わたしたち結婚しました
今日も今日とて、平和で退屈な教会の聖堂に魔王ステラがやってきた。
手にした懐中時計の針に視線を落とす。時刻はそろそろお昼前である。案山子のマーク2に講壇を任せて、転移魔法で王都に食事休憩にでも行こうかと思ったところでの、魔王襲来だ。
赤毛を揺らして俺の元にやってくると、ステラは顔を真っ赤にして伏し目がちにうつむく。
が、何も言わない。
普段なら「ちょっとセイクリッド、いつ出ていってくれるのよ? って、出て行くわけないわよね。だからねえっと、家賃! そうよこの教会は魔王城の敷地にあるんだから家賃が欲しいの。ふろーしょとく? 良い考えだと思わない?」やら「黄色くて甘くてサクフワのお菓子が食べたいの。もちろん、あたしじゃなくてニーナがそう言ってるんだけど……う、嘘じゃないわよ」とか「ベリアルにこっそりお酒を貢いで魔王軍から引き抜こうとしている疑惑があるんだけど、神様に抗議していいかしら? 神様ー! ここに上級魔族を籠絡する悪い大神官がいますよー! 天罰下してください!」と、言いがかりをつけにくることもしばしばだが……。
今日は特に様子がおかしい。少女は耳の先まで赤くなり呼吸も荒かった。
仕方ない、まずはいつも通り様子見だ。
「ようこそいらっしゃいました魔王様。教会にどのようなご用件でしょうか? 本日、特別企画といたしまして、一つ呪いを解くとおまけにもう一つ呪いを解くW解呪チャンスキャンペーンを実施中です」
もちろんキャンペーンとは口から出任せだが、ステラを観察してみても彼女は呪いにかかっている様子もなく、至って平常だった。
ずっと下を向いていた目線が俺をそっと見上げて、じわっと涙で潤む。
「あ、あ、あのねセイクリッド」
「はい。なんなりとお申し付けください魔王様」
「好き……」
「ええ。私も魔王様に常々、尊敬の念と親しみの感情を抱いております」
少女は膝頭をモジモジとすりあわせた。
「そ、そういうんじゃなくて! 好きなの!」
「はぁ……」
「だから、あ、あ、ああ、愛してるの! けけけ結婚を前提におおおおお付き合いしたいのよ!」
少女はプルプルと全身を震えさせた。しかし……急にどうしたのだろう。
「魔王様、落ち着いてください」
「あたしは冷静よ! そして怜悧な知性の持ち主なんだから」
初耳である。自称聡明なる魔王様の尻尾は先ほどから風車のようにぐるんぐるんと回転していた。
左右に振れている時は興奮しているのだが、今回の反応は過去に例がない激しさだ。
少女はかかとを上げて俺に顔をぐいっと近づけ両腕を万歳させた。
「こ、子供だって作っていいわよ。ほら抱きなさいよ! ハグしなさいよ!」
それで子供が生まれれば世界の人口は爆発してしまう。
彼女の両肩に手をおいて浮いたかかとを地に着けさせる。
「では聡明なる魔王様。もし、私と婚姻した場合には魔王を辞めて家庭に入っていただけるのでしょうか?」
「ととと当然でしょ。それでねえっと……セイクリッドにはむむむ婿入りしてもらうわ」
「これは姉上が知ったら大変なことになりそうですね」
「ししし仕方ないじゃない! 魔王の玉座を空位にはできないもの。けどほら、そうしたら正式に本当に本物のニーナのおにーちゃになれるのよ? さあ、世界の半分とニーナのおにーちゃの権利をあげるから、ああああああたしとけけけけけけけ契約して魔王神官になってよ!?」
と、その時――
教会の鐘楼から正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。
ステラがぷいっと背を向ける。
「は、はーい終わり! 終了よ」
彼女の背中に俺は訊く。
「魔王様、いったい何が終了したのですか?」
「今日は四月一日。エイプリルフールっていうのが人間の世界にはあるんでしょ? この前、アコに教えてもらったのよ。もちろん嘘じゃないかカノンにも裏を取っておいたわ」
言われて俺もはたと気づいた。
神学校で学んでいた頃は、四月一日によく先輩やらからSATSUGAI予告の手紙など届いたものだ。
出来もしないことを冗談で済ませるつもりらしいのだが、社会に出て大神官となり魔王城前に赴任してからというもの、曜日の感覚がなくなり今ではカレンダーにすら疎くなってしまった。
「ああ、今日はエイプリルフールだったのですね」
そして嘘をついて良いのは午前中までだ。
少女は尻尾をぐるんと回転させた。
「そういうことよ! ふふん♪ まさか魔王からプロポーズされるなんて思わなかったでしょ?」
「ええ、驚きました。ただプロポーズにしては少々、ロマンチックさに欠けていたかと」
「しょ、しょうがないじゃない! 嘘だもの。嘘プロポーズだもの!」
やたらと少女は“嘘”を強調した。
「ですが魔王様。嘘とはいえプロポーズは男性からするものではないのでしょうか?」
「そういう決まりは別にないでしょ。誰かを好きになるっていうのは、もっと自由であっていいと思うの。ううん、恋愛は自由であるべきよ」
力説する彼女だが、俺の背後で大神樹の芽が光ると、案山子のマーク2が蘇生魔法を自動展開した。
さまよえる冒険者の魂――アコとカノンが復活する。
どうやらステラの言葉の最後の方が聞こえていたらしい。
恐る恐る振り返るステラにアコが投げキッスとウインクでアピールする。
「ステラさ~ん! 愛してるよ今すぐボクと結婚しよう!」
勇者アコの隣で神官見習いのカノンが眼鏡のレンズを光らせた。
「ではさっそく教会を探さないといけないでありますな」
「教会ならここにあるじゃないか!」
「おお、さすが勇者殿」
「抜かりはないさ。さあステラさん! ボクの花嫁さんになってよ!」
ステラが涙目になって俺にすがりついた。
「ちょ、ちょっとセイクリッドなんとかしてちょうだい!」
「良かったですね魔王様。お二人が結ばれれば世界も平和になりそうですし」
嘘から出た真の体現者となった魔王様に幸アレ。




