※Pルート 星のタロット
昼というには遅く、夕暮れには早い時刻――
熱砂に咲いた一輪の花――オアシスの町サマラーンに転移魔法でやってきたのは、なぜだろうか。
ここなら会えるかもしれない。そう、思ったからだ。
星を探すルルーナはここにいる。
はっきりとした答えを胸に、教会前から中央通りに向かう。
色とりどりの天幕が道の両脇を埋めるように並んでいた。が、行き交う人もモノも、かつての半分ほどしかない。
この町も王都と同じく活気を失っていた。
通りを進み、見覚えのあるオープンテラスを併設した、カフェ兼酒場の前を素通りした。
足を速める。
中央通りからずいぶんと離れたところに、ぽつんと小さな紫色の天幕があった。群からはぐれた一匹狼のようなテントの前で立ち止まる――
「……お悩み相談……有料」
涼しげな声が俺に告げた。
テントから水晶玉を手にした、占い師の装束姿の少女が姿を現す。
見つからない星を探し続ける彼女の名を呼ぶ。
「ルルーナさん。ようやく会えましたね」
「……?」
少女は首を傾げた。
「星は見つかりましたか?」
「……星は……白鳥が運んでくれる」
少女はすうっと腕を上げると俺を指さす。
「私が白鳥ですか」
「……美しさゆえに孤立する。白い鳥は死の暗示」
「ずいぶんな言いようですが、当たらずとも遠からずですね」
コクコクとルルーナは二度頷いた。
どうやら彼女にはある程度“視えて”いるらしい。
「私のおかれている状態はわかりますか?」
「……たぶん……二周目」
「なるほど。では細かい説明は省きましょう」
「……そう」
視線はぼんやり虚空を見上げ、相変わらず何を考えているのかわからない。
「……星……どこ?」
「居場所まではわかりません。が、貴女の探す星の名前をお教えしましょう」
「……うん」
「彼女の名はラヴィーナ。貴女の双子のお姉さんです」
不意に、少女の頬を涙の粒がするりと滑り落ちた。
二粒、三粒と雫は墜ちて、砂漠の町の砂の道に消える。
「……思い出した。ずっと探してた……名前……」
感情表現に乏しいルルーナが、ぎゅっと目を閉じて飛び込むように俺に抱きついた。
「見つけるところまではいけませんでした。私の力不足です」
「……ううん。ありがと」
「……いいこいいこしてあげる」
ルルーナが背伸びをして腕を伸ばし、俺の頭をもっさもっさと撫でる。雑な仕草だが彼女らしいといえばらしい。
「話の続きはどこか落ち着ける場所で、ゆっくりしましょうか」
先ほど前を通り過ぎたオープンカフェに、今回も行くことにした。
通り沿いのテラスにあるテーブル席に対面して座る。
パラソルが木陰を作り、氷結系魔法で冷やされたレモネードが喉を潤した。
ルルーナもグラスの飲み物を空にすると、おかわりを注文して俺を見つめる。
「……おごり?」
「ええ、もちろん。サンドイッチもいかがですか?」
「……うん」
店員に声を掛けると「かしこまりました」と、一礼とともに返答があった。
思わず口から吐息とともに言葉が漏れた。
「……なんでもお見通し?」
「なんでもではありませんが、ある程度は」
「……占い師が未来視で負けた」
眉一つ動かしていないが、専門分野での敗北はルルーナにとってショックなようだ。
「ではルルーナさん。ラヴィーナさんの居場所について、考えてみましょう」
「……うん」
彼女は腰のベルトにつけた革製のポーチから、絵札を取り出し一枚を俺に向けて差し出した。
描かれていたのは太陽だった。大地に光が降り注ぎ、その下に広がるヒマワリ畑で双子が遊ぶというものだ。
絵札を俺から見て正位置でテーブルの真ん中に置いた。
「太陽というのはカードの暗示なのでしょうか?」
「……太陽は約束された未来」
「ラヴィーナさんは未来にいる……と?」
「……うん。きっと戻ってくる。だから……」
じっと俺を見つめてルルーナは告げる。
「……最後まで諦めないで」
「どこまで見えているのでしょう?」
「……未確定な部分まで。言語化は……無理」
そんな話をしているうちに、おかわりのレモネードとサンドイッチが運ばれてきた。
「……いただきます」
