教会であった怖い話
ある日の夜のこと――
アコとカノンが死亡して教会で復活したのは、いつもの事だった。
三人目のパーティーメンバーはといえば、所用で王都の実家に一時帰宅していたらしい。
なので二人で冒険に出て全滅したとのことである。
勇者アコが後頭部に手を回して軽く掻きながら俺に告げる。
「いやー、お恥ずかしい。ボクとカノンだけでもイケそう感があったんだけどね」
眼鏡を曇らせて神官見習いもうつむき気味だ。
「キルシュ殿がいないと不意打ちに弱いでありますな」
俺は溜息交じりにいつもの文言を返した。
「おお、死んでしまうとは以下略」
アコが目を丸くして両手を握ると上下に振った。
「ちょ、ちょっとセイクリッド略式すぎるよ!」
「では、お二人とも転移……」
カノンも困り顔でじっと俺を見据える。
「ま、待って欲しいであります。セイクリッド殿に相談したいことがあるのでありますよ!」
二人は俺を左右から挟みこんで泣きついた。それぞれの胸の成長度合いの違いを二の腕に押しつけられているところで、教会の扉が外から開かれる。
「あっ! セイクリッドどういうことなの!? なんで女の子を二人も泣かせて平然としていられるの!?」
俺の顔をビシッと指さして、赤毛の魔王様は鼻息も荒い。
「慣れとは怖いものですね」
「神官が慣れるくらい死んじゃう二人も二人よ? もっとしっかりしなきゃだめじゃないがんばって」
魔王が勇者を叱咤激励する不思議な空間。それがこの魔王城前の教会だ。
ステラの声にアコが俺から離れるなり、子犬のように駆けていった。
「うわああああんステラさああああん! セイクリッドがひどいんだよ! ボクらの扱いが最近雑なんだ」
アコが正面からステラに飛びかかり、その大きな胸の水蜜桃をステラの顔に押しつけた。
カノンが慌ててツッコミを入れる。
「アコ殿! 泣いている方が胸を貸してしまうのはいかがなものかと思うのであります!」
むぎゅむぎゅと胸に顔を埋められて魔王様は苦しげだ。
「ぷは! ちょ! アコってばやめて! 自慢なの!?」
「ハッ……ご、ごめんよステラさん。ボクがステラさんの胸に顔を埋め……あ、胸を借りるね」
「なんで埋め……って一回止まっちゃうのよ! 借りるって言い直したわけ? う、うずまるくらいはあるわよ! ほら貸してあげるから確認して」
最近は教会にも来訪者が増えたため、この三人という取り合わせは久しぶりだ。
「夜分遅くにまお……ステラさんは教会にどのようなご用件でしょう? 仲間の蘇生ですか? 毒の治療ですか? それとも呪いを解いて差し上げましょうか?」
胸に手を当て俺は恭しく頭を下げた。
アコになだらかな胸を貸したまま……というか勝手にアコが「はすはすステラさん良い匂いだなぁ。それに心音もどっくんどっくんしてて……」とやり始めていた。
それに赤面しつつ貸すと言った手前追い払うこともできずに、ステラは俺に告げる。
「用事っていうかあのね……こ、怖い話を教えてもらいにきたのよ」
「怖い話ですか?」
ステラの胸に猫のように顔をこすりつけてアコの表情が蕩けている。
「んへあぁ~ステラさんのお胸はすべすべだねぇ」
「そろそろ確認できたでしょ!」
魔王様はぐいっと勇者の顔を押しのけた。アコが自分の人差し指の先を口にくわえて「ちぇー」と不満顔だ。
俺は隣のカノンを肘で軽く小突く。
「勇者が正しき道を歩めるかは貴女の導きにかかっていますからね」
「き、肝に銘じるであります」
そんな俺とカノンの元にステラはツカツカと歩み寄った。
「ちょうど良かったわ。カノンも神官見習いだし、なにか身の毛もよだつような怖い話を知らないかしら? 死霊とか怨念とか悪霊とかゾンビとか、そういうのともよく遭遇するんでしょ?」
