慎重聖者
クラウディアへの謁見を済ませたところで、俺は王宮から教皇庁へと足を向けた。
ヨハネに会うのは、クラウディアの協力で裏付け調査が終わってからである。
教皇庁内でも、ヨハネのいる区画には大神官の俺ですら許可無く足を踏み入れることはできない。
もう、何年会っていないだろう。
呼んでもいないのに“最後の教会”に現れる教皇ヨハネは、本人ではない。大神樹の芽を介して転送されたヨハネ型のゴーレム素体だった。
教皇は教皇の人形を遠隔操作する。公務の時でさえ本人か疑わしいと噂されるほどの、究極の引きこもりと言えなくもなかった。
しんと静まり返った教皇庁内の渡り廊下を、独り歩くと自然と溜息が漏れた。
「今日は全員非番なのでしょうか」
司祭レベルや上級職員などは、みなどこへ行ってしまったのだろう。対応に追われて各地に派遣されているのかもしれない。
用があるのはヨハネでも彼らでもなかった。
廊下を渡りきったところで、14~5歳くらいの、神官見習いらしき少年とばったり出くわした。
「こ、これはセイクリッド様! 本日も技術開発部にご用事ですか?」
「……はい?」
俺の記憶に間違いが無ければ、この少年とは初対面だ。が、相手はまるで俺を知っているような口振りである。
教皇の弟という有名税は、常につきまとうということか。
「ち、違いましたか?」
「本日は技術開発部の見学にうかがいました」
「あ、やっぱりそうだったんですね! 主任でしたらいつもの場所です」
「主任?」
「ええ、あの違いましたか? 大神樹管理局設備開発部のエミルカ部長です」
誰だろうかと首をひねると、なんとなく薄笑いを浮かべた白衣の男の姿が思い浮かんだ。
七三分けに眼鏡をした研究者の男だ。マリクハで巨大ヨハネゴーレムを強奪、融合して暴走したラクシャのデータ収集をしていた時に一度。そしてニーナが王位継承レースに参加した時にも会っている。
ニーナの出生を探るため、教皇庁内にある六階建ての「知者の書塔」で話をした。
俺が言うなとステラやベリアルに言われそうだが、俺からしてもエミルカという男は胡散臭さが鼻につく。
少年は不思議そうに俺の顔を見上げていた。
「私の事を、どなたか別の人物と勘違いなさっているのでは?」
「あれ? そ、そうなのかなぁ……あ、いやあのえっと、失礼しました!」
ビシッと一礼する少年の、どことなく初々しさに免じて許す……。
その前に、確認した。
「エミルカ部長はどこにいらっしゃいますか?」
「知者の斜塔地下にある主任研究室です!」
そんな部屋があったとは初耳だ。道理で先日、あの塔で出くわしたわけである。
「ありがとうございます」
会釈を返して俺は庁内の廊下を歩き出した。
不気味だ。水中で掴まれたように足が重くなる。
このまま進んでしまって良いのだろうか。
ただ胡散臭いというだけで、エミルカという男がなにをしたわけでもない。
むしろ管理局設備開発部として“最後の教会”に便宜すらはかってくれたのかもしれない。
だが……胸騒ぎが収まらなかった。
立ち止まり、深呼吸する。
先ほどの少年は俺に似た人物を教皇庁内で見ているらしい。その人物は大神樹管理局の設備開発部長とも、頻繁に会っている……ということだろうか。
俺にそっくりな人物というと、名乗りもせずに暗躍している“賢者”の姿が思い浮かぶ。
教皇庁の警備は王宮にも引けを取らない厳重さだが、それとて内部に手引きする者がいるのなら、あってないようなものだった。
すでに賢者の侵入を許しており、それにエミルカという男が関与……協力している。
目的はさっぱりわからないが、もしかすれば王国に広がる人々の無気力化にも、一枚噛んでいる可能性があった。
だとすれば、相手はどこまでこちらの現状を知っているのだろう。
エミルカが怪しいと俺が思っていることを、相手に悟られるのはまずいかもしれない。
進むべきか、ここは引くべきか。
俺はきびすを返した。
先ほどの少年が「研究室のある知者の斜塔はそっちですよ!」と、俺に声を掛ける。
「すみません。こちらで見てもらいたいと思っていた資料を、うっかりもってくるのを忘れてしまいました。また後日、お伺いいたします」
証拠も確証も確信すらもない。俺にあるのはエミルカが賢者と通じているのではないかという、印象だけだ。
少年に詳しく訊いたところで、今以上の情報も得られないだろう。
今は十分な調査情報を揃えて、まずはヨハネに現状を訴えるのが先だ。




