おかっぱ眼鏡さんは○○○が弱い
後輩が慌てふためき涙する。そんな光景が見られるかと期待したのだが、川沿いの教会に訪れる者はなし。
カノンを講壇に立たせ、俺は長椅子に腰掛ける。
壇上で少女が赤面した。
「は、恥ずかしいであります。セイクリッド殿に見られると緊張するでありますよ」
先日、神前裁判をした時はごっこ遊び感覚でその席にいたのに、カノンは本番に弱いタイプのようだ。
「司祭らしく見えますよ」
「そうでありましょうか」
眉尻を下げる少女に俺は「ええ、立派です」と笑顔で返した。
「あ、あのセイクリッド殿。教会に二人きりですることと言えばなんでありましょうか?」
いきなりのクイズ形式だ。なにやら少女はお尻の辺りをむずむずとさせていた。
「ツイスターゲームでしょうか?」
「それは教会ではあまりやらないかと」
「ではお手上げです。正解を教えてください」
講壇を降りて少女は俺の隣に座った。
「じ、人生相談でありますよ」
「なるほど。告解したいと」
「罪の告白ではないのであります! べ、別に悪い事なんてしてないでありますから」
「はぁ……懺悔ではなく相談であればアコさんたちにすれば良いのでは?」
「それはできないのであります」
うつむくと少女は自分の膝の上に握った拳を置いた。
「もったいつけてくれますね」
「セイクリッド殿……」
顔を上げ俺をじっと見つめると、少女は告げた。
「アコ殿が弱いのであります」
「それでしたら重々承知しておりますが」
「自分も弱いでありますが、その……キルシュ殿が強いのも相まって、アコ殿の弱さが際立ってきているのであります」
「はぁ……」
たしかにアコには相談できない内容だ。
カノンは鼻息荒く続けた。
「もちろん、アコ殿はやるときにはやる勇者であります! 土壇場でものすごい力を発揮することもしばしばなのですが、普段は普通に弱いであります」
「追い込まれないと本気を出さないという人もいるのです。個性として受け止めてあげましょう」
「で、ですが……アコ殿と出会ってから数々の強敵を打ち倒してきたであります」
主に倒したのは俺とステラなのだが、アコもカノンも戦闘に参加して並の冒険者では得られない経験を積んできた。
「なのにアコ殿はその……強さが足りないというか、不注意だったり失敗したりではなく、根本的に能力が低いままというか……」
アコ本人がいなくとも、実に言いにくそうだ。
「ずっとそばにいた貴女から見た率直な意見……ということですね」
「そうなのであります。普通の冒険者なら、もっと強くなっていてもおかしくないのでありますよ」
「いったいなにがあったのですか?」
「先日、アコ殿と力比べをして……腕相撲で自分が勝ってしまったのであります」
さすが破壊僧というべきか。もともと才能においてはエノク神学校に入学できるカノンは良いものを持っている。
聖印が浮かび上がって勇者になってしまったアコよりも、成長度が高いということは十分にあり得た。
それに、リムリムとの接触もカノンを強化したかもしれない。
「アコさんがわざと負けたのでは?」
「アコ殿から勝負を挑んできて、十戦して自分が十勝であります」
接待のために十連敗とは考えにくい。ちなみにキルシュとカノンでは、十戦すればキルシュが十勝とのことだ。
腕力だけでは一概に言えないが、現在の勇者パーティーの状況が浮き彫りになってしまった。
「勇者とは成長が遅いものなのでありましょうか?」
大器晩成という言葉があるが、もしかすれば成長しきったとしてもアコの能力は、勇者のそれに見合わないかもしれない。
「成長とは不思議なもので、なにかきっかけ一つで大化けすることもあります。現にアコさんはカノンさんがリムリムさんに洗脳された際には、勇者らしく必殺剣まで放ったではありませんか?」
アコの聖光十字斬は実に勇者らしい剣技だった。
「あれも普段は爪楊枝くらいのちっちゃな光になってしまうのでありますよ。アコ殿はやればできる子なのであります! 当人もやる気はあるのであります! なのに……どうして……」
