新・地獄コンビ結成
「蘇生魔法」
復活したのは黒で統一されたゴシック風のドレスに、傘を手にした元暗殺者の少女――キルシュだった。
榛色の瞳をぱちくりさせて、彼女は「あっ……わたし死んだんですね」と、自分でも驚いたような顔をする。
「行方不明だと伺っていましたが、ご無事でなによりです」
「いえいえセイクリッドさん。冷静になって考えてみると、わたしってば死んでますから無事じゃないですよ。冒険者でなかったら今頃どうなっていたか」
蘇生魔法のような奇跡の力は、大神樹があればこそだ。ギルドなどで登録した冒険者には教会から加護が与えられ、冒険の途中で力尽き全滅した時には、最後に祈りを捧げた教会へと魂が送られる。
また、蘇生魔法で復活させることができるのは、魔物や魔族によって殺された者に限られる。寿命や事故で死んだものまで甦れば、たちまちこの世は死者の国だ。
心配性な貴族や金持ちの商人からは加護の費用をふんだくり……もとい、教会は冒険者よりも少し多めの寄付を募るのである。既得権益で資金源美味しいです。
一方で、冒険者は年齢など条件さえ満たしていれば、タダ同然で加護を与えられた。魔族や魔物退治のため各地で活躍し、冒険で得た財宝を得て全滅、教会へ帰還。資金源美味しいです。
こうして書くと教皇庁が悪の総本山に思えてならない。
アコやカノンがしょっちゅう死に戻るため、こういったことはもはや意識すらしていなかった。
冒険者になってから日が浅く、また生存能力が高いキルシュの場合、死ぬ経験が少ない。
ある意味、死になれない新鮮な死者だ。最後の教会では希少である。
「では寄付をお願いいたします」
「ニッコリしないでくださいよぉ~! 殺害しますよ?」
「元暗殺者の肩書きは相変わらずですね」
キルシュの家系は王に仇成す者を裏で始末するという、王宮御用達の暗殺一家だった。
「ちなみにお金は小まめに実家の金庫にしまってありますんで、残念でした! はい、有り金の半分ですよ。嬉しいですか?」
「ええ、とても助かります」
キルシュの所持金は宿代や回復薬代などのための必要最低限だった。半分を寄付してもらう。「まいどありがとうございます」
「こちらこそ復活させてもらってありがとうございます」
向かい合って互いに礼。
もはや、俺も神官らしく振る舞うことを諦めた。
しばらく行方をくらましていたキルシュだが、所持金が少ないということは単独で魔物狩りや稼ぎをしていたわけではないらしい。
それでいて、教会で復活したとなると……なにをしていたのか気になる。
「ところでキルシュさんは、お一人でなにをしていたのですか?」
「あっ! それなんですけど、アコさんとカノンさんと一緒にレベル上げできそうな狩り場を探してて……まあ、ちょっとダンジョンの奥の方まで行きすぎちゃいまして」
空気の読めなさには定評のある元暗殺者らしくもない。
「そうでしたか。大変ご苦労様です」
「そんなそんな滅相もないですよ」
「先日、アコさんたちと待ち合わせをしていましたが、すっぽかして連絡もしないのはどうかと思いますが」
「あー、ちょっとあの日は……実家から呼びだしされちゃって……」
「ご実家から? 冒険者稼業を反対されてしまいましたか?」
「家業は継いで欲しいみたいですけどね」
伏し目がちになってキルシュは珍しく吐息混じりだ。
「迷える子羊よ。ご相談でしたら承りますよ」
神聖なるオーラを全力で出しながらの神官スマイル。これで墜ちない偶蹄類はいない。
「お金かかります?」
「いえ、相談だけでしたら無料で承ります」
「解決は有料ってことですよね?」
「諸経費がかかる場合は寄付をお願いするかもしれません」
「つまりお金でなんでも解決できるんですね?」
「ええ、まあ、おおむねその通りです」
俺とキルシュのやりとりをロリメイドゴーレムは半眼視した。
「教会は営利団体ですのね?」
「愛は無償ですよ。ぴーちゃんさんにも愛を注いであげましょう。さあ、私の胸に飛び込んできてください。その冷え切った身体を抱きしめて、温めてさしあげますから」
腰を落として幼女素体に視線の高さを揃えると、俺は翼のように両腕を広げた。
ぴーちゃんはプイッとそっぽを向く。
「遠慮しておきますわ。わたくしはロリコンホイホイではありませんもの」
キルシュが目を丸く見開く。
