まだニワトリも目覚める前の早朝のことだ。
ドンドンドン! ドンドンドン!
鍵はかけていないのに、金属製の扉が叩かれた音で目を覚ました。
枕をステラに強奪されて眠りが浅かったようだ。
用事があるなら勝手に入ってくればいいのに。
ズケズケと侵入してこない律儀さはベリアルだろうか?
そんなことを考えながら、俺は上掛けを羽織って私室を出た。
聖堂を抜けて正面口を開くと――
「ちょっとどういうことなのよ! 意味がわからないじゃない!」
俺を憎らしげに見上げて、赤毛の少年がビシッと顔を指さしてくる。
「どちら様ですか?」
お尻をあげるようにして少年は吼える。
「あたしよあたし!」
みれば少年なのにピンクのパジャマ姿だ。赤い瞳は今にも泣き出しそうで、尻尾がお尻のあたりで揺れている。
「存じ上げませんね。魔王城の方でしょうか?」
「だーかーら! あたしだって言ってるでしょ!」
赤毛を振り乱す少年に俺は首をひねる。
「二度寝しますので、これにて失礼」
扉を閉めようとすると少年はつま先を扉の隙間に突っ込んできた。
「させないんだから! 教会の扉は誰にでも開かれてるんでしょ?」
俺は大きく息を吐く。
「まあ、そうですが……自己紹介くらいしてくださってもよろしいのではありませんか?」
「あたしよ!」
「あたしあたし詐欺の方ですね」
「んもー! だから……うう……」
少年は聖堂内に自分の身体をねじ込むようにして、うつむき気味に呟いた。
「す、ステラっていいます。職業は魔王です」
「私の存じ上げる方にそっくりな経歴ですね。名前にいたってはそのままではありませんか?」
少年(?)は、顔をあげて俺に懇願した。
「あたしが魔王ステラなのー!」
「はて、私の知っているステラさんは可憐な少女だったと記憶しておりますが」
うつむいて視線を俺からそらすと、ステラ(?)はぼそりと呟いた。
「呪い……失敗したみたい」
間違い無く魔王ステラその人だ。
「以前申し上げましたよね? 私に呪いをかけるなら、相応の準備と覚悟をするようにと」
「だ、だってぇ! この呪いならノーリスクハイリターンだったから!」
涙目になって腰をくねくねさせる仕草もステラだった。
駄目魔王だった。
俺は溜息交じりに彼女を大神樹の芽の前に呼び寄せる。
「では、ステラさんは当教会に呪いを解きにいらしたのですね?」
「ええそうよ! 仕事をさせてあげるから、早く解いてちょうだい!」
なんでこうも上からなのか。魔王だからか?
「わかりました。神官たるもの、どのような呪いか診断することもできますが、それを掛けた当人からどういった呪いか伺うことができれば、解呪の難易度も下がります。ステラさんは誰に何の呪いをかけたのですか?」
ステラの顔が青ざめる。
「え? い、言わなきゃ駄目なの?」
「そうしていただけると大変ありがたいですね。早く終われば二度寝もできますし」
「い、言いたくないんですけどぉ」
「教えてもらえないなら解呪料金……もとい、寄付金を何倍にしましょうか。相場の百倍程度で手を打ちましょう」
「待って待って! 高すぎじゃない?」
「でなければ、トイレにいくたびに困惑し続けることになりますよ」
「な、なんでそういう話になっちゃうのよ! あ! ははーんさてはセイクリッド、もし自分が女の子になったら自分のおっぱいとか揉んじゃうんでしょ? むっつりー!」
なぜばれた。
が、今ので大体把握した。
「つまり、私に性別反転の呪いを掛けて反射されましたね?」
途端に赤毛の少年の顔が真っ赤になった。
それにしてもこの少年、元が美少女だけに美少年だ。
「ち、違うから! あたしがかけたのは美少女になる呪いよ!」
「どうしてまた、そのような無茶を」
