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こちらラスボス魔王城前「教会」  作者: 原雷火
シーズン8 ※Pルートは「神トーク」までの通常ルートを読み終えてからお読みください
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ニーナちゃんは癒やしたい

 カジノで勇者と別れ、それからラスベギガスで思い当たる場所や人を訪ねて、夕暮れ前に教会に帰還した。


 魔王軍の影については今回も何もつかめなかった。が、アコにはアコの思いがあるとわかったのは収穫だ。


 彼女は幸せな“今”を守りたい。勇者の使命を背負っているのに、それでいいのかと問われれば、俺には何も言えないのである。


 勇者が打倒すべき魔王も、同じく今のままでありたいと願っているのだから。


 もし、魔王ステラが世界を滅ぼすというのなら、勇者は立ち上がり凶行を止めねばならないだろう。


 それが勇者の使命なのだ。


「私の使命とはなんなのでしょうか?」


 自分自身に問う。俺に課せられた使命は、この最後の教会を守り、たどり着いた勇者を支援することに他ならない。


 背負わされた役割通りに行動するのではゴーレム……もとい、今や案山子のマーク2や、ぴーちゃんといった自分の意思で判断し、行動できるゴーレムも存在するのである。


 俺は最後の教会で大神樹の芽に祈った。


「どうか人々の自由な意思が守られますように」


 人間も魔族もゴーレムも、誰もが選択をできる世界であれと、祈り願った。


 大神樹の芽は何も応えない。


「光輝いて祝福くらいしてくださっても、よろしいではありませんか」


 この芽を通じて世界を見守る光の神は、俺の祈りを聞き届けてはくれないのだろうか。


 ある程度、不自由な方が楽だというのもわかる。が、それとて不自由を選ぶことで、選択を神に委ねた結果だ。


 王都で何を食べようか迷っているうちに店が決まらないままランチタイムを終えるより、辺境の町で一軒しかない酒場で飲み食いする方が、幸せかもしれない。


「少々的外れでしたかね」


 独り言とわかっていて呟く。と、背後で扉の開く気配がした。


「あっ! セイおにーちゃいました!」


 金髪をフリフリさせて、ニーナが赤い敷物の上をまっすぐ俺の元に駆けてくる。


「これはニーナさん。ようこそ教会へ……」


 幼女は俺の真横を素通りすると、背後に回ってジャンプして、俺の背中に抱きついてくる。


「おにーちゃにもご挨拶するね」


「あの……ニーナさ……ん!?」


 右腕を俺の肩に回し、左手で俺の後ろ髪をたくし上げ、さらけ出された首筋に幼女が口づけをしてきた。


 柔らかで、軽く触れるだけの不器用な口づけだ。


 思わず変な声が出た。


「お、おやめください」


 力が抜ける。まるで首の裏をつままれた猫のようになってしまう。


 リムリムがするのとニーナがするのとでは、いろいろと違うのである。俺的に。


「あれ? おにーちゃはこうすると、とってもリラックスなのに」


 なぜに断定できるのか。これはリラックスというよりも脱力というか、大神官特攻である。


 俺は腰を落としてニーナの足を地に着けてから、首を左右に振った。


「え、ええと、大変リラックスできました。ありがとうございます」


「じゃあ、もっとニーナがちゅーしてあげるね」


「充分に癒やされましたから、どうかお許しください」


「リムリムちゃんとして、ニーナとは嫌? ニーナはセイおにーちゃに、嫌われちゃいましたか?」


 泣きそうな声に慌てて返す。


「もう存分にしてくださって結構ですから」


 幼女はキャッキャと喜びの声をあげてから「じゃあ今度はこっちにちゅーしてあげるね」と、右の首筋にキスをする。


 ステラとの書き置き文通にあった、ニーナの首筋狙いとはこういうことか。


 教会に二人きり。幼女に首を舐められたりキスされたり甘噛みされるというのは、冷静に考えると犯罪の臭いしかしない。


 発端となったのはリムリムである。


 リムリムが教えた……というか、リムリムの行為からニーナが学んだとなれば、自然と俺にも嫌疑がかかるだろう。


 ステラ&ベリアルの捜査網から脱するために、なんらかの手を講じねばなるまい。


「ニーナさん、少しいいですか?」


 大人の首筋いを甘噛みしていた幼女が、首をかしげた。


「おにーちゃ? もう一回、反対側もちゅーする?」


「いえ、もう大丈夫です。私はニーナさんのおかげで元気になりました」


「よかったぁ。最近、おにーちゃもお疲れさまですから、ニーナもお役に立ちたかったのです」


 ようやくニーナは俺の背中から離れてくれた。立ち上がり、ニーナに長椅子に座るのを勧めてから、俺も並んで腰掛ける。


「実はニーナさんだけにとっておきの情報があるのですが……」


 ニーナは青い瞳をまん丸くさせた。


「え!? ニーナだけなの? ステラおねーちゃとベリアルおねーちゃには秘密?」


「ええ、秘密です。秘密の特別な重大情報があるのですが、お聞きになられますか?」


 ニーナは胸元で腕組みをして「うーん」と考え込んだ。


「そんなせきにんが大きいの、ニーナが秘密にできるかなぁ」


「そうですね。極秘情報ですから、秘密にしていただかなければいけません」


「ニーナね、知りたい! あのね、ニーナもっともっといろんなことを知りたいから」


 いつになく好奇心旺盛な彼女に、俺は「わかりました。聞けばもう、後戻りはできませんが……覚悟はよろしいですね」と、すごんで見せる。


 ゴクリとつばを呑んで幼女は深く頷いた。


「その超級機密事項とは……」


「きみつじこーとは?」


「首元へのご挨拶よりも、私がもっと元気になる方法です」


「おにーちゃを、ニーナがもっと元気にできるの?」


「はい。首筋を狙うよりも簡単ですよ」


 そう言うと、俺は幼女にそっと耳打ちした。




 教会にある私室のテーブルに、幼女が専用の背の高い椅子に座って紅茶を飲む。


「そっかぁ……ニーナとお茶をすると、おにーちゃは元気になっていたのかぁ」


 感慨深げに幼女は呟いた。本日はおやつの買い出しはしていないため、買い置きしてあるクッキーなどの焼き菓子がお茶請けだ。


「ええ、ニーナさんとテーブルでお菓子を囲み、紅茶の香を楽しむことで大神官ポイントが回復するのです」


「だから最近、おにーちゃは元気がなかったの?」


「今はとても元気になれました。ニーナさんのおかげです。ありがとうございます」


「こ、これからはニーナ、がんばってお茶します! あと、いつもおにーちゃがお茶をいれてくれるけど、今度はニーナがお茶をいれたいのです」


「おや、お手伝いまでしてくださるのですね」


 ほっこりした気持ちになり、俺の大神官ポイントが上限以上に過剰回復した。


 が、ニーナらしくもないというか、普段以上に背伸びをしようとしている。そんな気がした。


「ニーナさん……なにかあったのですか?」


「な、な、なんにもないよ。おにーちゃは心配ないからね」


 幼女が声を震えさせた。手にしたカップの中身も嵐の海のごとく波打つ。


 なにかあったことが、とてもわかりやすい。


「私も極秘情報をお教えしたのですから、ニーナさんもこっそり教えてはくれませんか?」


「え、えっとぉ……あのねあのね」


 ニーナから秘密の相談を受け続けて早幾年。


 あのねあのね、は、オフレコのサインだった。

今夜は0時更新もありますよ~

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