覚醒したらアルパカでした
目が覚めるとそこは教会の聖堂だった。
意識が混濁している。直前の記憶が薄ぼんやりとしていて霧の中だ。
ただ、思い出せないのは直近の事で、自分はこの教会で神官として、日々の業務にいそしんでいることは憶えていた。
並ぶ長椅子に少女が一人、横たわっている。勇者アコだ。
その隣には……巨大なカピバラが寄り添うように眠っていた。
カピバラなのにキャスケット帽をかぶり、眼鏡をしている。まるで神官見習いの後輩を模したような格好だった。
さらに出入り口へと続く赤い敷物の上には――
「なんで黒毛牛がいるのでしょうか?」
牛がいた。まあ、牛の親類のような上級魔族は見慣れているのだが、彼女と違ってこちらは本当に牛である。
目を閉じたまま牛はコクリコクリと首を上下にさせていた。
眠っているのだろうか。
と、その時だ。
「ふあああっ……あれ、眠ってしまったようでありますな……お、おおおおおおおっ!」
カピバラが目を覚ますなり、俺を見つめて声を上げた。
「しゃ、喋るカピバラですか!?」
「アルパカが喋ったでありますッ!?」
ほぼ同時に声が聖堂に反響した。このカピバラはいったい何を言っているのだろうか。
「アルパカなんてどこにいるんですか? というか、貴女はいったい……」
「ま、まるでセイクリッド殿みたいな喋り方でありますな!?」
「そういう貴女こそカノンさんのような声ですね」
「ま、まさかセイクリッド殿……アルパカになってしまったのでありますか?」
そんなバカな話があるだろうか。と、俺はゆっくり視線を落とした。
白くふわふわとした雲のような毛に全身が覆われている。
間違い無くアルパカだった。
「これはなんの冗談なのでしょうか」
カピバラは鼻をヒクヒクさせながら自慢げに続けた。
「自分が言った通りでありますよ! ああ、それにしてもセイクリッド殿がふんわりもこもこになってしまわれるなんて……あ、あの……もしよろしければ、抱きついても良いでありましょうか?」
「却下です。今は落ち着いて、状況の把握を優先しましょう。ちなみにカノンさん……ご自身の姿になにか違和感はありませんか?」
「そういえばやけに視線が低いでありますな」
「貴女は貴女でころんとしたカピバラになっていますよ」
「そ、そんな!? はっ……たしかにこの前足は……はわわわ、どどどどうなっているのでありますか!?」
カピバラは自分の前足を見つめたまま、ふるふると震え始めた。
「ですから落ち着いてください。どうやら聖職者や見習いだけがかかる悪い病気か呪いを受けたのかもしれませんね」
アコは元の姿のままだった。目を覚ますと俺とカノンになにをしてくるかわからないため、ここはそっとしておきたいところだ。
「あ、アコ殿は無事でありますな! 起きるであります! 大変なことになったでありますよ!」
カノンはアコの膝を前足で押し引きした。
「カノンさん。アコさんを起こしてはいけません」
「え? どうしてでありますか?」
「アコさんに抱きつかれてもみくちゃにされてしまいますよ」
「もし自分がアコ殿の立場なら、カピバラよりもアルパカを優先するであります」
チッ……気づいていたか。いやいや、後輩の成長が頼もしい。
カピバラカノンに激しく揺さぶられたアコだが、揺れるのは大きな胸元ばかりだ。
「ふああぁ……あと五分……」
「あああ! こんな時にお寝坊さんでありますか!」
「カノンさん、声が大きいですよ」
「大きくもなるであります。起こすために必死でありますから」
俺は無言で視線を黒毛牛に向けた。
巨体でどっかり居座る牛の姿に、カノンがぴたりと止まる。カピバラは長椅子から飛び降りて、よちよち歩きで俺の足下に収まった。
「なんで収まっているんですか?」
「なんとなく居心地がよさそうでつい……というか、あの牛はいったい……」
「さあ。ともかく、目を覚まして暴れられるのも困りものです。それよりカノンさん、記憶はありますか?」
「あっ……ええと、たしか今日も無茶をしてやられてしまって……キルシュ殿がいないと、昔と同じような失敗が多いでありますな」
「つまり、今日は二人で教会で復活したということですね」
「そうであります。その時たしか……誰かが教会にやってきたような気がするのでありますが……」
