【番外編】バレンタイン イン ザ 「教会」
教会が認定する聖人の一人に、チョコレート菓子を生み出したパティシエがいた。
名をバ・レンティンという。歴史的偉業を成し遂げた者は、たとえ聖職者でなくとも聖人にしてしまうあたり、適当なものだ。
聖人バ・レンティンの生誕を祝う2/14は、特別な一日である。愛する人に贈り物をするのだ。
愛する人という定義も様々だが、いつのまにやら女性から男性に告白しチョコレートを渡す日になって久しかった。
王都の菓子職人ギルドが始めたお遊びも、五十年もしないうちにすっかり定着した年間行事である。
教会では救いを求める男性たちに、シスターが教会の鐘楼の上からチョコの焼き菓子を撒く催しもあり、賑わうのだが……。
魔王城前の教会においては、そういったことは行われる予定がなかった。
今日も今日とて、どこぞで死亡した勇者御一行様が蘇生待ちである。
「蘇生魔法×3」
アコ、カノン、キルシュの三人が大神樹の芽の前で、その実体を取り戻した。
黒いショートヘアを揺らして、子犬のように勇者アコが俺の元に駆け寄る。
水を掬うように手を前に出すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ねえねえセイクリッド! チョコちょうだい! ぎぶみーちょこれーと!」
「おお、死んでしまうとは情けない」
「いやいや、照れなくてもいいじゃん! ほらセイクリッドは、ボクのためにとっておきのチョコレートを用意してくれてるんでしょ?」
キラキラした瞳でアコは俺の顔をのぞき込んだ。
「落ち着いてください。今日は確かに聖人バ・レンティンの生誕日ですが、なにか前提からして間違っていませんか?」
「え? なにも違わないよ。今日は教会に行くとチョコがもらえる日でしょ? 気合い入れて死んできたんだよ!」
チョコレート欲しさに死に戻るんじゃない。
「いいですかアコさん。今日は愛する人にチョコレートを贈る日です」
「ボクに対する愛は無いっていうのかい!?」
「そうは言いません。が、どうしてアコさんはもらう方なのでしょうか? 通俗的には女性から男性にチョコレートをプレゼントする日なのですが」
アコは胸を張った。
「ボクはなぜか教会に行くとシスター様からチョコレートをめぐんでもらえたよ! 子供の頃からずっとね!」
着痩せするとはいえ、アコの胸元はふっくらと膨らんでいる。
が、言動や行動に髪型などなど、彼女はとても少年らしくもあった。
「アコさん……ずっと男の子と思われていたのですね」
俺は溜息交じりに、講壇の裏手から黒い雷鳴の名を冠するチョコ菓子を、勇者アコに手渡した。
「うあああい! やったー! ボクこれ大好きなんだ! ありがとねセイクリッド!」
お礼とばかりにアコは俺に投げキッスを放つ。と、するりと隊列を入れ替えた。
続くは眼鏡にキャスケット帽をかぶった神官見習いカノンである。
「あ、あの、セイクリッド先輩……」
彼女はもじもじと膝頭を擦るようにしてうつむいた。時々、俺を先輩と呼ぶのも彼女が俺と同じ神学校の生徒だからだ。
「どうしましたカノンさん?」
「先輩の……いえ、とある卒業生の残した伝説なのでありますが、この時期、下駄箱にチョコレートと手紙が入りきらないほど詰め込まれて、専用の受け取りボックスがあったというのは……ほ、ほ、本当でありますか?」
俺がエノク神学校に在学中、手作りチョコという名の毒物やガラス片入りに呪いコーティングがされたチョコレートらしき何かと、果たし状や不幸の手紙のセットが大量に送りつけられたというのは、紛れもない事実だった。
そこまで恨みを買うつもりはなかったのだが、人間、どんなささいなきっかけで敵を作るかわからないものだ。
「そんな話もあったかもしれませんね」
「やっぱり! ああ、伝説は本当であったのでありますな! え、ええとぉ……こ、これはその……別にそういった伝説とは関係ないでありますが……うう、や、やっぱり恥ずかしいであります」
だんだんとトーンダウンする後輩だが、彼女の背後にもう一人、元暗殺者がニッコリ目を細めて待っていた。
手にした傘でカノンのお尻をツンツンすると「あひゃ!」と奇妙な声を上げて、眼鏡の少女は鼻息でレンズを曇らせながら、俺にラッピングされた小さな包みを押しつけるように手渡した。
「ぎ、ギリであります! 日頃からお世話になっているので!」
「なるほど。ありがとうございます。本日の蘇生代金……もとい、善意の寄付として受け取らせていただきますね」
「そんなぁ~」
今回は恐らく計画的全滅だろう。勇者御一行様が文無しなのは、財布の中身を確認しなくてもわかるようになってしまった。
