逆転神官(コミカライズ版世界線)
○月×日 午後3時33分 最後の教会 聖堂 神前特別法廷
眼鏡の少女が壇上に立つ。彼女の手には小さな木槌が握られていた。
説教台の天板をカンッ! と打つ。
「ご静粛にであります!」
集められた関係者は左右に分かれ、聖堂の長椅子に掛けている。ざわめきが収まり全員の視線が壇上の少女――裁判長を務めるカノンに注がれた。
「これよりベリアル殿の裁判を始めるであります」
左右に並ぶ長椅子の真ん中を赤い川のように流れる敷物――その上に立ちベリアルは「クッ」と表情を歪めた。
「私ではない! 濡れ衣だ!」
カノン裁判長が木槌を鳴らす。
「被告人はお静かに。それでは検事のぴーちゃん殿に事件の概要説明をお願いするであります」
講壇から向かって左側の長椅子に座っていた、小柄なメイド服姿の幼女が立ち上がった。
「よろしいですわ。今回の事件はとてもシンプルなものでしてよ。被害者となったのはニーナ様……が、楽しみにしていた三時のおやつのシュークリームですの」
カノンが小さく頷いた。
「シュークリームというと、焼き上げたシュー生地の中にクリームがたっぷりの、とても美味しいお菓子でありますな」
「ええ。それがセイクリッド氏の私室にある保冷機能付きの戸棚……通称、おやつ置き場から忽然と姿を消しましたの」
ベリアルが柳眉を上げた。
「待て! わ、私ではない! どうして私がニーナ様が楽しみにしている三時のおやつを奪うというのだッ!?」
カノンが再び木槌を鳴らした。
「落ち着くでありますベリアル殿。これ以上、進行を妨げるようでありましたら、当法廷の侮辱罪も適応されかねないであります」
「クッ……」
ベリアルは下唇を噛み口をつぐんだ。
「ぴーちゃん検事殿、続きを頼むであります」
「心得ましたわ。被告人は三時のおやつが戸棚にあるということを知っていましたわ。当時、犯行が可能だったのは被告人しかいませんもの」
薄褐色肌の女騎士がその場に膝を着く。
「わ、私では……ないのだ……どうか信じてくださいニーナ様」
ベリアルがひざまずき許しを請う相手は、金髪の幼女だった。
「うん! ベリアルおねーちゃも、おやつ食べたかったんだよね!」
「ち、違うのです! 私が食べたのではありませんニーナ様!」
カノンが困り顔で木槌を叩く。
「ニーナちゃんも許してくれているので、当法廷はこれにて閉廷……」
ベリアルは立ち上がると裁判長に向き直り吠えた。
「待てッ! これは冤罪だッ!」
そして女騎士は俺の方に向き直った。
「だから貴様が私の弁護をするのだセイクリッド!」
俺の隣でステラが目を丸くする。
「ど、どうするのよセイクリッド?」
「ベリアルさんがここまで無罪を主張するからには、なにかあるのでしょう」
呟きながら立ち上がり俺は宣誓した。
「光の神の前に私、セイクリッドは女騎士ベリアルの弁護をすると誓います」
裁判長の眼鏡がキラリと光る。
「ほ、本当にやるのでありますか?」
「ええまあ、いくつか確認しておきたいこともありますので」
長椅子から離れ前に出ると、俺は検察側――ぴーちゃんと向かい合った。
対決の準備が整い、もう一度木槌の音が聖堂内に響く。
「では、弁護側には尋問してもらうでありますが……誰に話を訊くのでありますか?」
「事件の初動捜査を行った、ぴーちゃんさんに伺いましょう」
ぴーちゃんは栗毛を揺らして俺を睨み上げた。
「わたくしの完璧な捜査にケチをつけるとは、良い度胸ですわね弁護人」
ステラが俺の隣にそっと寄り添うようにして立つ。
「ね、ねぇ大丈夫なのセイクリッド? 相手は沈着冷静で頭脳明晰な、ぴーちゃんなのよ?」
「まあ、なるようになるでしょう」
ぴーちゃんは腰に手を当て胸を張る。
「それで、なにを訊きたいというのかしら?」
「なぜベリアルさんの犯行だと断定できたのか教えてください」