聖印に選ばれし少女だが本質的には遊び人タイプだ。
アコが手を抜くことはあり得る。が、カノンに嘘をついてまでとは考えにくかった。
「今は成長を見守りましょう」
勇者単独で魔王城を目指すならレベル80程度をみていたが、今のアコにはカノンとキルシュ、二人の仲間がいるのだ。
三人の平均レベルが60を超えれば、ベリアルと対等に渡り合えるだろう。
その時、俺はどちらの味方をするのだろうか。
本来、悩むことすら許されないのだが、ふと思ってしまった。
このまま勇者アコたちが進めば、いずれ魔王ステラの待つ魔王城へと道は続いていく。
「いっそ進むのをやめてしまえばいいかもしれません」
「それは勇者や冒険者を支援する教会の神官が言っちゃいけないセリフでありますよ!?」
「おっと……失言でしたね」
長椅子に深く腰掛けて前足を浮かすようにカノンはぶらんぶらんとさせた。
「ただでさえ、王都もほかの町々でも、魔王軍が攻めてくるんじゃないかってみんな不安になってるのでありますから、勇者が魔王を倒して平和な世界を取り戻さなきゃならないのであります」
実にカノンらしい。神学校ではエリートクラス――戦術教科に所属し、見敵必殺を一撃爆殺を理念とするだけのことはある。
「カノンさん。もし、魔王が悪い魔族でなければどうしますか?」
「そ、それは……だ、騙されないでありますぞ! 悪い魔族かもしれないし、良い魔族に見えても人間を騙す演技をしているに決まってるのであります。なにせ魔王でありますから」
「リムリムさんとは和解できたのに?」
「リムリム殿は魔王ではないでありますから。さっきからセイクリッド殿は自分を試しすぎでありますよ」
「魔王でなければ……ですか」
自分に都合良く基準を変えている……ダブスタのようにも思えるのだが、この世界において魔王という名前が持つ影響力は、俺が思うよりもずっと大きいのかもしれない。
少女が独りで背負うには重すぎる十字架だ。
「ともかくアコ殿にはもっともっと強くなってもらって、早く魔王を打ち倒すのであります」
「念のため、レベルをカンストさせてから挑むようにしてください」
少女はサラサラとショートボブの髪を左右に揺らした。
「早く平和になればその分、ステラ殿やベリアル殿や、ニーナちゃんも、きっと喜ぶでありますから」
喜ばないんだよなぁ……。
カノンが長椅子からお尻を上げて、俺の正面に立つ。
「だからこそ! アコ殿ばかりに負担はかけられないでありますから、自分ももっと強くなりたいのであります!」
「ほほう」
「セイクリッド殿がかつて仰っていた、神官だけが使える“最強の攻撃魔法”について、詳しく知りたいのでありますよ」
どうやらこれが彼女の相談したかった本題だったようだ。
俺は席に着いたまま彼女の顔を見上げた。
「先日お話した通り、その魔法を使えば死にます。蘇生も不可能です。王都が消し飛ぶ威力でしょう。そんな禁呪を知ってどうするというのですか?」
カノンが真剣な眼差しで俺を見据えた。
覚悟が決まった表情だ。こんなにもまっすぐに見つめられれば無碍にはできない。
「自分は教皇聖下やセイクリッド殿のようにはなれないであります。仮にその魔法を自分が使えたとしても、威力は全然出ないかもしれないであります……」
少女はこれまで以上に拳をギュッと握りしめた。
「それでも切り札として……もしアコ殿が力及ばず魔王にトドメをさせなかった時のために、最強魔法を使える自分でありたいのでありますよ」
「貴女自身の命と引き換えに魔王と刺し違える……と?」
「それでもかなわぬ相手やもしれないでありますが、もしその瞬間、チャンスが来た時に……この命を燃やすことができないのは悔しいのであります」
「戻ってはこられないのですよ?」
「そもそも死んで甦る世界の方がどうかしているのでありますよ」
見習いとはいえ神官が言っちゃいけないやつだそれ。
