目撃となりのあんぽんたん
「リムリムもお茶会したかったのだ! 魔王と同盟を組むリムリムを放置プレイなんてあんまりなのだぁ!」
と、魔王城経由でやってきた悪魔ッ娘が最後の教会の中心で声を上げた。
」
ピンク髪をフリフリっとしながら、少女は悪魔らしいコウモリの羽を背中でばたつかせた。
「おや、お久しぶりですねリムリムさん」
「お久しぶりではないのだ! いつまでも呼ばれないから、今日はこっちから来てやったのだ」
「お茶くらいで魔王軍第二の派閥の長たるリムリムさんを、お呼び立てするのもいかがなものかと思いまして」
決して悪い魔族というわけではないのだが、呼ぶとトラブルを起こすのは、公然の秘密である。彼女の拠点となる城と、俺の私室にあるクローゼットは時間と空間を超えた転移門によって連結していた。
向こうから教会への一方通行である。また、同盟締結したこともあり強制排除はできない仕様だ。
リムリムはぷくーっとほっぺたを膨らませる。あら可愛い。
「お茶をごちそうしてくれないなら、セイクリッドの聖なる魔法力をペロペロさせるのだ! いや、むしろお茶よりそっちの方がいいのだ!」
リムリムは吸聖魔族という、少々変わった性質を持つ一族になる。自らを吸聖姫と称し、聖なる力を吸い上げることで力を得るという、聖職者にとっては困った魔族だった。
「お断りいたします」
「ぐぬぬ! ど、どうしてなのだ!? セイクリッドの部屋は今やリムリムにとって喫聖所になったのに!」
「そのような場所は存在しません。妙な造語はおやめください」
「うう、話が違うのだぁ! うう、じゃあチューチューペロペロなしでいいから、リムリムもセイクリッドとツイスターゲームしたいのだ」
教会の扉は常に鍵などせず開かれている。
が、俺は講壇を降りると教会の出入り口に向かい、この地に赴任して以来、初めて扉に鍵を掛けた。
「リムリムさん……今、なんと仰いましたか?」
「リムリムもセイクリッドとツイスターゲームしたいのだ! くんずほぐれつしてるうちに、うっかりペロペロしちゃうのだ!」
どうやら昨晩、転移門経由でやってきた吸聖姫は、クローゼットの中からこっそりと見ていたということか。
家政婦だってクローゼットの中から現行犯で現場を目撃しないだろう。
俺は光の撲殺剣を手中から引き抜く。
「見ましたね?」
「ひいっ! なんでお仕置きモードなのだ!? ちゃんと二人が最後まで楽しめるよう、リムリムは一部始終をこのぱっちりおめめに焼き付けて、二人の熱い吐息も交わした言葉もちゃんと聞いていたのだ」
「ほほぅ……」
「ステラさんの身体はとても柔らかいですね……とか、セイクリッドってカッチカチじゃない……とか、ステラさんから良い匂いがします……とか、あとはえっと……セイクリッドだめ! もう無理! 死んじゃうから! こんな体勢恥ずかしくて……あん! み、見ないでッ! 見ちゃだめぇ! とか言ってたのだ。早くカノンやアコにも教えてあげるのだ」
「ほうほう、それから?」
「ステラさん胸が私の背中に当たっているのですが? とか、この体勢だと楽なの……だからもうちょっとだけ……ね? とか、今度は攻守逆転で私が上になりましたね……とか、負けちゃう! 魔王なのに神官に負けちゃうぅ! とも、言ってたのだ。魔王ステラはのけぞりまくりだったのだ!」
「リムリムさん……ここでお別れになるとは残念です」
「ひいいいいいい! 秘密にするのだ! 誰にも言わないから!」
しばらく大人しくしていたかと思えば、この暴走っぷりである。
「先日、ニーナさんに夢見の水晶ドクロをプレゼントしましたよね」
「あれを宝物庫で見つけた時は、きっとみんなが楽しんでくれると思ったのだ!」
「大変楽しませていただきました。私など夢の中でアルパカにされてしまいましたから」
「それは良かったのだ。だからその猛り狂ったように光る逞しい棒状のそれをしまうのだぁ!」