そんな自分になんて、なりたくなかった。
最後に片眼隠れの前髪を揺らして、黒を基調としたゴスいドレスの少女――キルシュが俺の前に立つ。
「トリカブトとかフグとか色々と、たっぷり仕込んでおいたので是非食べて死んでください」
黒地にドクロマークのラッピングも禍々しい小包を、彼女は俺に手渡して嬉しそうに口元を緩めた。
「さすが暗殺者の手作りですね。ただ、毒入りと宣言するのはいかがなものかと」
解毒魔法をかけながら食べる必要がありそうだな、これは。
勇者御一行様を最寄りの町に転移魔法で帰すと、今度は教会の正面扉が外から豪快に開かれた。
魔王ステラが妹と女騎士を引き連れてやってくる。
「セイクリッド! 今日はいつもご馳走になってるから……お、お返しをお見舞いしに来てあげたわよ! 感謝感激してむせび泣くといいわね!」
なだらかな胸を張る魔王様は、尻尾を激しくブンブンと振っていた。
「これはこれは、ようこそ教会へ」
胸に手を当て恭しく一礼すると、ステラは「そういうのいいから!」と声を上げる。
「は、はい。これ……な、なんていうかええと、お世話になってる気がする相手にその、チョコを上げるんでしょ? 人間の世界だと。今、流行りの焼きチョコよ! 地獄の業火に身を焦がすがいいわね。ちょっぴりビターな大人味よ」
包みはピンクでリボンまでついて可愛いが、焦げた臭いが漂っていた。ああ、魔王様。炭化させたチョコはビターとは言わない。
貴方の手作りチョコレートは、貴方の周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。製作の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。
なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべて、魔王様は女騎士ベリアルにバトンタッチした。
「べ、別にきさまには世話になってなどいないが、まあ、隣人のよしみというやつだ」
どこで調達してきたのか、ベリアルが俺に渡したのはチョコレート風味のリキュールだった。
「おや、珍しいものをお持ちですね」
が、やけに瓶が軽い。
「あ、甘ったるすぎて飲めたものではないからな!」
開封済みだった。しかも半分飲んだ後である。試飲にしたって飲み過ぎだろうに。
魔族のプレゼントに関する感覚は、人間のそれとは違うらしい。
が、大人しく受け取ると俺は会釈でベリアルに返した。
「ありがとうございます」
「人間の世界では、来月三倍とも聞いたからな。その……また飲みに……」
ステラとニーナがいる手前、ものすごく小声だが俺は「はい」と頷いた。
ほっとした表情でベリアルも引き下がる。
最後に残ったのはニーナだった。
「セイおにーちゃ! ニーナね! チョコ作ったのー!」
それがたとえ泥んこだろうと、こちらには食べる用意がある。
「まさか、私にくださるというのですか?」
俺は目線の高さを合わせるように床に膝を着いた。
ニーナは青いラッピングに金色のリボンが施されたチョコの包みを俺に渡す。
「うん! ぴーちゃんに教えてもらって、ステラおねーちゃといっしょにつくったから。だけどニーナね、焼きチョコはできませんでしたから、おねーちゃのよりちょっとものたりない? かもなのです」
「ありがとうございますニーナさん。そのままのニーナさんでいてください」
なるほど、魔王城の面々にバ・レンティンの行事を吹き込んだ犯人、私わかっちゃいました。
メイドゴーレム――ぴーちゃんの暗躍によるものか。
チョコのレシピもしっかり者のメイドなら、おかしなことにはなっていないだろう。
こうして、俺のバ・レンティンは無事終了した――
かと思ったその時。
「セイくん毎年まともなチョコもらってないでしょ? まったくお姉ちゃんなヨハネちゃんがいて本当によかったわね!」
大神樹の芽が光り輝き、教皇ヨハネ(ゴーレムボディ)が全裸で姿を現した。
全身にチョコレートコーティングをして、リボンラッピングで肝心な部分を隠して舞い踊る教皇の姿に――
「ちょ! セイクリッド! 姉弟でそんな儀式するなんて悪魔的すぎるわよ!?」
「全裸コーティングリボンラッピング……恐ろしい。人間とはこうも恐ろしい生き物なのか」
「わああああ! ヨハネちゃんチョコレートになっちゃったぁ! かっこいいなぁ」
家族からのチョコをダイナミックにプレゼントされて、俺の心は折れていた。
番外編でした。時系列的には、セイクリッドの語尾に♥もついていないのでシーズン7より前という感じで。