「魔王軍が攻めてくるかもしれない今、アコ殿の成長を待ってはもらえないかもしれないでありますし……むしろ魔王はアコ殿を殺さずに捕らえる手段をもっているやもしれないであります」
かつて上級魔族にして皇帝を僭称したアイスバーンも、殺さずに氷像に封じるという手段を用いてきた。
「どうかヒントだけでも!」
「仮に知っていたとしても、今のカノンさんに教えるつもりはありませんよ」
「そ、そんなぁ!」
「貴女が私程度に強くなってからでも学ぶのは遅くありません」
「うう、無茶言わないで欲しいであります! 天才は自分にできるから相手もできるに違いないとか、平気で言うのでありますよ。そして、できなければ相手の努力が足りないとも!」
「努力が足りませんよ後輩」
「うぬぬぬぬぬう! これでありますよ!」
「まあ、いじわるで言っているのではなく、かく言う私も最強魔法については、その存在をふんわりとしか知らないのですから」
「やっぱり教皇聖下にしか使えない魔法なのでありますか?」
「もしかしたら姉上……失礼、教皇聖下が戯れに私をかつぐためについた嘘かもしれませんね」
「じゃあ嘘かもしれない魔法で、この前は自分を元気づけたのでありますか?」
「本当かもしれませんよ。おやカノンさんは下っ端のぺーぺーなのに、教皇聖下の言葉を疑うのですか? 冒涜を恐れぬロックな神官見習いですね」
「そ、それはセイクリッド殿が……ず、ずるいであります! もういいであります自分でなんとかするでありますよ!」
「はい、是非精進してください」
くるりとその場でターンして、小さなお尻をこちらに向けると、カノンは講壇の上に戻っていった。
「そうそうカノンさん。先日、リムリムさんが教会に顔を出しまして」
「元気にしているでありますか?」
「ええ、大変お元気そうでしたよ」
「それは良かったであります」
リムリムが魔王と裏で同盟を組んでいることなど、神官見習いは知るよしも無い。
「もしカノンさんが最強魔法などというチート魔法に頼らず、地道にこつこつと強くなろうというのなら、リムリムさんと秘密特訓などはいかがですか?」
「ひ、秘密特訓でありますか!?」
「ええ。もし必要であれば私が連絡し、仲介しましょう」
「おおおおおおおお! 今日はがんばって店番……じゃない、教会の司祭代理を勤め上げるでありますよ!」
「ところでもう尻尾のアクセサリーはつけないのですか?」
「つけると動けなくなるであります! ステラ殿はすごいでありますよ!」
「色々と試行錯誤したのですね……」
だれだこんな健気な少女に、尻尾のアクセサリーが魔法攻撃力を増すなどというデマを吹き込んだのは。
「燃えてきたであります! お尻がうずくであります!」
と、おかっぱ眼鏡さんの情熱が燃え上がったところで、教皇庁から正式な司祭代行が川辺の教会に姿を現した。
引き継ぎはまあ、俺の他に誰もこなかったのだし、すぐに済むだろう。
自己を犠牲に放つ最強にして最後の魔法。それを知るのは教皇のみだ。
嘘かもしれないが、実在すると俺はふんでいる。
詳細についてはわからない。
だが……。
少しだけ、心当たりがあった。
ヒントをくれたのは魔王様だ。
ステラが使う黒魔法は、凝縮することで宝石のように結晶化、物質化する。
物質状態から解き放たれた時に、その威力を発揮するのである。
擬似的に、質量を魔法力に転換するという超高等技術をステラは学ばず本能で使っているのだ。
さらに彼女自身の魔法に対する理解が深まれば、どのような奇跡を起こせるだろう。
世界そのものを作り替えるかもしれない。
世界そのものを消し去ってしまうかもしれない。
そして――
神官の使う最強の攻撃魔法――姉上の言う最終魔法とは、自身の肉体と魂を魔法力に転換して放つもの。それが俺の仮説だった。
カノンにその魔法の存在を騙って……もとい語ってからしばらく、手に入る資料や文献をいくつかあたって俺なりに検証した結果……。
使用者が蘇生できなくなるというのは、魂そのものがなくなってしまうから。肉体も損傷ではなく消滅してしまう。
そう、結論づけた。