前略、姉さん。俺はほぼ毎日魔王と遭遇するという恐怖(笑)を味わってます。
魔王様のリクエストにカノンが腕組みをして「う~ん」と唸る。
と、何か心当たりがあるのか、眼鏡の後輩は開いた手のひらをポンッと軽く拳で叩いた。
「そういえば恐ろしいことが起こったでありますよ」
「なになに? 現役女子神官見習いが遭遇した怖いことって?」
尻尾をピコピコ左右に振ってステラは興味津々だ。
「実は……定期的にお金が半分なくなるのであります。最近はがんばって魔物と戦ってお金も手に入れてるはずなのに……」
「うんうん。それでそれで?」
「気づくとお財布から半分が消えているのであります」
「怖いわね。カノン、何か心当たりはないのかしら?」
「そういえば、いつもお金がなくなる直前に長い銀髪の幽鬼のような姿を見るのでありますよ!」
「キャー! なにそれ怖いわ! ねえセイクリッドそう思わない?」
俺はカノンに笑顔を向けた。
「それは恐ろしいですねカノンさん」
「ひえぇ! 冗談であります冗談でありますからぁ!」
信じて送り出した後輩が悪い友人にすっかり染まってしまった件。
ステラはステラで「妖怪半分置いてけよ。ねえセイクリッド妖怪半分置いてけが、きっとこの教会のどこかに潜んでいるわ! 早く専門家を呼んで除霊してもらいましょ!」と楽しげだ。
怖い話を聞きに来たのではないのだろうか。
俺はステラに訊く。
「そもそも、どうしてステラさんは怖い話を知りたいのですか?」
魔王なのに。と、言うのは野暮だしアコとカノンへの壮大なネタバレを含むので心の内にしまっておこう。
ステラは口を尖らせた。
「恐怖は人間の感情の中でも激しいものでしょ。将来的にはその……恐怖っていうものを知っておかないといけないじゃない」
魔王だから。とは、さすがにステラも口にしなかった。が、アコがステラの背中に抱きついてくる。
「安心してステラさん。どんな恐怖も勇者のボクが払いのけて守るから」
「ひゃぁっ! ちょ、ちょっと耳元に息を吹きかけないでよッ!」
これは助け船を出さないと、勇者が魔王を討伐してしまいかねない。
「アコさん、光の神の前でステラさんを辱めるのはおやめください」
「ち、違うよ誤解だよ! 吐息が掛かったのも偶然さ! もしボクが本気ならステラさんの素敵な耳たぶを」
「おやめください」
リトルサイズの光の撲殺剣をチラつかせると、アコはしぶしぶステラを解放した。魔王様はそのままへろへろと腰砕けになって、教会の長椅子に倒れ込むように座る。
「ハァ……ハァ……危ないところだったわ」
ぐったりするステラの隣にカノンが腰掛けて、心配そうな顔つきで「ところでステラ殿、お尻の方は大丈夫でありますか?」と追い打ちをかけた。
もはやこのやりとりは様式美だ。その度に風説の流布を訴えつつ俺を睨む魔王様だが、軽く視線を逸らしてアコに訊く。
「アコさんには怖い物なんてないでしょうね?」
「あるよ! ここにいるみんなに何か悪い事が起こったり、誰かと誰かがケンカをしたり永遠に別れることになるようなことがあるかと思うと、ボクは怖くて仕方が無いんだ」
そういうところは勇者である。ずっとそのモードが続いてくれればいいのだが……。
「あと怖いことっていうと……妖怪尻叩きかな」
途端にステラが立ち上がった。
「わかるわ! 光る棒状のものでお仕置きと称して叩いてくるのよ」
「ステラさんも苦労してるんだね。近所に妖怪尻叩きがいると」
本日の怪異譚、二本目の正体も俺である。
なんだろうか。そこまで恐怖の対象にされると少々……照れくさいな。
