お前をおねーちゃにしてやろうか!
「本当にベリアルさんは優しいですね。それに頑張り屋だ」
「急にどうした!? 貴様がわたしに優しいなど……あ、怪しいぞ!」
「はぁ……率直な感想なのですが……」
長い髪を振り乱してベリアルは立ち上がる。
「いいか! わ、わたしは魔王様にお仕えする身だ。その責務を果たしているにすぎない! 優しいだの、頑張り屋だのではないのだ!」
もしかして照れてる?
「可愛いですねベリアルさん」
「ふ、ふざ、ふざけっ! くっ……」
「殺しませんし殺させませんし死なせませんよ」
「ぐぬぬぅ! なんなのだ先ほどから! わたしを褒めちぎってなにを企む大神官!?」
涙を腕でぬぐってベリアルは吠え立てる。
「照れることなどありません。貴女のがんばりはステラさんにもニーナさんにも伝わっていますし……私もよく存じ上げておりますから」
ベリアルは自分の身体を抱くようにして身もだえる。
「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
牛モードのような声まで上げるなんて、そんなに喜んでもらえると褒めがいもあるというものだ。
「いつもステラさんとニーナさんを見守り、お守りしてきたベリアルさんは立派な方です」
「ち、違う! これは……義務だ! 今までも……これからもずっと……私は魔王様にお仕えするのみ」
まるで魔王でなくなったステラには仕えないとでも言わんばかりだな。
「ではもし、ステラさんが血の繋がりがないからと、ニーナさんを追放ないし……殺そうとしたなら、貴女はどうしますか?」
途方も無くいじわるな質問だという自覚はある。
「そんなこと起こりえない……はずだ」
「はず……ですか」
ベリアルは断言できなかった。やはりなにか彼女なりに、ずっとステラのそばに仕えていたからこそわかる“何か”があるのだろう。
俺や他の者ではわからない気づきが。
「そのはずなのだッ! ステラ様がニーナ様を悲しませるようなことも、苦しめるようなことも起こるはずがない! やはり貴様は悪い神官だ! 敵だ! このような質問を平然としてくるのだからな!」
自分のことなど省みず、ベリアルは魔王姉妹を想う。
他者のため、誰かのために生きられるなんて、俺よりもベリアルの方がよほど聖職者向きな性格だ。
「ええ、私はとても悪い神官ですから」
「自覚があるならなお悪いぞ!」
再び槍を手にして暴れ出しそうなベリアルに、俺は真剣な眼差しを注いだ。
もう一歩踏み込むべきだろうか。
いたずらにベリアルを傷つけるだけになるかもしれない。
だが、彼女の本心を引き出す必要がある。
ベリアルの言う「だが」と「はずだ」は、彼女が忠誠を誓う魔王を疑う言葉なのだから。
「本当にこんなことはあり得ませんが、それでももし……ステラさんかニーナさん、どちらかしか守れなくなったとしたら、貴女の“義務”はどうなるのでしょう?」
「そ、それは……ステラ様の……魔王様の命に従うのが……やめろ……ニーナさまをこの手にかけろなどと言われようものなら、わたしは……わたしはっ!」
起こるはずのないこと。ベリアルはそれを恐れている。いつもの彼女なら「戯れ言を」と、一笑にふせる話が、何をきっかけに現実味を帯びたのだろう。
女騎士の瞳は怒りや憎しみではなく、どこまでも哀しげだった。
「わたしには選べぬ。もし魔王様より厳命あれば……わたしは自らこの命を絶つ」
哀しみの中に覚悟が垣間見えた。己の心臓にそっと手を当てベリアルは頷く。
ベリアルには二人の大切な妹を天秤にかけることなどできなかった。
選択を迫った俺は、本当に悪い人間だ。
「ステラさんのことで、なにが気になっているのかお教えください」
「わたしを追い詰め苦しめて、さらに吐き出せというのか!」
「ワインを飲み過ぎてよく吐いていらっしゃるではありませんか」
「い、一緒にするな! だ、だいたい魔王様を疑うなど臣下にあるまじきことだ」
俺は長椅子から腰を上げた。対等な目線の高さで返す。
「私はステラさんとニーナさんの姉であるベリアルさんに訊いているのです。家族に絶対の忠誠などないでしょう? 心配なら心配と口にするのが自然なことではありませんか。大切な妹の一人に、姉として貴女が感じているものを……本来なら直接伝えたっていいんです。それが怖くて、私に一度相談しに来たのでしょう?」
「くっ……貴様、わたしの心を読んだのか!?」
「私もさきほど貴女にやられましたから、これでお互い様ですね」
今は魔王姉妹より少し大人な二人の人間と魔族として、保護者として対等でありたい。
「他に頼れる大人がいないのであれば、私にご相談ください。貴女ばかり背負い込むことなどないのです。人間は群れる弱い生き物ですから、そうやって助け合って生きてきました」
「わたしは魔族だぞ」
「人間の知恵をぜひお使いください」
再びベリアルのこわばった全身と表情から力が抜けた。
「敵に塩を送るとは、人間は理解不能だ」
「家族を想う気持ちは人間にも共感できます。貴女の苦しみが大切なものを守るためなら、私はいくらでも協力いたしますとも」
「まるで味方のような言い草だな……」
呟いてからベリアルはハッと目を見開いた。
「ああ、そうか……ずっとわたしは……貴様を認めぬようにしてきた。魔王の忠臣として貴様と対峙し、対立しようとしていた。それが“義務”だったのだ……」
ベリアルはふらりと俺に近づくと、その体重を前から預けるよう俺の胸にもたれかかる。
「敵の敵は味方になるかもしれないが、味方の味方は敵にはならない……同志だ」
「私はずっとそのつもりでいましたよ」
ベリアルはかすかに頷く。
「わかった。ステラ様とニーナ様を想う同志として……私がステラ様から感じる不安を……話そう」
笑みが戻った。
今までの彼女が見せたこともないような、柔和な表情だ。
やっと素直になってくれたツンデレお姉ちゃんである。
酒に呑まれた時も片鱗を見せていたが、理性を保ったまま本心を語る時が訪れた。