俺はリムリムの腰を抱き上げると、長椅子に座って膝の上に彼女のヘソ丸出しなお腹を載せた。手足をジタバタとさせて「お願いだから殺さないでほしいのだあああ!」と泣きわめく彼女のお尻に、小型化して先端をひらべったくした変形型光の撲殺剣を打つべし、打つべし、打つべし、打つべし……。
俺が腕を振るった回数分、上級魔族の少女の悲鳴が聖堂内にこだました。
「ふぅ……セイクリッドのシャイニング鬼棍棒でお尻がパンパンなのだ」
「もう少し表現の仕方があるかと……」
「事実100%そのままなのだ!」
背後に両手を添えて少女はなぜか妙に満足げだった。
「お仕置きしたのですが、あまり反省していないようですね」
「リムリムは目覚めたのだ。聖なる力をあれだけ打ち込まれると、なんだか痛いのもだんだんと気持ち良くなってくるのだ」
吸聖姫はドMに覚醒した。しまった……これでは物理的に反省を促すほど彼女を喜ばせることになる。
「今度はもっとイジメてもらえるように頑張るのだ」
「やめてください……まったく」
今後はリムリムを懲りさせる方法も、考えていかなければならなさそうだ。
「ところでリムリムさん……」
「な、なんなのだ? 次はどんなプレイなのだ?」
「あまりはしゃぐとカノンさんが哀しみますよ。リムリム殿はもっと立派な方だと思っていたのにであります……と」
「はうう! それは困るのだ! 恥ずかしいのだ! リムリムが光る棒でコツコツされると気持ちいいことだけはカノンには言わないでほしいのだ!」
吸聖姫の恥ずかしさの基準、これがわからない。
「良い子にしていれば言わないでおきましょう」
「うう、わかったのだ。リムリムは良い子になるのだ」
涙目の少女に少しだけ、ほんのかすかに欠片ほどだが同情心が湧いた。
「今度はちゃんとお茶会にお誘いしますから」
「ほ、ほんとに?」
「ええ、本当です……だから良い魔族でいてくださいね」
「わ、わかったのだ……けど、ちょっと力不足なのだ」
リムリムはしゅんと肩を落とした。
「どうかなさったのですか?」
「最近、リムリムの力がうまくコントロールできないのだ」
少女の影から黒いゼリー状のスライムが一匹、ぴょこんと飛び出した……が、すぐにじゅわっと溶けて消えてしまった。
「これじゃ同盟として対等ではいられないのだ」
「なにか心当たりはありますか?」
「聖なる力がまるで足りてないのだ」
つまり吸聖姫的には腹ぺこ状態ということらしい。
「けど、カノンやアコをペロペロするわけにもいかないのだ。ニーナもだめなのだ。大切なお友だちをペロペロはできないのだ」
「それで私が必要ということだったのですね。最初から素直に事情を説明していただければ、回り道せずに済んだのですが……」
再び長椅子に腰掛けると、俺は上掛けを脱いだ。
「魔王様との同盟維持のため、ここは私が一肌脱ぎましょう」
リムリムはステラにとって数少ない同族の仲間である。
これぞ飴と鞭の使い分けならぬ、聖なる力と撲殺剣の使い分けだ。
「い、いいのか? リムリムはペロペロしてもいいのか?」
「私もこの同盟には賛同しておりますから」
長椅子の上で膝立ちになると、リムリムは「なら遠慮無くいただきますなのだ!」と、俺の首筋に吸い付いてきた。
くすぐったくこそばゆく、軽く甘噛みしてくる。
こんな姿は誰にも見せられるものではない。幼女にも近い少女に大の大人が文字通り、舐められっぱなしなのだ。
いかがわしさしかない。
「ぷはー! やっぱりセイクリッドの聖なる力は美味なのだ!」
軽い脱力感を覚えつつ、光の神の前でこのようなことをしている自分が神官としてどうなのかと、疑念を抱きながらも……。
まあ、魔王ステラと親密な関係を築いてしまっている時点で、もうどうにでもなーれといったところである。
不意に――
窓の外を小さな影が一瞬、横切ったような気がした。
「今、外に誰かいませんでしたか?」
「リムリムは吸聖に夢中でぜんぜん気づかなかったのだ。きっと野良猫か、入り口に鍵がしてあったから不信に思って様子を見にきたニーナなのだ」
吸聖されたまま俺は頭を抱える。
ニーナにこの光景を見られたかもしれない。
吸聖姫と聖職者の相性は悪いと、つくづく思った。