カノンが長椅子に掛けたまま俺に訊く。
「ところでセイクリッド殿は、姉上様であるところのヨハネ教皇聖下の他に怖いものというのはないのでありますか?」
「ありませんね」
即答した。それは比較対象があまりにも強大すぎるためだ。あの姉のものは姉のもの、弟のものは姉のものを地で行くヨハネイズムの前では、魔王のわがままかつ一方的な要求でさえも可愛く見える。
セイくんお姉ちゃんと修行ごっこしよっか? と、世界最大級の滝の上からフリーフォールさせられた俺が、泳法をマスターして死の海を泳ぎ切れるようになったのは、無理からぬ話だ。
ステラが肩を落とした。
「もう少し怖い話が聞けるかと思ったけど、みんな意外と普通ね」
「ごめんねステラさん」
「お力になれず申し訳ないであります」
と、三人の少女の視線が俺に集まった。ここは教会で俺のホームグラウンドにもかかわらず、謎のアウェイ感だ。
被害者の会でも結成しそうな三人に溜息も出ない。
と、夜遅くにもかかわらず――
「セイクリッドはいるか?」
教会の扉が再び開いて、ベリアルが姿を現した。魔獣モードではなく今日は人間モードだ。そんなベリアルに手を引かれて、ニーナの姿もあった。
「おにーちゃこんばんは~! あ、アコちゃんせんせーにカノンちゃんだ!」
ニーナは小さなピンクの箱を手にしていた。とってってって、幼女が俺の元に駆けてくる。
「こんな夜更けに教会にどのようなご用件ですか?」
赤い敷物に膝を着き目線をニーナに合わせて俺は訊く。
「あのねあのね、不思議な箱なのです」
ピンクの小箱はプロポーズする時に指輪をいれておくようなもので、二枚貝のように開閉できそうだ。
「ぱっと見たところ呪いや魔法を掛かっていないようですね。いったいどういったところがニーナさんには不思議なのでしょう?」
青い瞳をまん丸くしてニーナはうんと頷いた。
「えっと、毎日マカロンが入ってるの!」
「ほうほう」
「でね、ニーナはお絵かきとか本をよんでがんばったなぁって時に、じぶんへのごほうび? にするのです」
「それは良いですね」
「そしたらね、次の日になって……」
俺はベリアルに視線を向けるが、女騎士は首を左右に振りながら表情を硬直させた。
幼女は構わず続ける。
「ニーナが次の日も、お絵かきがんばったなぁって思って、箱をあけると昨日とは違う色のマカロンが入ってるの」
俺はステラに視線を向けたがステラも「え?」という顔だ。
アコが言う。
「そっかー! ニーナちゃんが良い子だから、神様が一日一個、ご褒美をくれるんだね」
カノンが俺を尊敬の眼差しで見つめた。
「さすがであります! せいく……神様はとてもいい人でありますよ!」
神を擬人化する聖職者の見習いがいるという。
どうやらこれも俺の仕業と思っているらしいが、心当たりは無かった。
無いのだが……。
「ええ、きっとニーナさんが良い子にしているから、神様が応援してくださっているのでしょう」
と、俺は目を細めた。なにこの箱怖い。
俺の言葉になんでも俺の仕業にしてきた一同が、ほっと胸をなで下ろした。
もちろん、ニーナも気づいてはいないが「ニーナはがんばんなきゃなぁ。神様がみてるからなぁ」と、気持ちを新たにしている。
今夜は俺だけが眠れなさそうだ。
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「今日はチョコレート味、明日はストロベリー味、明後日はピスタチオ味……ログインボーナスですわ」
数日後、魔王城勤務のメイド幼女ゴーレムによる、ニーナのやる気向上計画だったことが判明したのだが、それまで毎晩、俺はマカロンの悪夢に苛まれたのだった。




