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刈る者と、刈られる者

「オニーチャ! オニーチャ!」


 小さな影は子供サイズだ。


 というかニーナだった。ただ、その全身は黒く塗りつぶされており、影が実体を得たかのような得体の知れない存在だった。


「ニーナ様が四人ッ!?」


「ベリアルさんしっかりしてください。ニーナさんは増えませんし真っ黒な闇の塊でもありません」


「オニーチャアアア!」


 奇声を上げてニーナの影は俺に殺到した。その手に持った刃物は……バリカンだ。


「危ないセイクリッド!」


 アコが立ちはだかってニーナの影を盾で払う。


 妨害を受けて残る三人のニーナの影の足が止まった。


「貴様! ニーナ様になんてことをッ!」


「しっかりするでありますベリアル殿! いくらこちらの姿が変わり果てていたとしても、ニーナちゃんが襲ってくるはずがないのであります!」


「クッ……」


 ほとんど変わっていないといえば変わっていないベリアルにも、ニーナの影は襲いかかった。


「オネーチャ! オネーチャ!」


 まるでじゃれつくようにバリカンで、光沢のある黒毛を刈ろうとするニーナの影。ベリアルは「ニーナ様を騙る贋物め……許せん!」と、反撃に出た。


 ベリアルが前足……というか、両腕を振り回すのだが、ニーナの影はひょいひょいっと避けて、ベリアルのお腹のあたりの毛をさくりと刈る。


「チョキチョキ! チョキチョキ!」


「こいつ……速いぞ! 気をつけろ!」


 ニーナの影はアコには目もくれず、今度は三人がカノンを包囲した。


 逃げようとしたカノンだが、豪快につんのめって転ぶと転がって仰向けになる。


 身をよじるが焦りのあまり手足を天に向けてばたつかせるばかりだった。


 カピバラの身体に慣れていないのだ。


「うあああああ! 刈られるのは嫌でありますううう!」


 仰向けでジタバタするカピバラを中心に囲んで、舞い踊るニーナの影。俺はその輪を崩すように突進した。


 全力疾走したのだが、やはり二足歩行とは勝手が違う。


 どこにどう力を入れればいいのかわからない。それでも身体ごとぶつかりにいった。


 が、ニーナの影は散開して避ける。


「た、助かったであります」


 助け起こそうと手を差し伸べようとして、俺はカピバラカノンのお腹のあたりを踏んでしまった。


 ぷにぷにとした感触だ。


「ひゃああ! セイクリッド殿、そ、そこはお腹であります!」


「すみません。手を差し伸べたつもりだったのですが……ちょっと失礼しますね」


 俺は首を下げると頭で小突くようにしてカピバラの身体をひっくり返した。


「はぁぁ……助かったであります」


「安心するのは早いですよ。このままでは私たちが丸刈りにされるのは時間の問題です」


 散ったニーナの影三体を、アコが単身追い回しているのだが多勢に無勢だ。


 ベリアルも一対一でにらみ合いになっている。どうにか対応できているのも、ベリアルが牛の姿を意にも介さず人の姿と同じように、二足歩行し腕を振るっているからだ。


 見れば前足だったはずのそれが、人の前腕に変わっている。


 なにかのきっかけで呪いが弱まり変異……というか、元に戻ったのだろうか?


「はぁ……はぁ……ボクがみんなを……守らなきゃ」


 素早いニーナの影に翻弄されて、アコの息が上がり始めた。


 真っ黒なニーナの顔の下半分が裂けるように開く。


 真っ赤な口がニンマリと笑いながら、アルパカな俺とカピバラなカノンに向き直った。


「チョキチョキチョッキン! チョキチョキチョッキン!」


「ひいいいい! 怖いでありますうううう!」


 カノンがプルプルと震える。


「ひとまずカノンさんは元来た道に逃げてください」


「あ、あ、足が動かないであります。もうおしまいでありますよ……自分は全身の毛という毛を刈られてツルンツルンにされてしまうのでありますぅぅ」


 まるで悪い夢を見ているようだ。


 悪い……夢?


