※Pルート おぎゃれ! ロリメイド!
王都はまるで、灰色の雲に蓋をされたように活気を失っていた。
曇り空なら魔王城前の教会で見慣れているのだが、元々“そういうもの”なのと、普段は“違うもの”では、同じ厚さの雲でも意味合いが変わってくる。
王都だけではなかった。
砂漠のオアシスにある交易拠点サマラーンも、沿岸都市のマリクハも、俺が転移魔法を登録してある各地に事態が広まっている。
情報を集めてみたが、王都で得られる以上のものはなかった。
存在もしない魔王軍による侵攻に、みな怯えている。実害さえ無ければいつか消えると考えていたが、見上げた空に晴れ間は一向に見えなかった。
転移魔法で最後の教会に戻ると――
「あら、最近はマーク2様を酷使しすぎではありませんこと?」
講壇に立たせた案山子のマーク2から視線をこちらに向けて、エプロンドレス風メイド服に身を包んだ、幼女素体のメイドが茶髪を揺らして首を傾げた。
「おや、ぴーちゃんさん。本日は教会へどのようなご用件でしょう。蘇生でしょうか? 呪いを解いて差し上げましょうか?」
「わたくしはゴーレムですもの。蘇生ではなく修理が適切でしてよ」
このお嬢様風な喋り方をする幼女は、元はステラくらいの身長の少女型ゴーレムだった。
辺境の教会暮らしの俺をサポートするため、メイドとして教皇庁……というか、大神樹管理局の設備開発部から派遣されたゴーレムであり――
その実、管理局設備開発部の長であるエミルカによって送り込まれた刺客だった。
ごく近い将来、ぴーちゃんは自身の意思と関係なくニーナの胸に凶刃を突き立てる。
彼女自身の意思とは無関係に。愛する者の命を奪うことで、ぴーちゃんの心は壊れてしまった。
ロリメイドゴーレム自身がエミルカの手中にあるため、どこまであらがえるかわからないが、できる限り手は打っておこう。
「なにをぼーっとしていらして? こんなに可愛いメイドを目の前にして、見とれてしまったのかしら? さすがロリコン大神官ですわ」
くりっとしたガラス玉のような瞳が俺を見上げた。
「ええ。最近では皮肉も冗談も大変お上手になられましたね」
「皮肉が上手くなったと褒めることの方が、よっぽど皮肉が効いていますわ。それにしても相変わらず、なにやら暗躍しているみたいですわね」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。ニーナさんは今日はベリアルさんとご一緒ですか?」
ぴーちゃんは驚いたように目を丸くした。
「え、ええ。時々、保護者の役を譲ってあげないと、彼女も寂しそうですもの。独り占めをするどこかの悪い神官とは違いましてよ」
「ニーナさんは大変愛らしいですから、そうなるのも仕方ありません」
「あらあら……ずいぶん素直ですのね」
「ええ、少しだけ自分に正直に生きてみようかと思いまして。私も、ぴーちゃんさんやマーク2さんと同じように、日々学んでいるのです」
「良い心がけですわね」
俺はゆっくり息を吐いた。
「さて、挨拶はこれくらいにして……魔法力の充填は先日したばかりですよね?」
「ええ。新機能の追加などはありませんでしたけれど、最新バージョンのパッチに更新いたしましたわ。現在はVer.3_7564.217ですわね」
「ミナゴロシとはずいぶん恐ろしい数字の並びです」
「あら? そう読めなくも……」
最後の三文字に、ぴーちゃんは黙り込んだ。
ミ ナ ゴ ロ シ ニ - ナ
「ぐ、偶然ですわ」
ゴーレムの彼女が動揺を隠せずにいる。
こういった言葉遊びを仕込むエミルカの悪趣味を、今回は利用させてもらおう。
「ええ、きっとただの偶然でしょう。それで更新というのをすると、どうなるのですか?」
自信満々だった彼女の表情が曇る。
「大神樹の芽を通じて設備管理部にアクセスし、ゴーレム素体に関する研究成果などがあれば、随時新情報に書き換えを行っていますの。もちろん、バックドアを介して……ええと、バレないようにこっそりと裏口から侵入して情報窃盗してましてよ……たぶん……きっと……足跡は残していませんけれど……」
不安げに少女は呟いた。
「本当にこのバージョン、反応速度を中心に素体の動きを最適化して性能面では充分ですけれど、時々勝手に補正が働き過ぎて……確かにちょっと、気味が悪いというか自分の身体ではないように感じることもあって……」
「まあ、バレない程度にほどほどでお願いしますね」
「え、ええ。以前のバージョンのバックアップはとってありますから、戻しておきますわ。本当に不気味な数字の並びですもの」
「戻すよう説得する予定でしたが……」
自分から、ぴーちゃんが決断してくれるとは思わなかった。
「あらあら? 何を企んでいますの?」
「いえ、別になにも」
「正直に仰らないと、ニーナ様にチクりましてよ? セイおにーちゃがまた悪だくみをしてるって! 教えておにーちゃ! おねがい♪」
幼女が両手を組んで祈るようにしながら、じっと俺の顔を見上げる。ニーナの近くにいて口調どころか、幼女の素振りまで研究に余念がないらしい。
実に上手い。
「貴女は精神的にはお姉さんでしょうに」
「あら、わたくし生後一年未満の超ウルトラスーパー幼女でしてよ? おぎゃあおぎゃあ」
「幼くなりすぎではありませんか?」
「さすがのロリコン大神官もおぎゃっている相手は守備範囲外ですのね」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「あ! 出ましたわね! ニーナ様やステラ様には見せない本性! わたくしくらいでしょう?」
「おっと、失礼しました。ついうっかり……」
メイド少女はフフンと鼻を鳴らすと、その場でくるりとターンした。
エプロンドレスの裾が花弁のようにふわりと開く。
「時には本音をぶちまけた方が健康によろしくてよ?」
「そうですね。最近、自分に素直になるように心がけているんです。おかげで夜も安眠目覚めもぱっちり。毎日の食事もおいしく見違えるほど健康になりました」
「もとから自分の欲望に忠実だったのは気のせいかしら? こちらからいっておいてなんですけれど、あなたの場合はほどほどにしておかないと、人間関係の摩擦熱でそこらじゅうが焼け野原ですもの。限度と節度は守っていただきたいものですわね」
「心得ました」
すでにステラにだけは大きく逸脱したあとだ。
後の彼女の人生を縛る呪いになるかもしれない。
未練と後悔は似て非なるもので、今の俺は二つをブレンドしたような状態である。
拒むことはできなかった。残されても拒まれても彼女が傷つくことになる。
俺が助かる道はやはり無いのだろうか。
じっと俺の顔をのぞき込んでから、ぴーちゃんがぽつりと言う。
「なにかやらかしましたわね?」
「いいえ。やらかしなどとんでもない」
そんな否定のしかたをすれば、ステラにも失礼なことである。
さて、ぴーちゃんの性能向上に関して干渉したところで、俺は元の本題を切り出した。
「そうそう、せっかくですからお手伝い願えますか? ゴーレムである貴女にしか頼めないことです」
ぴーちゃんは転移魔法こそ使えないものの、ゴーレムである利点を活かして各地の大神樹の芽から芽へと、自身を転送することができる。
生物は送れないが、一度行ったことのある場所にしか飛べない転移魔法と違って、各地に飛ぶことができた。
俺がまだ行ったことのない場所での調査をお願いしよう――
と、思った矢先。
大神樹の芽が光を帯びて、さまよえる魂が一つだけ、この教会に届いた。
 