「申し上げたはずですわ。おやつのありかについて知っていて、犯行が可能だったのはベリアルだけですもの」
眼鏡裁判長が壇上から「そうなのでありますか?」と、ベリアルに確認した。
「そ、それはその……し、知らなかったぞ!」
「おかしいですわね。ニーナ様の教会での保育について弁護人から説明を受けた時、おやつについても教えられていたはずでは?」
「う、うう、そ、そうだった……」
「それに被告人ベリアルは以前に神官の私室に個人的な用件で入り浸り、ワインを飲んでいたということですわね? つまり神官の部屋の間取りなど把握していた。お認めになりまして?」
「そのようなことは……あった……が……」
ぴーちゃんはそっとスカートの裾をたくし上げるようにして一礼する。
「他に容疑者がいない以上、自白と受け取ってもよろしいですわよね?」
「クッ……」
早々に追い詰められたベリアルだが、その瞳は涙に潤みながらも「違うのだ!」と語っていた。
彼女を信じて俺はお腹から声を絞り出す。
「異議ありッ!」
聖堂の天井に声を反響させながら、俺はぴーちゃんの顔を指さした。
成人男性の約八割が一度は言ってみたいと思うセリフ&やってみたいポーズである。
「な、なんですの!?」
「おやつがどこの戸棚に入っていたのか知っているということなら、私も存じ上げています。なにせ私が買って用意しているのですから。これが購入時の領収書です」
俺は季節限定シュークリームの領収書を証拠品として裁判長に提出した。
ちなみにおやつ代は教会の経費では落ちない。
「証拠として受理するであります。あ! ここのお菓子はチョコが有名であります。本格的すぎて大人向けのお店であります」
「よくご存知ですねカノンさん……もとい、裁判長」
「自分は食べたことがないでありますが、情報は学友を通じて得ているであります。なんでも大人になるまで食べられないお菓子もあるそうであります」
びしっと眼鏡少女は敬礼した。
王都で見つけたので普段の菓子店とは気分を変えてみたのだが、確かに内装からなにから高級店という雰囲気だったのを憶えている。
しかし大人になるまで食べられないとは、どういうことだろうか。
すかさずステラが「ねえねえセイクリッド、自分で自分が容疑者って言ってどうするのよ?」と、俺を肘で小突いた。
ぴーちゃんは動揺したようにプルプルと振動し、頭から白煙を上らせた。
が、すぐに立ち直る。
「それはありえませんわ。たしか事件当時、弁護人は裁判長を密室に連れ込んで言葉責めをしていたはずですもの。そうですわよね裁判長?」
裁判長の眼鏡がパリンと割れる。
「ま、間違ってはいないでありますが、懺悔室でアコ殿の管理責任について自分はセイクリッド殿に指導を受けていたであります! セイクリッド殿と自分にはアリバイが成立するということで、こうして裁判長をさせてもらっているでありますよ!」
割れた眼鏡のスペアを掛けなおしてカノンは告げる。
と、ぴーちゃんは俺の顔を指さした。
「ということは、カノン裁判長と一緒にいたあなたにも、アリバイがあったことになりますわね弁護人?」
「私が戸棚から自分で買ったシュークリームを奪うのは、アコさんとカノンさんを蘇生する前でも可能でした。なんでしたら買ってきてすぐに食べることすらできたはずです。つまり私も容疑者から外せなくなります」
ステラが俺に耳打ちする。
「ねえセイクリッド。自分が犯人だって立証するのって、なんだか不毛な気がしない?」
それ俺が一番思ってるやつだから。
ぴーちゃんは俺の破綻気味な論理を一蹴した。
「弁護人が幼女のおやつを奪って食べることなんて絶対にありえませんわ。なぜならセイクリッド……あなたはロリコンですもの」
長椅子の上で足をぶらんぶらんとさせて、ニーナが首を傾げる。
「ろりこん?」
ステラが腕組みして頷いた。
