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ギャルが神官に優しいとかいう謎の風潮

 今日も俺は大神樹の芽の前に膝をつき祈りを捧げる。


 聖堂を静寂が支配した。


 勇者アコと神官見習いのカノンがやってこないまま一週間――


 アイスバーンとの戦いが二人を成長させたのか、死なずに今日もどこか同じ空の下で、勇者と神官見習いコンビはがんばっているのだろう。


 一方、魔王サイドはといえば――ステラのクッキー作りは順調だった。


 順調に駄目だった。


 この一週間で、俺はまだクッキーを食べていない。


 なにが残念かと言えば、その焼き加減にあった。


 最初にステラが持ってきたクッキーは、触れると白い灰になって空気に溶けて消えてしまったのである。


 ようやく手で持ち上げられるくらいの強度を残せるようになったのが、つい先日のことだ。


 それも口に運ぶ手前で、バラバラに砕け散ってしまうわけだが。


 だんだん焼き加減がわかってきたのよ! とは、魔王の言葉である。


 おかげで今日あたり、真っ黒なクッキーを実食できるかもしれない。


「はぁ……憂鬱ですね」


 つい言葉が漏れると、まるでそれに反応するように大神樹の芽が輝きを帯びた。


「よしっ」


 つい、小さくガッツポーズをしてしまう。


 ステラお姉ちゃんの手作り消し炭……もとい、手作りクッキーの道連れは、多いに越したことがない。


 だが――


『もー! チョー最悪なんだけどぉ』


 大神樹から響く声は聞き慣れない少女のものだった。


 握った手をそっと開いて頭を軽く抱える。


「またですか。無能な管理局ですね」


 魂の誤配送だ。


 せっかく生活が落ち着いてきたところだというのに。


 今回こそ、早々にお引き取り願おう。


「蘇生魔法」


 事務的に呪文を唱えると、大神樹の芽から光があふれて少女の姿を形作った。


 すらっとした手足の長い少女である。


 ヒラヒラとした薄布に身を包み……いや、包まれている部分は非常に少なく、布地の面積よりも肌の露出の方が多い。


 羽衣のような半透明なヴェールをまとっているものの、ほとんど下着姿といって差し支え無かった。


 そんな服装ながらも、首元や手足には金細工のアクセサリーをつけており、舞えばキラキラと輝くことはけ合いだ。


 腰には短刀が左右一対で二本。さしずめ舞剣士ソードダンサーといったところか。


「踊り子の冒険者とは珍しいですね」


「ん? あれ? アンタだれ?」


 薄茶色の瞳がじっと俺を見据えた。


 肩に掛かる程度の外ハネ気味な髪はふわりと軽い印象で、明るい栗毛色をしていた。


 艶っとした血色の良さに、瑞々(みずみず)しい肌のぷるんとした感触が、触らずとも視覚に訴えてくる。


 ベリアルやアコほどではないが、寄せて上げずとも谷間ができるくらいの実力者に違いない。


 健康的と扇情せんじょう的の間を綱渡りするような、危うい服装だ。


「っていうかーなにじろじろ見てるわけ?」


「大変お美しいので、つい見とれてしまいました」


 踊り子の少女は俺に投げキッスを飛ばした。


「いきなり口説いてくるとかウケルー。アタシはラヴィーナ。踊り子? って感じ」


 なぜこういった手合いは、自分に対して疑問形を用いるのだろうか。


「私はこの教会で司祭を務める神官のセイクリッドと申します。ではさっそく――」


 咳払いを挟んで俺は業務を続けた。


「おお、踊り子のラヴィーナよ死んでしまうとは情けない。光の神の元に復活した今こそ、再び立ち上がり使命を果たすのです」


「ええぇ使命とかマジ受けるんだけどー。ねえねえ、ここどこかわかんないけど、おにーさんちょっとイケメンじゃない?」


「はい?」


「アタシの使命? ってやつは、素敵な彼ぴっぴをゲットするってやつじゃん?」


 唐突に同意を求められても、知らんがなとしか返しようがない。


「はあ、そうですか」


 俺にまったく取り合う気がなくとも、少女は楽しそうに話し続けた。


「でさー! 踊り子してるけどオッサンばっかりホイホイついてくるんだよねー。年上がリードしてくれるのはりそーてきなんだけどぉ、みんなスケベぇな目で見てくるから困るしぃ」


 そんな格好をしているからでは? と、元も子もないことを口にしそうになった。


「身の上話でしたら元の教会でお話ください」


「元の教会って?」


「ええとですね、貴方は本来還るべき場所ではない教会に魂を導かれてしまったのです。通常であれば、所持金から半分を寄付していただくところですが、今回はこちらのミスですので不要です」


