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こちらラスボス魔王城前「教会」  作者: 原雷火
シーズン8 ※Pルートは「神トーク」までの通常ルートを読み終えてからお読みください
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牛乳で相談だ

 アコがミルクのグラスを両手で包むように持つ。飲むためではなく手元が留守では落ち着かないという感じだ。


 高い丸椅子の上でブーツに包まれた足をぶらつかせながら、彼女は口を尖らせた。


「カノンはどうしてるの?」


「修行中です。自身の弱点に向き合い、その克服のためにがんばっているところですよ」


「キルシュはどうしてたの?」


「ご家庭の事情もあったそうですが、今は復帰して私の情報収集のお手伝いをしていただいてます」


「そっか。ボクもなにかした方がいいのかな?」


「おや、殊勝にも働こうというのですか。大変ご立派です勇者アコよ」


「セイクリッドってば、皮肉にしか聞こえないよ!」


「やる気や本気を出すというアコさんに、皮肉のつもりでこのようなことは申し上げません」


「普段からもっと褒めて伸ばしてくれたら素直に受け取ってあげるね」


 そういうとこだぞダメッ娘アコちゃん。


「貴女は本気を出せば素晴らしい力を発揮するではありませんか」


「えー、しんどいよ。いつもいつも本気でいられるほど、ボクは強くないんだ。本気になるのは、ここぞって時だよね。そんな時が来るまでは、温存温存っと」


 カウンターテーブルに寝そべるように顔をつけ、横向きで少女は呟く。


 いつ本気を出すの。今でしょ……と、言いたいのをグッとこらえた。


「確かにアコさんは、ここ一番というところで勇者らしさを垣間見せてくれますね」


「うん、そこがボクのチャームポイント? みたいな」


「カノンさんを救い出した時の貴女は、まさに勇者の名にふさわしい活躍振りでした」


「えへへぇ~セイクリッドが褒めてくれた。嬉しいなぁ」


 まるで熱したフライパンの上に置いたバターが溶けるように、アコの顔はゆるゆるに弛緩した。


「もしや、なにもしないのは、褒めてもらえないから拗ねてしまったからなのですか?」


「ううん。ボクもそこまで子供じゃないよ。もちろん、褒められると嬉しいけどね。昔よりは少しだけ強くなったから、独りでも修行できるし……カノンもキルシュもそれぞれがんばってるなら、ボクも独りでがんばった方がいいかもしれないね」


「私が特訓にお付き合いしてさしあげましょうか」


「やだよセイクリッドの特訓って死ぬの前提だもん。いくら死になれてても、ぎりぎりまで苦しんでもがいて、やっと死ねると思ったら即座に復活させられて、同じ苦しみを繰り返しながらレベルアップなんて……」


 もっと簡単な方法も実在する。鋼より硬く、風のように素早い特定の高経験値魔物だ。


 うっかり複数を一気に倒したことで、レベルアップしすぎてショック死した冒険者がいるという。


 そんな特定の魔物しか出ない小島が、世界の果てにぽつんとあった。辺境具合で言えば魔王城のある絶海の孤島以上の場所だ。


 幼い頃、俺が姉上に特訓と称して連れていかれたのも、その島だった。教皇庁に認められし者のみが足を踏み入れることを許される聖域である。


 一週間も逗留すれば、その者が持つ能力ポテンシャルの限界まで引き出されることになるだろう。


 蕩けたチーズのように天板につっぷすアコに訊く。


「もし、楽にレベル上げができたなら……どうします?」


 アコは迷うことなく即答した。


「どうもしないよ」


 予想外の返答だった。


「てっきり、楽に強くなりたいのかと思っておりました」


「そんな都合良く強くなれるわけないでしょ。しっかりしてよセイクリッド。甘い言葉には裏があるんだからさ」


 あるんだよなぁ、都合良く強くなれる場所が。


「あくまで仮のお話です」


「だとしても、ボクはいいや」


「レベルを上げても強くなれないと悩んでいたのではありませんか?」


「あっ! それ……カノンから訊いたんでしょ。秘密にしててほしかったのに、カノンってば」


 ぶーぶー! と、勇者少女はさらに口を尖らせブーイングである。


「カノンさんはアコさんを心配しておられましたよ。少しでも貴女を支えられるよう、強くなると修行に励んでいるのです」


 寝返りをうつように、アコは反対側を向いてしまった。


「ボクは強くなんてなりたくないんだ」


「世界を救う勇者が衝撃発言も甚だしいですね」


「…………」


 俺に後頭部を向けたまま、アコは黙ってしまった。


「何か……理由があるのですか?」


 少女は向こうを向いたまま、頷いた。


「怖いのかな……ううん、死ぬのは痛いし怖いけど、ある意味慣れちゃってるし……理由はわからないんだ。だけどね……ボクが強くなって魔王に挑むくらいにまで成長したら、なにか恐ろしいことが起きる気がする」