「たしかにそうかも。セイクリッドに犯行は不可能ね。あたしはこれほどまでの不可能犯罪のロジックを知らないわ。幼女のおやつを奪うなんてロリコンにとっては自殺行為も良いところよ」
木槌が響いてカノンが俺に訊く。
「セイクリッド殿は本法廷において、ご自身がロリコンであると認めるのでありますな?」
この言われように異議を申し立てたい。俺はエア台バンで返した。
「裁判長。大事なのは、おやつの場所を知っていたから犯行に及んだというのが、検察側の唯一の根拠となっていることです。戸棚におやつがあることはステラさんでも知っています」
「えっ!? ちょっとセイクリッド、あたしまでろりこ……容疑者にするつもりなの!?」
「なんでしたら、ぴーちゃんさんだって知っていたはずです」
再び検事の頭から白い煙が立ち上った。
「ピー……ガガガガ……」
「それに仮に私がロリコンだったとして、容疑者から除外されるとするならば、ベリアルさんのニーナさんへの忠誠心だって容疑者として除外するに足る“やらなかった動機”になるのではありませんか?」
ぴーちゃんが膝から崩れそうになって……寸前で止まった。
「だ、誰しも魔が差すことはありますわ。戸棚にシュークリームを見つけたその時、被告人は闇墜ちしましたの!」
上級魔族が闇墜ちとはこれいかに。
「でしたら大神官の私も魔が差して、闇墜ちしながらニーナさんのおやつを食べてしまうことだってあり得ます。闇墜ちを動機に上げるならば、ロリコンも騎士道も条件的には平等です」
ステラが尻尾をピンッと立てた。
「あなたが犯人なのねセイクリッド? 前々から怪しいとは思ってたけど、このロリコン犯人!」
「いえ、違いますから」
ぴーちゃんがぎゅっと小さな拳を握り込む。
「だ、だとしても……女性であれば甘いお菓子の甘美な誘惑に目がくらむことくらいありましてよ? 乙女心が動機ですわ!」
俺は人差し指を立てると左右に振った。
「ベリアルさんはお酒が大好きです。俗に言う辛党に該当するでしょう。そういった方は得てして甘い物が苦手です」
「い、異議ありですわ! お酒も甘い物も好きというマゾ……女騎士もいるかもしれませんもの」
俺は立てた指を再び、ぴーちゃんにつきつけた。
「異議ありッ! 被告人のベリアルさんはかつて、生洋菓子大量購入事件の折にステラさんが買いすぎた大量の生クリーム系菓子類を、無理矢理お腹に納めてぽんぽこぽん状態になったことがあるのです」
「そ、そのような記録は……」
救いを求める検事の視線に裁判長が木槌を叩いた。
「その面白エピソードなら、前にステラ殿から伺ったであります。弁護人の異議を認めるであります」
ベリアルが涙目になりながら俺をじっと見据える。
「わ、私の忠誠心と貴様のロリコン心を一緒にするな!」
弁護したのにまさかの抗議だった。
裁判長がホッと息を吐く。
「消えたシュークリームという謎は残ったものの、どうやらベリアル殿の疑いは晴れたようでありますな。では審議もされ尽くしたでありましょうし、本法廷はこれにて……」
その刹那、ぴーちゃんが再び声を上げた。
「異議ありですわ裁判長!」
「ど、どうしたのでありますか? 検察側にはまだ反論の材料があると?」
腕を胸の前に組んで、ぴーちゃんはクックックと肩を上下に揺らす。
「弁護人はこう言いましたわね。被告人を被告人たらしめる根拠が“おやつの場所”を知っているかどうかしかないと」
ステラが俺の背に隠れるようにして訊く。
「ちょ、ちょっと、ぴーちゃんのあの自信たっぷりな感じ、なんだか嫌な予感がするわよ」
「なにが飛び出してくるか気になりますね」
「シュー生地の穴からクリームが飛び出すくらい不穏な感じね」
シュークリームにも穴はあるんだよ。そんな魔王様の不安はすぐに、現実の物となった。
「裁判長。検察側は証人の出廷を要請しますわ」
「証人でありますか?」
「ええ、決定的な目撃者がいましてよ」
なん……だと?
