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牛かと思ったら牛でした

 立ち上がった黒毛牛がアコに覆い被さるように迫る。腰を抜かしたアコに対して、牛は前足を器用に組むと――


「貴様一人でいったいなにをしているのだ?」


「あれ? その声もしかしてベリアルなの?」


「もしかしてもなにもないだろう。そんなことよりセイクリッドはどこだ?」


 アコがそっと俺ことアルパカを指さした。


「ふざけているのかッ!? 緊急事態なのだ!」


「いや本当だよ! セイクリッドがアルパカになって、カノンはカピバラになっちゃったんだ! しかもベリアルは牛だよ?」


「う、牛ではないッ! 私は高貴なるマゾ……」


 言いかけて元女騎士は言葉を呑み込んだ。


「え? マゾなの?」


「断じて違うぞッ!」


 俺は講壇から降りるとベリアルの前に立つ。ささっと隣にカピバラカノンも並んだ。


「ベリアルさん落ち着いてください。貴女は今、とてつもなく牛なのです」


「だから私は牛ではなく……というかアルパカが喋ったああああああ!?」


 もうこれはお約束の流れなのだろうか。


「本当でありますよ! ベリアル殿はまごうことなき牛であります!」


「カピバラまで喋るとは面妖な!」


「綿羊ではなく私はアルパカです」


「その難癖と揚げ足の取り方は……本当にセイクリッドなのか?」


 牛は前足で頭を抱えるようにした。先ほどからずっと二足歩行のままだ。


「こちらのカピバラはカノンさんになります。ところでベリアルさん、緊急事態と仰っていましたよね?」


「あ、ああ! そうなのだ。その……」


 自身が魔族であることも、ステラが魔王だということも勇者アコと神官見習いカノンには、秘密にしている。


 どうやらステラかニーナの身になにかあったのかもしれない。


 アコが立ち上がるとベリアルに詰め寄った。


「も、もしかしてステラさんとニーナちゃんも、動物になっちゃったのかい!?」


「そ、そうではないのだが……」


 この教会の外にアコとカノンを出してしまうと、魔王城はすぐそこである。


「ともかく案内してよ!」


 勇者はするりとベリアルの脇をすり抜けてしまった。


「待て貴様!」


「緊急事態なんでしょ? 早く早く!」


 アコが教会の出入り口の扉を開けると、そこには――


 荒野も魔王城もなく、森が広がっていた。


 空は昼とも夜ともつかない。太陽がどこにあるのかもわからず薄ぼんやりと明るかった。


「へー! 前にステラさんが掃き溜めとか言ってたけど、綺麗な森だね?」


 唖然としたままベリアルが固まっている。


 俺は森を前にして「さあ行こう!」と手招きするアコの隣に歩み寄った。


「まずは現状の整理をしましょう」


「そんな悠長なこと言ってられないよ! ステラさんとニーナちゃんがピンチなんでしょ?」


「どういった危機的状態なのか、ベリアルさんから話を訊いてからでないと対処もできませんよ」


 黒毛牛はドスドスと出入り口までやってきた。


「ええとだな……と、ともかくお二人はその……眠ったまま起きぬのだ。何か呪いの類いでも受けてしまったのやもしれぬと、神官の貴様に相談しにやってきたのだが……記憶があやふやになってしまっている」