 勇者の少女の肩が小刻みに震えている。


 もしやと思った。アコは魔王の正体に気づいているのか、気づきかけているのか、それとも本能的に感じ取っているのだろうか。


 勇者と魔王の行き着く先――アコとステラの道が交わって、どちらかが消えねばならないという運命を。


「アコさんが強くなると、どのようなことが起こるというのでしょう?」


「強くなって魔王と戦うことになったら、ボク自身や仲間の死じゃなくて、もっと……すごく悲しいことが起こる……ごめんね、そんな気がするってだけなんだ」


 今は本能で感じているだけか。少女はこちらに向き直って続けた。


「ボクは今が幸せなんだ。大好きな人たちがいて、一緒に冒険したり、セイクリッドの教会に行けば、ステラさんたちとお喋りもできるし、お茶も飲めるし。魔王なんか倒さないで、ずっとずっと今のままでいられないかな? 魔王と戦わなきゃ、ボクらの楽しい冒険は終わらないんだ!」


 上半身を起こしていつのまにか拳を握り、アコは熱弁を振るった。


「って、ダメかな? ダメだよね……やっぱり」


「私個人の意見ですが、実にアコさんらしくて良いと思います」


「ほ、本当!?」


「ええ、本当です。が、今のままではそれも望めないでしょう」


「うん、そうなんだ。まるで町全体が霧の中に沈んじゃったみたいな空気だし」


「王都もしばらく似たような状態が続いています」


「じゃあ、やっぱり勇者が魔王を倒さなきゃなんないよね……はぁ」


 町の様子と同レベルでアコも沈んでしまった。


「アコさんは強くなれますよ」


「急にどうしたのセイクリッド!?」


「カノンさんを救った実績があるのですから」


「あ、あれはええと……マグレ?」


 自分で言うなよ。


 俺は咳払いを挟んで続けた。


「むしろ、あの時はどうして強くなれたのですか?」


 少女は腕組みをして「うーん」と唸る。


「それはええとぉ……カノンを取り戻したくて必死だったんだ。大切な人を守りたいって願ったら、聖印が戻ってきて力を貸してくれたんじゃないかな」


「なるほど……わかりました」


 アコの成長が鈍るのは、未来へと進むことを恐れているからだ。現状維持を望むのであれば、勇者として成長し、強くなり、魔王を打倒するわけにはいかない。


 心の底から強くなりたい。守りたい。アコが成長しないのは、彼女の心のありようが、そうさせているからなのかもしれない。


 たとえ教皇の聖域で修行をしたとしても、彼女が自ら望まぬ限り、アコは強くはなれないのかもしれないな。


「ねえセイクリッド……ボクはどうしたらいいのかな?」


「温存でいいのではないですか?」


「えっ!? 本当に? セイクリッドのことだから、今からどこかにボクを拉致監禁して無理矢理……」


「人をなんだとお思いですか。貴女にやる気がなければいたしませんし、無理矢理にやる気を引き起こすつもりもないですから」


「そっか……なんか、安心したかも」


 はたしてこれで良かったのだろうか。


 アコへの選択は間違っていなかっただろうか。


 未来でも見通せない限り、考えるだけ杞憂にしかならない。


 俺はミルクのグラスを手にとって、左手を腰に当てた。


「では、一気飲み勝負でもしましょう」


「ボクが勝ったらお金貸してくれる?」


「私に勝てるとお思いですか?」




 一度では終わらず、三杯飲んだところでアコがギブアップした。エノク神学校において「狂い咲き白バラ」と謳われた俺の敵ではなかったな。


「ううぅ……ハァ……ハァ……セイクリッド大人げないよ。接待プレイって知ってる? ボクに勝たせて自信をつけさせるとかあるよね?」


「牛乳早のみ対決だけはガチですから」


「だからって飲みながら変顔やめてよ! セイクリッドって顔だけは整ってるんだし、あんな顔……くっ……はは、ははははは! だめだ思い出しちゃったよ! ギブギブ!」


 少女は鼻から白濁液を垂らしながら、テーブルの上をタップする。たまたま正面に立ってしまい、白いしぶきの直撃を受けたバーテンダーが、布巾片手に迷惑そうに俺を睨む。


 俺じゃない。アコがやった。知らない。済んだことだ。


 オアシス運動で護身完成である。

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