「それはいったいどなたでありましょう?」
ぴーちゃんは眼鏡裁判長に背を向けると、長椅子でうとうとしている少女を指さした。
「勇者アコ……証言をお願いしますわね」
「…………」
「勇者アコ? 寝ていらっしゃるのかしら?」
「……ZZZ」
どうやら審議が始まってからずっと、彼女は居眠りしていたようだ。
道理で静かにしていたわけである。
ぴーちゃんは椅子に座ったアコの前に立つと、握った拳でこめかみをギューッと押し込んだ。
「勇者アコよ目覚めなさい。そしてわたくしのために証言するのですわ!」
「うぎゃあああああああああああああ!」
悲鳴とともに勇者は目を覚ます。
「さあ、証人の出番でしてよ」
「ふえぇ……えーやだよ面倒くさい。なんか身体がぽかぽかして温かくて、ボク、なんだかとっても眠いんだ」
そのまま天からお迎えが来てしまいそうなセリフだが、ぴーちゃんは無理矢理アコを裁判長の前に引きずり出した。
「裁判長。この勇者アコは事件当時、被告人が神官の私室に出入りしたところを目撃していますの」
裁判長が目をしばたかせた。
「なななななんと!? それはその、決定的な証拠でありますな!?」
ステラがブルッと身震いする。
「ちょ、ちょっとどういうことよ? アコが犯行を見てたなんて聞いてないわよ!?」
俺は顎をつまむようにして考える。
なにかおかしい。
証人がいるなら、なぜ最初から出さなかったのだろう。
混迷渦巻く聖堂に、カンッ! と木槌の音が響く。
「で、では証人のアコ殿。その時に見たことを教えて欲しいのであります」
「しょーがないなぁ……ふあ~あぁ」
目をこすりながらアコは大きなあくびを一つ追加した。
「アコ殿。証言をお願いするでありますよ!!」
「証言ってなにを話せばいいのさ?」
「ほ、ほら、ええと、さっき一緒に死に戻りをした時に、自分がアコ殿の監督責任についてセイクリッド殿から懺悔室でこってり搾られている時の事でありますよ」
告解用の小部屋にいる間、聖堂では勇者アコが独りだったのだ。
勇者アコはうんと頷いた。
「あ~それね! セイクリッドの話が長くなりそうだなって思って、ボクは長椅子で横になってたんだ。そしたら教会の入り口の扉から誰か入ってきたんだよ」
ベリアルの表情がやつれたようになる。
「い、いたのか貴様!?」
「うん! ちょっと声を掛けづらい感じだったからね。長椅子に寝そべって気配を消してたんだ。死に戻りからの死んだふりってやつだよ」
玄関開けたら二分でベリアル事件を皮切りに、アイスバーン城での鬼コーチぶりなどなど、アコがベリアルに多少なりとも苦手意識をもっていてもおかしくはない。
裁判長が眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
「そ、それでどうなったのでありますか証人?」
「なんかベリアルがコソコソしながらセイクリッドの部屋に入っちゃって、しばらくしたらまたコソコソしながら戻ってきたんだよね。なんだかその……すっごく怪しかったよ! ボクめちゃくちゃ気になっちゃって、おちおち昼寝もできなかったし」
すかさず魔王様が首を傾げた。
「その割には眠そうにしてたわよね」
「そそそそんなことないよステラさん! ふあ~あ」
あくび混じりで説得力のないことこの上ない。
壇上で裁判長の眼鏡がキラリと光る。
「アコ殿……もとい証人。そのあと被告人はどこへ行ったでありますか?」
「さ、さあ、教会の外に出て行っちゃったけど」
「気になっていたのに追いかけなかったのでありますか?」
「ほら、ボクらって教会の外に出るのは禁止されてるじゃん。外まで調べにいったら絶対にあとでセイクリッドに怒られるし」
「なるほど言われてみればそうでありますな」
これはベリアルにとって致命的な目撃情報だ。
このやりとりのあと、三時のおやつを食べにやってきたニーナによって事件が発覚したわけである。
裁判長がまとめた。
「犯行予想時刻の午後三時前、ステラ殿とニーナちゃんはいっしょだったのでありますな。さらに、検察のぴーちゃんもいっしょにいた。これは間違い無いでありますか?」