「え? やったラッキー! セイクリッドだっけ? もしかしていい人?」


 栗毛を揺らして少女はその場でくるんとターンした。


 外ハネ気味な髪や羽衣のような薄布が、彼女の動きに連動して花開くようにふわりと広がる。長い手足をめいっぱいに広げれば、まるで大輪を咲かせたような華やかさだ。


「私は司祭としての義務を果たしているにすぎません」


「へー。じゃあアタシもお礼しなきゃだよね? 良かったイケメン司祭で。はいこれ、お礼ね……チュッ!」


 まるで風が踊るように、ラヴィーナはステップを踏んで俺の目前にやってくるなり、ぷるんとした唇を俺の頬に寄せた。


 殺気があれば避けていたのだが……間合いの詰め方や足の運びがあまりに華麗すぎて、俺は棒立ちのまま彼女のお礼を受け取ってしまい――


 同時に教会正面の扉が開いて、バスケットいっぱいに黒い木炭のようなクッキーを手にした魔王が姿を現した。


 よりにもよって、俺がキスをされたところで。


「せ、セイクリッドッ!? また新しい女の子に手を出そうとしてるのッ!?」


 ラヴィーナとステラの視線がぴたりと合う。


 その裏で、慌てて女騎士ベリアルが扉を閉めた。魔王城を踊り子に目撃させない素早い配慮だが、つまりは“現状”が密室に封印されたも同然だ。


 教会の聖堂に二匹の虎が解き放たれ、俺を挟んで視線が火花を散らす。


 ラヴィーナが俺の首に腕を蛇のように絡みつかせて、身体を密着させた。


 しっとりとした踊り子の肌は吸い付くようで、ハチミツにも似た甘く濃厚な香りが鼻孔をくすぐる。


「ちょっとセイクリッド、あの赤い髪の子……誰?」


「ご近所に住んでいる黒魔導士のステラさんです」


 ステラの尻尾がピンッと天井をさすようにそそり立つ。


「そ、そっちこそ誰よ!」


「アタシはラヴィーナ。セイクリッド……ううん、セイぴっぴの彼女だけどぉ?」


「いいえ違いますよ。たった今、偶然蘇生させたところです」


 俺の訂正にラヴィーナが首を大きく左右に振った。


「違わないしー! 一目惚れってやつ? なんかセイぴっぴかっこいいじゃん! あれ? もしかしてステラってセイぴっぴのこと好きなの?」


 魔王は膝をガクガクと震えさせた。


「そ、そそそそそんなわけないでしょ!」


「なーんだ。じゃあセイぴっぴフリーじゃん! アタシの彼ぴっぴにしてあげるねー」


 ラヴィーナはかかとを上げて俺に頬ずりをする。


「ハァ……ラヴィーナさん。あまり冗談が過ぎると大やけどをしますよ」


「冗談とかじゃないし。だってさぁ死んじゃって生き返ったら目の前にイケメンだよ? しかも偶然違う教会で復活とか、普通じゃありえなくない? これって運命だよ! こういう出逢いを子供の頃からずうううううっと待ってたし!」


 密着したまま少女は俺の顔をじっと見つめる。


「ね! セイぴっぴ結婚しててもいいから、アタシの彼ぴっぴになって!」


 さらりととんでもないことを言うんじゃあない。


「お断りいたします」


 途端にステラが笑顔になった。


「プークスクス! 振られてるじゃないの?」


「振られてないしぃ! セイぴっぴハズいんだよねぇ? もうキスしちゃったんだから、セイぴっぴはアタシの彼ぴっぴって感じ?」


 犬のマーキングかなにかか?


 人差し指を軽くくわえるようにして、ラヴィーナはとびっきりの媚び媚びうっとりな表情を浮かべた。


 一方ステラはというと――


「や、やっぱりしてたのね! セイクリッドだめよ! き、キスなんてしたら……こ、こど……こども……あうぅ」


 この中に、正しい知識を教えられる女性はおられませんか?


 返事はない。ただもう仕方ないようだ。


 教育係としてのベリアルの成長に期待するよりほかなかった。


「きゃー! 子供できちゃうかもどうしよー!」


 ラヴィーナの方は“わかっていて”あおる気満々といったところか。


 ステラの顔が耳の先まで真っ赤になった。


 面倒なので王都に強制送還てんいまほうするのが一番のように思えたのだが、ラヴィーナがきちんと別の教会で旅の記憶の記録をつけない限り、死ねば結局ここに戻ってきてしまう。


 ああ、どうしてこの教会には次から次へと問題児ばかりが放り込まれるのだろう。

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