ぴーちゃんの威力偵察<結果発表>
翌日の朝――
調査依頼をしていたキルシュと、ぴーちゃん組から報告が上がってきた。
最後の教会の聖堂に戻ってきたのは、自身を“備品”扱いとして、手紙や物品のごとく転送できるロリメイドゴーレムだけだ。
ゴーレムであることの利点を彼女はフル活用している。
「キルシュ様には継続して王都での調査を進めてもらっていますわ」
講壇に立つ俺に分厚い紙束の報告書を俺に渡しながら、ぴーちゃんは告げる。最近はすっかり表情豊かになった彼女だが、眉一つ動かさず口ぶりも淡々としていた。
「何かわかりましたか?」
「良いニュースと悪いニュース、どちらからお伝えすればよろしいかしら?」
「どちらも良いニュースではないということですね」
「ええ、場合によっては悪いニュースと、もっと悪いニュースかもしれませんわね」
立ち話も悪いので、俺は彼女に長椅子を勧めた。が、彼女は小さく首を左右に振って、俺の返答を待つ。
「では良いニュースからお願いします」
ぴーちゃんはコクリと頷いた。
「魔王ステラに侵攻の意思なし。その大前提はよろしくて?」
なるほど、ステラの事に言及するなら、この場にキルシュは同席させられないな。ぴーちゃんが一人戻った理由に納得しつつ、俺は「はい。そうですね」と肯定で返した。
「わたくしが回れる範囲内での、上級魔族への聞き込み調査などから……」
「待ってください。またランダムデストロイを実行なさったのですか?」
ぴーちゃんは大神樹の芽さえあれば、行ったことのない場所にも飛ぶことができる。
その付近の上級魔族に突撃調査を断行したというのだ。
「情報提供を円滑にするため、対話or暴力の二択を迫っただけですわ。相手方が暴力を選択したに過ぎませんもの」
被害に遭われた上級魔族の皆様のご冥福をお祈りいたします。
「しかし、あまり無茶をなさらないでくださいね。貴女の幼女型素体は戦闘用ではないのですから」
「あら? 素体そのものは変わらなくとも、アップデートで運用効率は上昇していましてよ? Ver.3_7564.217は伊達ではありませんわ」
人が学習して強くなるようなものだろうか。
「ともあれ、大きな怪我もなかったようですが、無茶はなさらないでください。ぴーちゃんさんになにかあれば、私やマーク2さん……それになにより、貴女を妹として大切に想っているニーナさんが悲しみますから」
ぴーちゃんがムッと俺をにらむ。
「先輩やニーナ様の名前を出して説得だなんて、人質を取るようなものではありませんこと?」
俺の心配は人質には含まれないらしい。
「話を続けてよろしくて?」
「ええ、どうぞ」
ロリメイド少女は咳払いを挟んだ。
「コホン……えー、実力行使……もとい協力者からの情報収集をした結果、各地の上級魔族や魔王候補からは、魔王からの招集礼状のようなものは届いていないということがわかりましたわ」
「まあ、出したところでステラさんのために動く勢力があるとも思えませんしね」
「ええ。魔王は引きこもり状態ですものね。そして、魔族たちの勢力では戦争準備中の勢力は今のところないということが判明しましたの。なんでも、突然姿を現しては大暴れして去って行くゴーレムがいたとかで。他の魔王候補に攻め込むのではなく用心のため、どの勢力も防御に徹していたとか。恐ろしいこともありますのね」
それはお前だ。当事者は続けた。
「ベリアル様が守ってますけれど、魔王城も戸締まりなどしっかりしなくてはいけませんわ」
「まあ、どこかのロリメイドゴーレムが単身乗り込んで攻め滅ぼしにきたような事件がありましたからね」
リムリムの拠点を探すためランダム特攻をした、ぴーちゃんの行動が他の魔族勢力を萎縮させていたようだ。
俺は人差し指と親指で顎をつまむようにして首をかしげた。
「ところで、魔族の皆様には魔王軍侵攻の噂は流れていなかったのでしょうか? その情報を知っていれば、便乗して挙兵する準備など進めていてもおかしくはありませんが」
「どこも手足を引っ込めた亀のように防備一辺倒でしたわ」
その防備を突き破って一暴れして、無傷で戻って報告とはたまげたなぁ。
「なるほど。それが良いニュース……と」
「魔王軍侵攻について、実質なにも判明しなかったという点では、良いとも言い切れませんけれど……少なくとも他勢力がブラフにせよ流した噂の類いではなさそうですわね」