ステラが首を縦に振った。
「え、ええ。三人で絵札合わせのゲームをしてたから間違い無いわ」
最近は預かり保育といいつつも、ぴーちゃんが魔王城に常駐するようになったため、ニーナが魔王城と教会を行き来するのは珍しくない。
ぴーちゃんが軽く咳払いを挟んだ。
「絵札合わせゲームの席に被告人はいませんでしたの。アリバイ不在と、証人による怪しい出入りの目撃証言から、検察側はベリアルの起訴に踏み切りましたわ」
俺はもう一度、お腹から声を絞り出した。
「待った!」
裁判長がビクンとなる。
「な、なんでありますか弁護人?」
「アリバイの成立しない怪しい人物なら、もう一人いるではありませんか?」
ぴーちゃんが俺を睨み上げる。
「ま、まさか他にも誰か教会にいたと? まさか案山子のマーク2先輩ではありませんわよね?」
「本日、彼は非番です」
「ではいったいどなたが……」
俺は立てた指をスッと勇者アコに突きつけた。
「勇者アコさんですよ。彼女が聖堂にいたことにベリアルさんは気づいていませんでした。私が密室の懺悔室でカノンさんに大切なお話をしている間、空白の時間がアコさんにあったことは疑いようのない事実ですッ!!」
アコが背中をのけぞらせながら転びそうになる。
「えっ!? ぼ、ぼぼぼボクを疑ってるのかい? 愛と正義を守る勇者のボクを!?」
隣でステラが「勇者だから大丈夫っていうのがアコの場合だけ、ちょっと通じないかも」と付け加える。うっかり勇者のマイナス方面での信頼感、侮りがたし。
ぴーちゃんが両手の拳を握って振り上げ、振り下ろす。
「ま、ままま待ったですわ! 被告人が教会を出てから、証人が犯行に及んだ証拠はありますの!?」
アコはキョロキョロと目を泳がせている。この落ち着きのなさだけでも怪しいが、立証するにも証拠がない。
ステラが俺の腕を掴んで揺すった。
「どどどどうするのよセイクリッド!? 誰も見てないところで証拠なんてないじゃない?」
「ええ。ですが先ほどアコさんはこう証言しました。“ボクもめちゃくちゃ気になっちゃって、おちおち昼寝もできなかったし”と。昼寝はせず、教会の外にも出ず、相方のカノンさんが私にこっぴどく搾られている間にアコさんは……」
「うっ……」
アコが半歩下がった瞬間、俺は一歩前に出た。
「私の部屋に入ったのではありませんかッ!?」
「うぐっ!?」
胸に手を当て勇者がうめく。
裁判長が木槌を叩いた。
「それは本当でありますか証人ッ!?」
「そ、そ、そ、それはえっとあのぉ……」
口ごもるアコだが、その時――
「異議ありですわ! いかに勇者アコがダメ人間オブザダメ人間であっても、セイクリッドの部屋に入ったという証拠はありませんもの」
恐らく、ぴーちゃんもアコが怪しいと頭では理解しているのだろう。だが、プライドの高いメイドゴーレムが、ベリアルを告発した時点でもはや引き下がれないのだ。
ベリアルが吠えた。
「ぴーちゃんよ貴様! もはや誰が怪しいかは明白ではないか!?」
「でしたらなぜベリアルはコソコソとセイクリッドの部屋を出入りしたのかしら?」
「うっ……そ、それは……」
どうやらベリアルが俺の部屋に忍び込んだこと自体は事実らしい。ここまで大人しく被告人をしてきたのも、ベリアル自身に罪の意識があったからだ。
消えたシュークリームとは無関係だったとしても、彼女は俺の部屋でいったいなにをしていたのやら。
「ベリアルさん、私の部屋に入った理由を正直にこたえてください」
ステラがほっぺたをぷくっと膨らませた。
「そうよそうよ! なにしてたの?」
「す、ステラ様っ……わ、私は……」
再びベリアルは赤い敷物の上で膝を屈した。
「神官の部屋にはまだ飲みかけのワインが樽であって……だが、私は一滴たりとも口にはしていないぞ! 時々、あの樽の様子を見に行っては、味を思い出し酒宴にふける妄想をしていただけなのだ」
俺の居ぬ間に、なんて悲しい妄想に浸っているのだ魔王軍のナンバー2は。