ハムスターのように両手でサンドイッチを手にして、ルルーナはパクパク食べる。
「どうにかしてラヴィーナさんには会えないものでしょうか?」
もう一人、ラヴィーナを探している人間がいる。
元々、ラヴィーナはルルーナの代わりに村を追放されて王都の神学校へ入ったのだ。
そこを中退したというのは嘘だろう。彼女は教皇直属の密偵だ。大神樹の芽を通じて最後の教会にやってきたのは、エミルカの計画の一部でもあっただろうが、ヨハネの意向で俺を監視するためだったに違いない。
サンドイッチを頬張るのをやめて、少女はコクリと頷いた。
「……やって……みる」
すうっと眠りに落ちるように、ルルーナは背もたれに体重を預けて目を閉じた。
「ルルーナさん!? いきなり昼寝ですか? まさか死んでませんよね?」
彼女も冒険者登録をしているので、死ねば大神樹の芽を通じて教会に跳ぶのだが、その兆候は見られない。
胸がゆっくり上下している。呼吸は正常なようだ。
そして――
「ん……ここ……どこ?」
ルルーナはゆっくり身体を起こすと目を開いた。
「あ! セイぴっぴじゃんお久し~!」
「ラヴィーナさんなんですか?」
「そだよー♪ っていうか、マジ死ぬかと思ったんだけど……あれ? ここってば天国? セイぴっぴも死んじゃったかぁ」
双子の絆が起こした奇跡なのだろうか。ルルーナがラヴィーナの意識を霊媒した。
「いったい何があったのか、詳しくお聞かせください」
「ん~! 天国についたんだし、もうちょっと緩く楽しまない?」
ラヴィーナ自身は自分が死んだものだと認識しているようである。
「いったい誰に殺されたのです?」
「それがチョーびっくりしたんだから。あいつよあいつ! 管理局設備開発部のエミルカって部長ね。セイぴっぴのそっくりさんまでつくって、絶対怪しいじゃん? って、思ってたの。あ! もう死んでるしノーカンだから言うけど、あたしってヨハネ様の密偵じゃん?」
「え、ええまあ、そのような気はしておりました」
「あはーやっぱバレてたか。ぶっちゃけちゃうと、セイぴっぴのことは好きだよ。本当にガチの好き。だけどねヨハネ様は放っておけないじゃん。あたしがいないと話し相手にも困るし。ってゆーかーセイぴっぴの姉不幸もの! ヨハネ様を残して死んじゃうなんて情けない!」
ラヴィーナがビシッと俺の顔を指さし、ばきゅーん! と撃つような素振りを見せた。
自分の人差し指にフッと息を吹きかける。
「ラヴィーナさん落ち着いてください。ここは天国ではなく砂漠の都市サマラーンです。貴女が今、どこにいるのかはわかりませんが、ルルーナさんがラヴィーナさんの意識を自分の身体に呼び寄せたようです」
「えっ!? ルルーナなのこの身体ッ!?」
すうっとラヴィーナは視線を胸元に落とした。
「あっ……この占い師チックな服装と胸元の軽さ……これルルーナの身体じゃん!?」
「ずっとルルーナさんは貴女を探していました」
「それは知ってるし、ルルーナには悪い事してるって思ってるけど、密偵のお仕事ってキケンもいっぱいだから、あんまルルーナ巻き込めないし。辞めてもよかったんだけど、そーしちゃうとヨハネ様が寂しいでしょ?」
やはりヨハネの言う青い小鳥はラヴィーナだったようだ。彼女は落胆するように溜息をついた。
「そっかー。あたしって死んでないけど生きてもいないって感じなんだ。これってルルーナの身体を借りてるからだよね? じゃあルルーナにはもう会えないんだ」
「手紙でやりとりしてみてはいかがでしょう?」
「あっ! それいいかも。なんか密偵の時よりルルーナとやりとりしやすいね!」
このポジティブさは死んでも(?)健在である。心強いくらいだ。
「ラヴィーナさんに折り入ってお願いがあります」
「ん? いいよ! セイぴっぴがこうしてルルーナにあたしの意識を引っ張るよう言ってくれたんでしょ? ま、身体がないから戦うのは無理だけど、できることならなんでもオッケー!」
ヨハネの説得ももちろんだが、もう一つ訊いておきたいことがあった。
教皇庁内にある“知者の書塔”の地下室――エミルカの研究室への入り方である。