セイクリッドのいくじなし
女王陛下と教皇聖下への謁見申請は受理された。
事態を重くみているとはいえ、昨日の今日で謁見とはさすがにいかず、日程調整にもう少しだけかかると王宮及び教皇庁より通達があった。
吸聖姫リムリムに預けたカノンの修行は順調だそうである。吸魔魔法を使いこなせるようになれば、魔法力不足による継続戦闘能力の低下も改善するだろう。
まあ、格上相手から魔法力を奪ったり、魔法力を持たない相手から吸魔することもできないので、万能とまでは言えないのだが……。
ロリメイドゴーレム――ぴーちゃんと元暗殺者キルシュの二人からは、まだ途中経過報告などは上がってきていない。
能力的には優秀なものの、やらかす可能性は高いコンビである。
が、信じて吉報を待つとしよう。
俺が教会を空けがちなのだが、帰ってくるたびにステラの書き置きが残されていた。
しばらくはベリアルがニーナのお世話をしているとかで、とても幸せそうだ。やら、今度、王都のケーキのお店にまた連れて行ってね! などなど。
こちらも簡単な書き置きを残すと、ステラは必ず返事の書き置きで返してくれた。
まるで文通でもしているようだ。
ステラ曰く――
ニーナがベリアルの前では元気だが、妹……と、ニーナの中で位置づけている、ぴーちゃんがいないのを寂しがっているらしい。
それと、ニーナが時々、ステラやベリアルの背後に回り込んで、首筋を甘噛みしてくるようになったのだとか。
なにか知らないかと俺への質問があったのだが、ワカリマセン。で通すことにした。
先日、リムリムに吸聖されているところを誰に見られたのか、私、犯人わかっちゃいました。
最後の教会の聖堂で、俺は案山子のマーク2に確認する。
「誰か復活したり、手違いで送られてきた迷える冒険者の魂などはありましたか?」
講壇の上がすっかり定位置になった案山子は、記録水晶を明滅させると聖堂の壁に画像を映し出した。
日時の項目がある表状の一覧は、日付の他は空白で埋まっている。俺が確認しやすいように、誰を復活させて送り返したかなど、まとめてくれたようだ。
「マーク2さんは、本当に仕事ができる方ですね」
ピカピカと記録水晶が点滅した。どことなくだが、照れているように思える。
「アコさんが復活した形跡は無し……ですか」
吸聖姫騒動でカノンと胸の聖印を奪われた時には、奮起して勇者らしく成長したかに見えたのだが、もう元に戻ってしまったのだろうか。
「すみませんマーク2さん。勇者を導かねばならないようです」
「ピッ……イッテ……ラッシャイ」
「しゃ、喋ったッ!?」
「…………」
再び記録水晶が明滅した。
「声を上げるのは大変そうですね」
肯定的な明滅でマーク2が返す。
「この騒動が落ち着いたら、設備開発部に発声できるような仕組みを発注しましょう」
早いテンポでマーク2がピカピカピカと点滅を繰り返す。ぴーちゃんもマーク2も、本来ならその存在はイレギュラーなものなのだが、まあ頼み方次第だろう。
「では、行ってきますね」
転移魔法で飛び立つ先は、恐らく勇者が入り浸っているであろうカジノの町――ラスベギガスだった。
煌びやかな魔力灯が明滅し、賑わう人々の熱狂が渦を巻く欲望の殿堂――ラスベギガスのカジノですら、楽しんでいる住人や冒険者はまばらだった。
普段なら混雑で人捜しどころではないのだが――
「あっ! セイクリッドいいとこであったね! ちょっとお金貸して……」
スロットコーナーから見慣れた少女が満面の笑みで両手を振って、こちらに駆けてきた。
まるで人なつこい仔犬のようだ。
動機はまるで可愛くない。
「セイッ!」
俺の手刀が少女の頭頂部に炸裂した。
「いっったあああああい! 挨拶代わりにチョップはひどいよ! だいたい聖職者がこんなとこに来ていいの?」
時々、金策に利用している常連ですがなにか。まあ、今のアコに言うことではないので黙っていよう。
大神官、嘘つかない。沈黙は金なり。
「しばらく音信が無かったので、心配して様子を見にきたのですよ」
頭を抱えて涙目だった少女が、満面の笑みを浮かべた。