「たしかにそのような恥ずかしい妄想をしていたなんて、誰にも知られたくありませんね」
「ち、誓って呑んでもいなければ、ニーナ様のおやつにも手出しはしていない! していないのだ!」
聖堂に女騎士の絶叫が響き渡った。
が、酒を口にしていないことは間違い無い。呑んでいればまともな答弁をするどころか、突然脱ぎ始めたりする御仁である。
一方、アコはといえば頬が普段よりも赤く紅潮しており、ことあるごとにあくびを繰り返していた。
「ふあ~あ。ねえもういいかな?」
「ところでアコさん。さきほどからずいぶんと眠そうですね」
「ん~そうかなぁ?」
俺は裁判長に向き直った。
「お二人は昨晩から徹夜だったのでしょうか?」
「前日から朝九時までたっぷり宿屋で休んだでありますよ。寝坊して朝ご飯を食べる時間がなかったでありますが、そのまま冒険に出て……」
GRUUUUUUUUUUUUUU!
不意に獣の吠え声のような音が鳴り響いた。
「お恥ずかしいであります。そういえばお腹がペコペコで、お腹が鳴ってしまったであります」
眼鏡の裁判長がそっと胃の辺りをさするようにした。
ステラが「まるで魔物の吠え声みたいね」と、にししと笑う。
裁判長は続けた。
「それにしても、アコ殿はお腹が空かないのでありますか?」
「え? ぼ、ボクはええと……今日は不思議と大丈夫みたい!」
怪しさ満点だが、決定的な証拠は見つからない。
「それじゃあセイクリッド。そろそろボクとカノンはおいとまするよ」
普段は帰れといっても帰らない勇者様が、今日に限ってはやけにあっさりとしている。
仕方ない。最後の賭けだ。
「しかし、本当にどこに消えてしまったのでしょう。ニーナさんのために買ったエクレアは」
瞬間――
「え? あれはチョコ味だけどシュークリームでしょ? 細長くもなかったし上にチョコもかかってないし」
アコがぽつりと呟いた。俺はすかさず――
「異議ありッ!」
「え、ええ!?」
「どうしてアコさんがシュークリームだと知っているんですか」
「そ、そそそそれはほら、みんながシュークリームって言ってるからだよ!」
「ではなぜチョコ味のクリームだとご存知なのでしょう?」
知っているのは買った俺と、店の情報事前に知っていた裁判長。そして、実際に食べた人間くらいなものだ。
と、ぴーちゃんが俺の顔を指さした。
「異議ありですわ! このシュークリームを作った洋菓子店の話は、先ほど裁判長から出ていましたもの。チョコレートが人気のお店でしたら、チョコクリームのシュークリームという推測がなりたちましてよ!」
「異議ありッ! 証人はシュークリームを買った店のくだりの頃、すっかり眠りこけていてその情報は得ていません!」
「異議ありッ! き、きっと裁判長が菓子店の話を事前に証人にしていたのですわ!」
カンッ! と木槌が鳴り響いた。
カノンがゆっくり首を左右に振る。
「そのお店のことは、まだアコ殿には話していないであります。アコ殿……どうしてシュークリームの中のクリームがチョコ味だったのを知っていたのでありますか?」
アコがその場でプルプルと振動し始めた。
「うううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
頭を抱えて上半身を縦横無尽に振り乱し、宝玉のついた鉢金を脱いだり付けたりを繰り返す。
「待った! ですわ! 証人は……そう! 証人には動機がありませんわ!」
「異議ありッ! 朝食を抜いて昼過ぎまで戦い、死に戻ってきたのですから……この証人がお腹が空いていないわけがないのです!」
「うううううううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
アコがさらに動きを加速させた。
「い、異議ありですわ! お、おやつのおいてある戸棚よりも、それでしたら先に食料のある保冷庫などを探すはずでしてよ?」
「保冷庫は昨晩から空なのです」
「で、でしたら証人は食料が見つけられなかった。わざわざ戸棚に隠されたおやつを探せるわけないですわ」