「だってぇ……仮にもしセイクリッドへの呪いが失敗して、あたしに反射しても女の子が女の子になるだけでしょ?」
だからノーリスクハイリターンと言っていたわけだな。
「実際には、男を女にする呪いではなく性別反転の呪いだったようですね」
「騙されたの! 『手軽に簡単誰でも呪殺術 ――初級編――』って本には、男を女にする呪いって書いてあったんだもの」
「その書物ですが、昨年改訂版が出ましたよ。そちらではたしか、性別反転として同じ呪いが紹介されていたはずです」
最近は呪術書さえもジェンダーフリーの波に呑まれたようだ。
ステラは悔し涙を浮かべて赤絨毯に跪いた。
大神樹の芽に向かって祈る。
「助けて神様!」
お前が言うな。
「まったく、仕方ありませんね。ところでニーナさんやベリアルさんはご存知なのですか?」
「ベリアルにはまだ見つかってないけど、魔王城にいたら時間の問題だし」
「素直に『呪いまちがっちゃったテヘペロ』とでも言えばいいじゃないですか」
「ドジッ子すぎて魔王の威厳が失われるでしょ!」
まだ失われるほど残っていると思ってるんだな……威厳尊厳魔王の貫禄etcetc。
「はぁ……ではニーナさんには?」
「み、見せられないわよ! ニーナにとってあたしは、素敵で可愛いお姉ちゃんなんだから」
お兄ちゃんだとしてもニーナは受け入れてしまいそうな器の大きさを感じるが、まあ、ともあれこのままにもしておけないか。
「わかりました魔王ステラよ。では祈りなさい。大神樹の芽に。その身を侵した呪いを神の名の下に消し去りま……おや」
大神樹の芽が一度、ほわんと光ったのだが……。
『呪いレベルが高すぎて解呪不能』
エラーメッセージが光となって聖堂の壁に照射された。
途端にステラくんが俺に抱きつき泣き出す。
「うわあああああ! 助けてセイクリッドぉ! おまたのあたりになにかぷっくりしたものがあって違和感がすごいのぉ!」
「そういえば、パジャマの下は……」
必要もないのに少年の首筋からブラの肩紐がちらりとのぞく。
つまり下も女性用下着ということだ。
これは好きな人にはたまらない危険な状況と言えた。
「こんな姿ニーナに見られたら死んじゃう案件だからああああ!」
「すみませんステラさん。私ではお役にたてないようです」
「このまま魔王城に帰れっていうの!? こんな姿をベリアルに見られたら……美少年好きなベリアルがどうなるかわかったものじゃないわ!」
本当だとすれば残念ながら当然の結果に。
嘘ならばベリアルへの熱い風評被害である。
「襲われてください」
「いやああああああ! かくまって! きっと時間が経てば呪いの効力も弱まるから!」
意外にもステラの言っていることはあり得る話だった。
魔王の掛けた呪いは強力である。が、魔王自身の魔法抵抗力の高さがあれば、時間とともに呪力が落ちて解呪可能になるかもしれない。
俺は大きく溜息をつく。
「では、一日だけですよ……というか、魔王城から魔王が一日不在というのも問題ありと思いますが」
「それは大丈夫よ! ちゃんと『一日仕事で出かけます』って、書き置きを残してきたから」
最初から教会にやっかいになる気まんまんかよ。
いや、待てよ。
「そうですか。働きたいと」
「え、ええ? そんなこと言ってないんだけど」
「よろしいでしょう。たまにはステラさんも教会の業務の過酷さを身をもって体験してもいいかもしれません」
魔王の職業体験in教会。もはや踊る文字列が狂気の沙汰だ。
俺は一度私室に戻ると、着古しの神官ローブをステラに手渡した。
「ちゃんと洗濯済みですから安心してください。良ければ下着もお貸ししましょう。新米神官見習いのラステくん」
「え!? えええええええッ!?」
今日一日、俺に変わって神官の仕事をやってもらうことにした。魔王に。