「そっかぁセイクリッドって、ボクのこと心配になっちゃうんだ」
「ええ、なにぶん貴女はこの世界でただ一人、魔王に挑むことを運命づけられた勇者なのですから」
「へぇ~すごいね~」
「他人事のように済ませないでください。今後は是非、自覚をもって勇者の名に恥じぬ行動を心がけて欲しいものです」
「けどさセイクリッド、カジノで豪遊するのも勇者に恥じない行動だって! ボクが楽しくスロットを回すことで、カジノに利益を還元してるんだ。それにみんなも安心して遊べるよね?」
両腕を広げて少女はその場でクルリとターンする。
「うん、ちょっと最近はカジノも閑散としちゃってるけど。ここからボクが盛り上げていくよ。だから協力してほしいんだ!」
「負けが込んでお金を借りようとするのは、豪遊でもなんでもないですよ」
「なんだよケチー!」
勇者アコはいつも通りだ。
「アコさん……本当に楽しんでますか?」
「え? きゅ、急にどうしたのセイクリッド? ぼ、ボクはカジノにいるだけで楽しいよ! ここに住みたいくらいだし」
俺と目と目が合った瞬間から、彼女の瞳はずっと怯えたように揺れていた。
まずいところを見つかったと思ったのであれば、逃げれば良い。
なのにアコの方から駆け寄ってきたのである。
「なにか心配事や相談したい事がありましたら、お金の貸し借り以外はなんなりとお申し付けください。勇者を支えるのが私の仕事ですから」
「仕事上だけのサバサバした付き合いって事?」
「ご安心ください。最大限の公私混同をもってお付き合いさせていただきますので」
勇者はプフッと噴き出した。
「あーあ、聖職者って基本的に公平じゃなきゃだめなんじゃないの? セイクリッドってどうして大神官になれたんだろうね?」
「それはまあ、実力と姉上のコネクションを兼ね備えておりますから」
「うー! 本当に強いセイクリッドが言うとイヤミにしか聞こえないよ。はぁ……まったく、ボクの気も知らないで魔王を倒せとか修行しろとか、今やろうと思ってたのにやる気なくなっちゃうなぁ」
「宿題ですか。私は貴女のお母さんではありませんよ?」
「宿題かぁ。そうだね……本当に、ボクの宿題だよ」
普段のアコらしくもなく、思い詰めている。
「あちらのラウンジにあるバーで一杯ごちそうしましょう」
「え!? お酒!? セイクリッドってばお酒を飲ませてボクになにをしようっていうんだい?」
「ミルクでいいですね」
「甘いカクテルのやつにして!」
「飲みたがってるじゃないですか。ダメですよ」
「んもー! かたいこと言わなくてもいいじゃんかー」
勇者少女を引き連れて、俺はラウンジへと足を運んだ。
カウンター席に並んで、二人してミルクで乾杯する。
「本当にミルクだし」
「私もおなじものをいただきますから、クレームはなしでお願いします」
少しの沈黙を置いて、観念したようにアコが口を開いた。
「ねえ、魔王軍……本当に攻めてくるのかな?」
「貴女まで噂に踊らされてしまうとは、困りましたね」
「三日前までカジノは朝から大盛況だったんだよ。それが、どんどん人が減っていって……冒険者ギルドもひどいもんだよ。クエストは山積みなのに、冒険者は誰も仕事を受けないんだ。怖がっちゃってさ」
「実体の無い影に怯えて世界全体が停滞しているようですね」
「だとしたら、魔王はすごい強敵だよ。ボクじゃとうてい太刀打ちできないね……ハハハ」
「今、私もこの噂について調査を進めています。それにカノンさんもキルシュさんも、それぞれ頑張っているところです」
「キルシュ見つかったんだ。仲間だけど、実はあんまり心配してなかったんだよね。ボクより強いし」
カノンを奪われた時と同じくらい、アコは自信を失いかけているようだ。
「胸の聖印は飾りですか?」
「見る?」
少女は上着をたくし上げようとした。
「いいえ、遠慮しておきます。脱ごうとしないでください。人前ですよ?」
「二人きりなら見たいってことだね」
「そういうことではありません」
「ちぇー、セイクリッドのいくじなしー」
なぜ俺がいくじなしにされてしまうのか、これがわからない。