どうやらここまでのようである。
もはや誰がシュークリームを食べたかについては、一目瞭然だ。
こと今回に限っては、戸棚に隠してあろうが関係ないのである。
引導を渡す時がやってきたようだ。
アコが涙目で訴える。
「そそそそうだよ! ボクにシュークリームを見つけることなんてできっこないんだ!」
「異議ありッ! 証人は……いえ、真犯人の職業は勇者なのです。その眼光は鋭く迷宮内でも宝を見つけ、さらに民家に入りこんではツボを割り樽を破壊し、引き出しという引き出しを開けてしまう。そんな勇者にとって戸棚に隠されたおやつを見つけることなど、造作も無いことなのですからッ!」
「うにょろすっぽこぺろんちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ついに勇者は地に膝を着いた。
ニーナがぴょこんと長椅子から飛び降りる。
「アコちゃんせんせー、ニーナのおやつ食べちゃったの?」
「う、うん……ごめんねニーナちゃん。それにベリアルも……みんなも……弁護してくれた、ぴーちゃんも」
「ちゃんとごめんなさいできて、アコちゃんせんせーはえらいね。いいこいいこ」
「うわあああああん! ごめんなさああああああああああい!」
木槌が打ち鳴らされた。
「どうやら真犯人が見つかったようでありますな。大変残念な結果ではありますが、この不祥事を勇者パーティーは真摯に受け止めねばならないであります。とはいえ、本法廷における審議はあくまで、被告人ベリアル殿についてのものでありました」
ベリアルはベリアルで無傷ではなかった。彼女の慎ましい妄想をこの場の全員に暴露される結果となったのだ。
この法廷に勝利者などいなかった。
裁判長が宣言する。
「被告、ベリアル殿への判決は……無罪であります!」
「当たり前だ! というかアコよ……そうだせっかくだからな。特訓をしてやろうではないか」
「ひえっ!? え、遠慮しておくよ!」
ベリアルがぴーちゃんに向き直る。
「それと、ぴーちゃんよ。私を起訴するなど百年早かったな。ナンバー2の座は渡さぬぞ。はーっはっはっはっは!」
大ぶりの胸を張って、珍しくベリアルは勝ち誇った。ぴーちゃんはといえば「わたくしは使命をまっとうしただけですわよ……くやしい」と、最後にぽつりと本音を漏らす。
しかしシュークリームが一つ消えただけで、ずいぶんと大事になったものだ。
「やはり仲間を信じる心が大切ということですね。もう、このような茶番……もとい、裁判のまねごとはご遠慮願いたいものです」
ステラが俺の服の裾をついばむように引いた。
「ねえねえ、一つ気になるんだけど……」
「なんでしょうかステラさん?」
「チョコが有名なお店のチョコクリームが入ったシュークリームなのよね」
「ええ、それがなにか?」
「本格的で大人向けの味の……もしかしてセイクリッド、試食とかしなかったの?」
「はい。そういえば」
「あ、やっぱり。あなたらしくないじゃない。今回はアコが食べてくれてよかったわ」
「なにが言いたいのですか?」
魔王ステラは尻尾を揺らしてウインクした。
「きっとそのシュークリームの中身って、お酒が入ってたわよ! お腹が空いているところに洋酒の効いたシュークリームを食べたから、アコは寝ちゃってたのよ」
「あっ……言われてみればそうかもしれませんね。これは私がうっかりしておりました」
「次からはちゃーんと、ニーナが食べても大丈夫なおやつにしてね!」
穴だらけでとっちらかってる!? いつものことさ!
なにか事件が起こりそうな十三日の金曜日!
11:00にコミカライズ版の更新があるんだってばよ
ついに姿を現す(自称)皇帝アイスバーン。ステラのとった意外な行動とは!?
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19200685010000_68/ (コミックウォーカー)
http://seiga.nicovideo.jp/comic/38521 (ニコニコ静画 ※要アカウント)