 黒毛牛は尻尾をブンブンと左右に振りながら腕組みして「うーん」とうなり始めた。


 アコがにっこり微笑む。


「じゃあ眠り姫な二人に王子様のキスをしてあげれば万事解決だね! さっそくステラさんたちの家に案内してよ!」


 ベリアルが再び俺を見つめた。返答に困るのも無理も無い。


 なにせ魔王城前に森など無かったのだから。


「アコさん。ベリアルさんも牛に姿を変えられてしまった上に、私たちと同じように記憶が曖昧になっているようです。案内は無理なのではありませんか?」


「そ、そういうことだ! ふがいない事だが……クッ! 私とあろうものがなんという体たらくだ」


 どうやら森を抜け、自力でステラとニーナを探さなければならないらしい。


 大神樹の芽が消え、魔王城も見当たらず教会の外は鬱蒼と生い茂る緑の迷宮。


 先ほどからカノンが聖堂の奥に引っ込んだままだった。


「どうしたんですかカノンさん?」


「あ、あの、以前、セイクリッド殿に、教会の外に出るのは不許可と……」


「今回は特別に許可します」


「うおおおおお! 行くであります!」


 短い手足をフル回転させて、カピバラは赤い敷物をまっすぐ駆けてきた。


 俺とベリアルと一緒に教会の外に出る。


 道は一本だけ、うねる蛇のように奥へと続いていた。


 アコが俺の隣に立って、うずうずモジモジとしている。


「ね、ねえセイクリッド……乗っていい? 王子様には白馬がつきものでしょ?」


「却下ですね」


「そんなぁ! もふもふしてて気持ちよさそうなのに!」


「アコさんは唯一無事だったんですから、戦力として期待していますよ」


「なら、なおさら騎乗して人馬一体の無双っぷりをみせるよ!」


「平野ならいざしらず、森では騎乗による機動力の利点はあまりないと思いますよ」


「じゃあじゃあ、首に抱きつかせて。それくらいならいいでしょ?」


 あまりダメダメ行ってやる気を無くさせるのも、士気に関わるか。


「良いですよ」


 アコは「わあああい! もふもふだぁ!」と、俺の首に上半身を沿わせるように抱きついてきた。


 胸と胸の谷間に挟み込まれてこれは聖職者としてはいかがなものか。今はアルパカなので光の神も大目に見てくれるだろう。


「すごい弾力の毛だねセイクリッド! これならちょっとした攻撃は跳ね返しちゃうかも」


 アコの弾力も大したものだった。


「はぁ……自分ではよくわかりませんが」


「ふあぁ……セイクリッドの毛ってなんだか良い匂いがする」


「そろそろいいですか?」


「ええぇ、もうちょっとだけ……」


「ステラさんとニーナさんが王子様を待っていますよ」


「ハッ!? そ、そうだった! セイクリッドのもふもふな魅力にかまけてられないや!」


 目的が無ければ人は動かない。アコの場合、ステラとニーナを探すという目的が無ければ、ずっと俺の首をもふり続けていたかもしれない。


 俺はベリアルに向き直る。


「では仕切ってくださいベリアルさん」


「了解した。私が先頭に立とう」


 ベリアルが前に出る。相応の大きさの槍でも持てば、ある意味見慣れた普段のベリアルと大差が無かった。


「殿はアコ……貴様が務めろ」


「うん! 後方の守りはボクに任せて!」


 アコに先頭を行かせると、好奇心旺盛な彼女が罠に掛かる可能性が高い。


 弱体化した俺とカノンを戦える二人が前後に挟むのも理にかなっていた。


「では出発しよう。分岐するまでは道順通りに行くぞ」


「おー!」


「おーであります! ほらセイクリッド殿も!」


「おー(棒読み)」


「なんでカッコ棒読みなんてつけるのでありますか!?」




 しばらく森を進んだが、同じような景色が続くばかりだった。幸い分かれ道はなく、道はうねっていても一つなので迷いようも無いが――


「セイクリッド殿、さっきから静かでありますな?」


「少々考え事をしておりまして。呪いの影響についてですが、当初は私とカノンさんだけが、呪いの影響で動物に変えられてしまったと考えていましたよね」


「たしかにベリアル殿まで動物になるなんて不思議であります」


 最後尾からアコが「え? そうなの!?」と、声を上げた。


「どうしてアコ殿は動物にならなかったのでありましょうか?」


 敵意や悪意をもった呪詛に対しては、俺も抵抗力に自信がある。各種呪詛対策を貫通し、俺をアルパカに変えてしまうほどの呪力に対して、アコはアコのままだった。


 勇者の少女はふふんと胸を張る。


「それはボクがマイペースだからさ!」


「マイペースさならセイクリッド殿も変わらないでありますよ?」


 後輩、あとで懺悔室な。アコと一緒にされるとは心外だ。


 不意に立ち止まると、アコは「あっ! わかった!」と声を上げながら、上着をめくって見せた。


 胸の谷間を露わにする。


「あ、アコ殿、こんなところで露出してはいけないであります!」


「平気だって。セイクリッドにはお願いされて、一度見せてるから。それに今のセイクリッドは聖人……もとい成人男性じゃなくてアルパカだよ。大丈夫大丈夫!」


 瞬間、こちらに振り返って「貴様ッ!」と吠えた黒毛牛の視線が突き刺さった。


 どうどう落ち着け猛牛系女子。


「み、見せたのでありますか!?」


「うん! ボクが勇者だって信じてもらうためにね。一度も二度も変わらないよ。減るモノでもないし」


 勇者少女の胸の谷間には、普段隠れている聖印が魔法力を帯びてうっすら光っている。


 以前はアイスバーンの呪氷に封じられることもあったが、アコの成長とともに聖印も力を増したのかもしれない。


 確証はないが、可能性はある。


「ともかく先に進みましょう」


 俺は適当な木の樹皮を後ろ足で蹴ってひっかき傷をつける。


 アコが上着を戻して首を傾げた。


「そういえばセイクリッドはさっきから木を蹴ったり噛んだり、なにしてるの?」


「いやまあその……自分のテリトリーを明確にする示威行為みたいなものです。なぜか、こういうことがしたくてたまらない気持ちになりまして」


 一本道だがどこかで幻惑するような罠があって、同じ場所を繰り返し通っている……なんてこともあるだろう。


「へー、本能ってやつかな? 動物になると大変だね」


「そうなんですよ」


 ループの可能性を示唆するのは、それが判明してからにしよう。余計な情報を増やすとアコがパンクしかねない。


「ねぇねぇ! カノンはカピバラになってどんな気分だい?」


「常に走らないとついていけないので、手足が短いのがつらいであります! もっとスラッとした動物が良かったでありますよ!」


「ボクはカピバラのカノンも可愛いと思うよ! けど、いいなぁ……ボクだったら、どんな動物になったんだろう」


「アコさんでしたらミジンコあたりでしょうか?」


「ちょ! ひどいよセイクリッド!」


 先頭でベリアルが「そろそろ進むぞ!」と、鼻息を荒げた。




 それから十分ほど歩くと、森の中にぽっかりと穴が空いたように、木々の茂らない野原に出た。


 ループの線は無かったようだ。


 いかにも戦ってくださいと言わんばかりの空間である。


 道は対岸の森に続いているが、この野原をつっきらなければならない。


 そして――


 黒い影が四つ、反対側の森から姿を現した。


 その手には銀に輝く小さな刃物(?)らしきものを手にしている。


 どうやらタダでは通してもらえなさそうだ。

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