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こちらラスボス魔王城前「教会」  作者: 原雷火
シーズン8 ※Pルートは「神トーク」までの通常ルートを読み終えてからお読みください
325/366

マルチ的なバース



 おかわりのサンドイッチを少女は黙々と食べる。


「お腹が空いていたみたいですね?」


「……誰かとご飯食べるの……久しぶり」


「そうでしたか。たまには教会にお茶を飲みに来てください……とは、言いづらいですね」


「……うん。天国は、死なないと行けない場所だから」


 死に戻り常習犯アコとカノンがいるためか、感覚がおかしくなっている俺である。


 本来ならルルーナくらいの頻度になり、さらに言えば成長することで道中での事故死なども減るはずなのだ。


 サンドイッチを食べ終えて、ルルーナは炭酸の気泡が揺れるレモネードのグラスを手にとり掲げた。


「乾杯ですか?」


「……夢の話。毎晩見る……悪夢の話」


 レモネードに溺れる悪夢でも見ているのだろうか。


「相変わらず唐突で、繋がりがさっぱりわかりませんね」


「……泡。夢の中でたくさんの泡を見た」


「ええと、たとえばそう。海で溺れる夢でしょうか?」


 グラスをテーブルに置くと、占い師はフルフルと前髪を左右に揺らす。


「……眠りに落ちた夢の中。天の星々のように、闇の中にいくつもの光る泡が浮かんでる」


 レモネードの気泡をそれに見立てたというわけか。うん、解りづらい。


「幻想的な光景ですね」


「……その泡のひとつひとつに、自分がいて、セイクリッドがいて、みんながいる……」


「はぁ……」


 やはり彼女の言葉は謎かけのようで、さっぱりわからない。


「……似ているようで違う世界が無数に平行して存在」


「平行する世界ですか」


 なにやら思想家か哲学者の解説が必要になりそうな流れだな。


「……そう。どの泡も最後は黒い闇に包まれて……内側から弾けて消える」


「命に限りがあるように、世界ですら永遠には存在しえないのかもしれませんね」


 少女はグラスのふちにそっと口をつけ、飲む。


「……おいしい」


 グラスの中でカランと氷が涼しげな音を立てた。


「世界を飲み干してしまいましたね」


「……これはレモネード。世界じゃない」


 炭酸の泡を世界に見立てたのはお前だろうに。


「世界が寿命を迎えて終わるのも、仕方の無いことでは? それに仮に世界が終わるとしても、その頃には私たちもとっくに死んでいるでしょう。心配することなど、何一つありませんよ」


 少女は再び首を左右に振った。


「……徐々に衰退して消えていくのならそう……だけど……」


「違う……と? 近く世界が消えてなくなるような言い方ですね」


 少女はうつむいた。


「……すべての泡の中の世界が、同じようなタイミングで一斉に……闇に閉ざされる」


「噂になっている魔王軍の侵攻と、何か関連でもあるのでしょうか?」


 ステラには軍団を動かすつもりもなければ、そもそも現在の魔王軍は軍備すらままならない。


 実働可能な戦力はベリアルくらいなものだ。おまけとして従えた上級魔族がいるくらいである。無論、元魔王候補だけあってそれぞれ強いといえば強いのだが、世界を滅ぼすほどの戦力とは言いがたい。


 同盟アライアンスを組んだリムリムを含めても、魔王軍の現有戦力は魔王城防衛にも足りないくらいだろう。


 そもそもステラは人間を制圧して世界を支配しようとすら考えていない。


 滅ぼす理由も見当たらない。


「……わからない。魔王軍の噂……あとで聞いたから」


「ルルーナさんは世界が滅ぶ夢を見たあとに、魔王軍の噂が流れ始めた……まさか、滅びますぞと世間に吹聴したりしていませんよね?」


 少女の瞳がじっと俺を見つめる。


「……してない」


「王宮のどなたかに相談したりは?」


「……セイクリッドだから言った。他の誰にも言えない」


「信頼していただいて光栄です。むしろルルーナさんを疑ってしまって、申し訳ございません」


「……いいの。夢の話、信じてくれたから」


「私が信じたと、どうしてわかるのですか?」


「……顔を見れば、だいたいは」


 自分がどんな表情をしていたかはわからないが、少なくとも辛気くさく眉間にしわを寄せていたに違いない。


「……ごちそうさまでした」


 占い師の少女はそっと席を立った。


「これからも星を探し続けるのですか?」


「……そうしないと、いけない気がするから」


「サマラーンに来れば、また会えますか」


「……運命の導くままに」


 星を探す旅人の彼女を、一つの町に留めることはできないらしい。


 今はただ、寂しげに去りゆく小さな背中を見送ることにした。


「なにか困った事があれば、大神樹の芽を通じてお手紙をください」


「…………」


 少女は背を向けたまま、コクリと頷くと、大通りの向こうへと消える。


 世界の終わり。


 思春期の少女の妄想と片付けるには、ルルーナの予言の実績が重くのしかかった。

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