「あ、やっぱりセイクリッドさんって幼い女の子しか愛せない肉体なんですね?」
「誤解を招くようなことは仰らないでいただきたいものです」
「じゃあ、わたしのことを抱きしめてくれます? できなければロリコンとみなしますよ?」
傘を投げ捨てるとキルシュは袖の中からナイフを取りだした。
「さあ迷える子羊を受け止めてくださいねセイクリッドさん」
「刺す気満々じゃないですか」
「なんなら刺し違えてもいいです」
「時々暗殺スイッチ入るのやめてください。では転移魔法……」
「ま、待ってくださいよぉ! ちょっとしたアサッシングジョークじゃないですか?」
目が本気だったんだよなぁ。趣味で寝首を掻くこともあるので、もしかしたら勇者パーティーで一番ヤバイのはキルシュかもしれない。
「素直に相談に応じる気になりましたか?」
「なりましたなりました。最近広まってる悪い噂について、ちょっと色々教会とかにスパイ活動してこいってパパに言われちゃいまして」
「それはつまり、王宮……クラウディア女王が教会に嫌疑を抱いていると?」
「さあ? パパの独断っぽいかもしれないんでそこはなんとも」
時の王――現在においてはクラウディア女王が命じなくとも、きな臭さを感じればキルシュの父親が独自に動く可能性はなくもないか。
榛色の瞳がキラリと輝いた。
「わたしもセイクリッドさんという教皇庁との太いパイプがあるので、そこ経由で内情探れないかってことだと思うんですよ」
「キルシュさんは身体能力的には暗殺や諜報任務に適正があるのに、正直者すぎてどちらにも向いていないようですね」
「素直な良い子だなんて褒めないでくださいよ恥ずかしい」
「誰もそこまでは言っていません。ですが、正直に話してくださったので私もお話しましょう。教皇庁がどこまで調査を進めているか、私も気にしていたところです」
「なーんだセイクリッドさんも知らないんですね」
「私なりに独自調査を行ってきましたが、拡散しつづける噂の元をたどることすら困難でした」
「つまり、なんにもわからないと?」
「その通りです。残念ながら」
ぴーちゃんが俺とキルシュの間に割って入った。
「でしたら、わたくしが調査いたしますわ。ニーナ様の専属メイドのお仕事は、少しの間お暇をいただくことにしましてよ」
幼女がその場でくるりとターンする。
「先ほど、わたくしに“お願い”しようとしていたのも、結局はそういうことですわよね。手詰まり大神官様?」
「ええ、少々大変かと思いますが」
ふと、ロリメイドと元暗殺者の視線がぴたりと合った。
「あ! じゃあじゃあわたしも手伝いますよ」
俺は、ぴーちゃんを手招きして耳打ちした。
「放っておくと何をするかわかりませんから、近くにおいて監視をお願いできませんか?」
ロリメイドは諸々察したようだが、俺に耳打ちし返した。
「足手まといどころか火の無いところで大炎上しそうですわね」
キルシュが目を細めて笑う。
「ちゃんと指示されたら指示通りに動くから心配しないでくださいって。わたしこう見えて、結構指示待ち人間ですし」
ぴーちゃんはため息とともに呟いた。
「どうやら、わたくしが監督しなければならなさそうですわね」
キルシュに代わって俺は幼女に頭を下げた。
「どうかよろしくお願いいたします。私の方でも調査は継続しますので」
黒ゴスドレス少女がロリメイドにそっと手を差し伸べた。
「ではでは、地獄の諜報コンビとして世界に名を轟かせましょうね!」
「諜報活動も暗殺も隠密に行うことではありませんこと?」
「その常識をぶち壊していきましょう!」
キルシュは戸惑う幼女ゴーレムの手を自分から包むように両手で握り締めた。
どうやらアコたちと一緒に行動するうちに、キルシュもだいぶ毒されてしまったらしい。
あっ……それを言えば、俺を含め最後の教会に集う面々全員か。
侮り難し、勇者パワー。
こうして、その日のうちに、ぴーちゃんはニーナとステラに許しをもらい、ベリアルに後のことを託して魔王城から旅立つこととなった。
二人にはまず、キルシュが持つ裏社会の情報網から探ってもらう予定だ。
一方、俺は大神樹の芽を介して、二通の申請書を送る。
片方の行き先は女王クラウディア陛下。
そしてもう片方は……本当は行きたくないのだが、教皇庁の最高位――教皇ヨハネ聖下への謁見申請だ。
許可が下りるまで、こちらも他の街の状況を探ることにしよう。