思い出せないらしく、カピバラカノンは黙り込んでしまった。
「わかりました。ともかく黒毛牛を刺激しないように、アコさんだけを起こしましょう」
「どうやってでありますか?」
「睡眠状態から覚醒状態に戻す魔法を……おっと……まいりましたね」
魔法が使えない。これでは大神官ではなくただの毛玉だ。
「カノンさん、魔法は使えますか?」
「それがさっきから試そうとはしているのでありますが、全然であります」
「では仕方ありません。アルパカ固有の能力でアコさんを起こすしかないでしょう」
「そ、それはいったいどのような能力なのでありますか!?」
「臭いツバを吐きかけるのです」
俺は口の中をもごもごさせた。
「待つであります! アコ殿といえど女の子! それはあまりにひどいでありますよ」
「ではアコさんの顔面を甘噛みしましょうか」
「セイクリッド殿……本物でありますか? もしや他の誰かなのではッ!?」
カピバラがするりと足下から抜け出て俺と対峙した。カピバラになったテンションで事を進めようとしすぎたらしい。
「待ってください。私は本物です」
「で、では証拠となる証言を提示するであります!」
「いつかやった裁判ごっこの裁判長ですかカノンさん?」
カピバラはハッと目を丸くした。
「その時の顛末はどうなったでありますか?」
「たしかアコさんがシュークリーム失踪事件の真犯人でしたね」
「どうやら本物のようでありますな」
この会話が成立したところで、カピバラがカノンだということもほぼ、間違いないだろう。
「ではカノンさん。普段、どうやっているかわかりませんが、アコさんを起こしてあげてください。できるだけ穏便に」
「了解であります」
再び長椅子に戻ったカノンは、小さな前足でアコのわきばらをこちょこちょとくすぐり始めた。
「あっ……んん……やぁん……あは……あははは……ちょ! やめ待って無理!」
効果はてきめんだ。
アコは立ち上がった。
「んもー! カノンってばボクの敏感なとこばっかり……って、あれ? カピバラじゃん」
「おはようございますでありますアコ殿」
「しゃ、しゃべったあああああああ!?」
「落ち着いてくださいアコさん。声を立ててはいけません」
「アルパカまでしゃべったあああああ! 世紀の大発見だこれ! つかまえて見世物小屋に売れば……」
「売らないで欲しいであります!!」
「アコさんは勇者なのに普段からそのようなことを考えていたんですね……」
「あれ? もしかして……カピバラがカノンでアルパカは……セイクリッド?」
「ええ、なにがどうなっているのか、目を覚ましたらアルパカでした」
「同じくカピバラだったであります」
「へー。そんなこともあるんだぁ」
適応力が高いというか、アコは落ち着いた口振りだ。
が――
落ち着く前にアコが叫んだ声が、眠れる獅子ならぬ眠れる牛を呼び起こしてしまった。
ブルルルっと鼻息荒く、黒毛牛がその巨体をゆっくり起こして目を開く。
「た、大変であります! 猛牛が目覚めてしまったでありますよ!」
「聖堂が闘牛場になっては困りものですね。ああ、そういえば牛は赤い布に興奮するという話ですが、実はひらひらと動いているから興奮しているそうです」
「えっと、つまりボクのマントなんてぴったりってことだね……う、うわああああ!」
牛は軽く前足で地を蹴るような仕草を見せると、アコに向き直った。
「ごめんなさいごめんなさい起こすつもりなんて無かったんです! というか助けてセイクリッド!」
「すみません……どうやらアルパカになってしまって魔法が使えなくなってしまいまして」
「じ、自分もであります! ですがアコ殿なら、きっと牛にだって勝てるでありますよ!」
目を血走らせた黒毛牛は「んもおおおおおおお!」と声を上げると身体を起こして、後ろ足だけで立ち上がった。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!」
勇者の悲鳴が聖堂になり響く。
まあ、死んだとしても魂は再び大神樹を通じてここに戻るのだが……。
俺が振り返ると、講壇の後ろにあるはずの大神樹の芽が……消滅していた。
つづく
某TRPGがおもしろくてつい……