実体を伴わない噂。噂の根源となった“魔王軍”はいったいどこにいるのだろうか。
夕暮れ時の長く尾を引く影のように、人々の膨れ上がる不安によって過大に広がっただけではないのだろうか。
「悪いニュースについてお聞かせください」
「……本当によろしいのかしら?」
「今更もったいつけることもないでしょう」
コクリと首を縦に振り、幼女ゴーレムは声のトーンを落として話し始めた。
「とある辺境の村に行きましたの。そこは教会もなく、大神樹の芽が村の外れにぽつんとありましたわ。村人たちは現地の神を信仰していて、大神樹の芽は災いを運ぶものとして恐れられていましたの」
ぴーちゃんこそ魔族にとっては災いのセルフデリバリーである。
「どうかなさいまして?」
「続けてください」
「村の住人たちは上級魔族や魔王の事も知っていましたわ。ただ、魔族に攻められたことはないそうですの。村には資源も乏しく戦略的価値がなかったために、戦禍を免れてきたらしいですわね」
「大神樹や光の神を信望しない民……ですか」
「ええ。村を出て戻った者や行商人から知識としては魔族や魔王は知っていましたし、周辺には魔物もいましてよ。なのに彼らは魔王軍が攻めてくるということを知らなかった」
「辺境の地すぎて情報が行き届いていなかったのではありませんか?」
ぴーちゃんは大きく首を左右に振る。
「それより遠い地にあって、教会のある別の村では王都と同じような倦怠が魔王軍侵攻の噂とともに広まっていましたの」
「偶然……ではないようですね」
ぴーちゃんのまとめた資料の束をめくっていくと、王都を中心とした地図があった。
影響を受けなかった山中に孤立した村や、独自宗教など王都や中央と対立、独立している地域では、噂による影響はごく僅かか、ゼロである。
「原因は教会にある……と?」
「わたくしはそう、結論づけますわ」
次のページの王都の地図が、更にロリメイドゴーレムの推論を裏付けた。こちらは主に、キルシュが裏の情報網……といっても、酒場や町々の商店主、魔法医の医院などで集めた情報を、まとめたものだ。地域密着型裏稼業ならではである。
大聖堂のある中央区や貴族街を中心に広まっている他、王都内の各教会を中心に倦怠感を訴える者が増えていき、時折、教会の影響力が及びにくい空白地帯では、そういった声が上がっていないことが判ったのだ。
「にわかに信じがたいですね」
「わたくしたちの調査を、お疑いになりますの?」
「失礼しました。私も不良大神官とはいえ教会側の人間ですから」
「教会が噂を広めた可能性がありましてよ」
幼女ゴーレムは俺の顔をじっと見つめた。
「私はそのような噂を広める指示など受けておりません」
「そうですわよね。知っているならそもそも、わたくしたちに調査依頼などいたしませんもの」
どうやら嫌疑は晴れたらしい。
「この情報を他の誰かに伝えたりはしていませんか?」
「混乱を避けるためセイクリッド様と、わたくししか知りませんわ。キルシュ様には情報を集めてもらいましたけれど、分析結果については教えていませんの。まあ、あの方はああ見えて聡いところもありますから、集まった情報からご自身で結論にたどり着くかもしれませんけれど」
教会によって広められたというのなら、それを束ねる教皇庁――ヨハネ聖下の指示によるものなのだろうか。
それとも姉上のあずかり知らぬところで、教皇庁内の誰かが裏で糸を引いているのかもしれない。
「わたくしも継続して調査を進めますわね」
「この調査報告書、大事に使わせていただきますね」
戻って間もないというのに、ぴーちゃんは大神樹の芽を通じて王都へと“転送”されるのだった。
端に立てかけておいた案山子のマーク2が弱々しい明滅を繰り返す。
「ぴーちゃんさんを心配しているのですね。確かに、しばらく休み無しで働き続けていますから。次に戻った時に、貴方からも彼女に休息するよう言ってあげてください。私の言葉よりも貴方の声の方が、ぴーちゃんさんもきちんと耳を貸すでしょうし」
案山子にはめ込まれた記録水晶が、肯定的に明滅した。
そこに――
再び大神樹の芽を通じて、クラウディア女王との謁見の日取りが決まったという一報が、王宮よりもたらされた。
へたをすれば教会と王宮の対立を生みかねない。が、クラウディアならこの状況を冷静に受け止めてくれると、信じたい。
希望的な観測にすがるようになるとは、俺もずいぶん弱くなったものだ。