「もしかしたら、これは誰かの夢の世界なのかもしれませんね」


 涙目のカノンが顔を上げて俺に訊く。


「夢……で、ありますか?」


「ええ。ベリアルさんが牛なのに二足歩行しているのも……」


 彼女にとってはそれが当たり前という認識、認知だったからだ。だが、それをカノンに直接言うわけにはいかない。


「彼女が自分の姿がどうであろうと、自身というものをきっちりと定義できているからなのです」


「よ、よくわからないであります!」


「私もカノンさんも動物の姿になったことで、動物として動かなければならないという常識に、自分を当てはめてしまっていたんですよ。さあ、私とともに立ち上がるのですカノンさん」


 俺は前足を上げるとゆっくりと後ろ足だけに体重をかけていった。


 立て……立て……立て立て立て立て立て!


 立ち上がれ!


 自身のありようを思い出せ。


 瞬間――


 俺の全身のもこもこだったアルパカの毛が、さらさら系の直毛に変わっていた。ワカイヤ種がスリ種になるというレベルを遥かに凌駕したさらさらぶりだ。


 そして――


「セイクリッド殿が立ったであります!?」


 俺は人の姿と同じように二足歩行で立ち上がった。


 アコがハッと目を丸くする。


「セイクリッド……なんだかキモいよ! かわいくないよそれ! めっちゃ首長いのが違和感ばりばりだよ!」


「このさいかわいいかどうかではないのです。さあ、カノンさんもまずは、後ろ足だけで立ってみてください。私にできたのですから、後輩の貴女にだってできますとも」


 前足を……いや、腕を差し出して俺はカノンを勇気づける。


「わ、わ、わかったであります……とあああああああああああ!」


 気合いの声とともに、カピバラも立ち上がった。


「できたであります! 案外あっさりと!」


「では、反撃開始とまいりましょう」


 俺は軽く腰を落として身構える。やはり両腕が使えるというのは素晴らしい。


 そんな俺の隣にアコが並びたった。


「セイクリッドだけに良い格好はさせないよ。王子様はボクだからね!」


「じ、自分も戦えるであります!」


 これで四対四だ。笑っていたニーナの影たちが、口を閉じると再び「チョキチョキ」と呟きながら、バリカンを構えた。


 三体が一斉にカノンに殺到する。


「や、やっぱり自分でありますかあああああ!?」


 一番弱そうなのだから、これも運命か。一体をアコが剣で切り伏せ、もう一体を俺が掌打で打ち抜いた。二体のニーナの影は吹き飛ばされるように消える。


「来ないでほしいでありますううううううう!」


 立ち上がったカピバラだが、手足は短くリーチはゼロに近かった。が、水かきのついた前足をぐっと開いてカノンはビンタで応戦する。


 ぺちぺち。ニーナの影に打撃は与えられず、反撃でカノンのお尻の毛がまるっと刈り取られてしまった。


 お尻丸出しである。


「は、恥ずかしくて死んじゃいそうであります」


 お尻を隠すカノンにアコはマントを脱いで渡すと、カノンを刈ったニーナの影めがけ勇者の少女は一撃を放った。


「よくもカノンを……聖光十字斬(グランドクロス)!」


 巨大な光の十字架が大地から大樹のようにそそり立ち、その光の中にニーナの影は消えていった。


 そして、タイマンを続けていたベリアルはといえば、全身無数に刈られはしたものの、残る最後の一体との死闘を制して勝利した。


「まったくニーナ様の姿を模すとは悪趣味な……」


「そのニーナさんが見ている夢かもしれませんね」


「な、なんだと!? というか立ち上がると気持ちが悪いな貴様」


「アルパカが二足歩行しても良いではありませんか。牛が歩くのもなかなかシュールですよ?」


「貴様……ケンカを売っているのか?」


「まあまあ二人とも! ここはボクに免じてケンカはだめだよ! まあ、セイクリッドはキモいけど」


「自分もその……かなりキモいと思うのであります」


 ここまで言われるのなら、立ち上がらなければよかった。




 広場を抜けて森の道を進む。


 木々の向こうにようやく城が見えてきた。


 が、いつもの魔王城ではない。白亜の宮殿のような城だ。美しい外観は城塞として作られたのではないのがわかる。


 が、その城は不気味な茨の蔦に覆われていた。


「あそこにステラさんとニーナちゃんがいるんだね」


 息を呑むアコに俺は頷く。


「二人が心配です。急ぎましょう」


「キメ顔でもアルパカなんだねセイクリッド」


 早く元の姿に戻りたいと、切に願う俺である。

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