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クラウディアの決断

 この世界には希に、呪われた武器や防具が存在する。


 それらは装備した人間を麻痺させたり、敵味方の区別がつかない狂戦士にしてしまうなど恐ろしいペナルティを科す一方で、普通の装備にはない莫大な力を与える諸刃の剣だ。


 俺は大神官として、これまで無数の呪いに触れ、解呪を成功させてきた。


 それら呪われた武器防具の力とは、元の装備品の性能というよりも、掛けられた呪いの怨念や情念といった感情が威力の根源だったのだ。


 実際、解呪に成功した装備品はただのガラクタに成り下がったり、場合によっては消滅さえしてしまう。


 これを人間に適応できないかという可能性を俺は学生の頃に着想して以来、密かに研究し続けてきたのだ――




 王ディションの最終決戦は、大軍の激突ではなく候補の一対一という形に収束した。


 マーゴは左手に拡声魔導器を手にしたままだ。右手首を軽くスナップさせてニーナに「かかってこい」と挑発する。


 ニーナはついに自らの拳でマーゴに立ち向かった。本来なら闘争を好む性格ではないのだが、ニーナ自身の格闘センスは抜群である。


 マーゴを翻弄するニーナだが、問題は王印紋の状態だ。技術的にはニーナが上でも、マーゴの支持率、あの男への祈りの総量は莫大で、ニーナはその半分にも満たない力で戦いを挑んでいる。


「すばしっこいけど余裕余裕。ま、大人が子供に本気出すとか、かっこ悪いし多少はね」


「えいえいっ! えい!」


 ニーナの打突三連を王子は右手一つで軽々とあしらう。


 その間に、俺は自分自身に常時展開している呪詛返しを一つずつ解除していった。


 リミッター解除に時間がかかるのも、それだけ強固な……そう、魔王の呪いすら跳ね返すほどの防御魔法ゆえにだ。


 24時間、俺が眠っている間も効果を発揮するこの力を維持するために、俺は自分自身が持つ魔法力の総量の、半分以上を充てている。


 ニーナの蹴りも突きもマーゴには届かない。俺も力の解放に集中するあまり、動けずにいた。


 届かぬ拳にニーナはそれでも諦めない。幼女を文字通り子供扱いして、ニーナのおでこをマーゴがぐいっと掴む。


 ニーナはその場で両腕をぐるぐると回した。ポカポカパンチはリーチの差が圧倒的すぎて、これもまたマーゴにかすりもしなかった。


 拡声魔導器を手に、青い瞳を細めて王子が宣言する。


「ほらほら、やっぱり力が無きゃ守れないんだよ。ちびっ子を守ろうとした連中も、この通りってね。今はまだ、マーゴさまがこうして相手をしてあげてるからいいけど、もしこれが魔族だったらみんな死んでるから。やっぱさ……戦わなきゃだよ。ノルンタニアの惨劇は二度と繰り返しちゃなんない。そのためには王国民のすべての祈りをマーゴさまの元に結集して魔族を根絶やしに……」


 腕を振り回すのをやめると、ニーナはじっとマーゴの顔を見据えて呟いた。


「ニーナ怖くないよ。ほんとはケンカとかよくないし、平和がいちばんなんだよ。それをこわしちゃうほうが怖いよマーゴくん」


 今、こうして戦いながら戦うことを止めたいと願う幼女は、自分自身の言葉の矛盾に苛まれるかのように苦しげだ。


 その苦悩を理解不能とばかりに、マーゴは鼻で嗤う。


「はんっ? それってきれい事ってヤツっしょ。ニーナちゃんさぁ、王国にはノルンタニア事変で故郷を失った、かわいそーな人たちがいっぱいいるわけ。いくらちびっ子だからって、その人たちの気持ちくんであげないの? 嫁いだっていうシータ叔母さんだって、きっと天国で仇討ちを望んでるって。おれら王族がそれをしてあげなくてどーすんのよ?」


 ニーナが瞳をぱちくりさせた。


「シータって、ニーナのお母さん?」


「え?」


 王族の青い瞳がお互いを見つめ合う。


 そう――マーゴは知らないのだ。ニーナが誰の娘なのかを。彼女の親についての情報は教皇庁の……いや、おそらくヨハネの指示で秘匿されていた。


 王印紋が浮かんだ時点で、王家に連なる存在という証明には十分という理由で。


 それはニーナが、ノルンタニア事変を経て魔王の妹として育てられたことを隠蔽する意図もあったのだが、弱点は今、反転して武器になろうとしていた。


 ニーナの表情が幼女らしくもなく、引き締まり勇ましく立ち向かう。


「ニーナのお母さんね、助けてもらったみたいなの。ニーナがうまれて……死んじゃったけど。だけど、助けてくれたお父さんとお母さんと、大好きなおねーちゃがとっても、とってもよくしてくれたから」


 幼女は魔王の名前を出さなかった。つまりは、自分が置かれている状況を、彼女はきちんと理解できているのだ。


 理解してしまったのだ。


 途端にマーゴはニーナのおでこから右手を離して、幼女のぷにぷにほっぺを指でつつくように指さした。


「嘘つきはい、いけないんだぞ!」


「う、嘘じゃないもん! ニーナの家族はみんな、あったかいんだからぁ!」


 再び戦場に凛とした声が響き渡った。


 ニーナとマーゴのやりとりは、マーゴの拡声魔導器を通じて、古戦場東の橋にも届いていたのだ。


 精鋭の騎士たちも討ち減らされ、それでも奮戦する仮面の助っ人――ベリアルと、ぴーちゃんによって、クラウディアはまだ無事だったようだ。




「ニーナちゃんの言葉は本当です。知の試練を前に、王家の家系図についても学び直しました。家系図の空白となる部分はいくつかあったのですが、ちょうどシータ姉様に娘がいたとすれば、ニーナちゃんくらいの年齢で、家系図の空白部分が埋まるのです」




 勇の試練ではその信頼を失ってしまったが、知の試練においてトップの成績だったクラウディアの言葉は、大神樹の芽によって世界中に解き放たれた。


 これが指し示すことは、つまり――




「ノルンタニア事変で傷ついているのは、皆様だけではありません。ニーナちゃんもご両親を失ったのです。それでも前を向いて、平和のために尽くそうとしている。どうかみなさん、悲しみに心を奪われないでください。彼女と……ニーナ女王とともに、前に進んで欲しいのです」




 クラウディアの拡声魔導器を通じて、東側の劣勢が伝わってくる。




「そろそろ本気で殺してしまいそうだ……静まれわたしの殺意よ……」


「いけませんわ……けど、クラウディア様……そろそろ限界ですわね」




 聞き覚えのある声の後、クラウディアは宣言した。




「わたしはこの戦いから身を引き、自らの敗北を認めます。そして……これからは国民の一人としてニーナ女王に仕え、彼女の言葉に従うことを、今、王国民の皆様の前で誓います」




 古戦場東の戦いは終結した。このまま続けばベリアルが本気を出して、色々と出てはいけないところが出てしまいかねない、ギリギリのタイミングだ。


 クラウディア陣営を攻め立てていたマーゴ軍だが、結果的にクラウディアが敗北宣言したことで、誰が最大の戦功を上げたか大もめにもめるだろう。


 ある意味、一番の功労者はニーナなのだから。クラウディアはマーゴに対して敗北したのではなく、ニーナに恭順したのだから。

続きは午後八時頃に~

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