武の試練
最後の戦いは広大な古戦場で行われる。荒れた原野と河川に橋や丘陵など、地形は変化に富んでいた。
ルールについては大まかに言えば、参加者は死んだら自己責任だということが一つと、黒魔法や飛び道具の全面禁止であることが上げられた。
武器は刃引きが義務づけられており、近接打撃攻撃のみが許されるという。先代ハレム王によって「筋肉あっての王族」と、ルールの整備されたそうな。
クラウディアの趣味は前王譲りなのかもしれない。
勝敗を決める方法は、王候補が敗北を宣言するか気絶するか行動不能になった場合に失格となり、勝ち残った者が王位を得るのだ。
前の二つの試練の結果は、あくまで“武”の試練でどれだけの戦力を集められるかの試金石でしかない。
直近の調査による支持率はマーゴが76%でニーナが24%だった。ついにクラウディアは0%と、計測不能である。国民の祈りは、そのまま候補者自身の身体能力強化にもつながっていた。
マーゴは超人化している公算が高く、もはやクラウディアは、ほとんどただの人間だ。
さらに古戦場には、それぞれの候補の支持者たちが参戦するのだが、その規模においても財力と権力を動員した王子の有利は圧倒的だった。
試練を前に、マーゴが王国の各地に布告までしたのだ。
他の候補を討ち取った者には、身分に関係なく大臣と将軍の地位をそれぞれに与える――もし二人を倒せば兼任させる……と、つまりは女子供を倒して勝ち組になろうキャンペーンである。
これにはマーゴの派閥である貴族たちだけでなく、血気盛んな冒険者たちが一斉に流入した。
結果、マーゴ軍に参加した人数は正確な数字を把握できないほどの大軍である。古戦場の中央平野に布陣しているが、統率は皆無だ。それでも全軍の士気は高い。
開幕と同時に、ニーナかクラウディアか、どちらかの陣営に雪崩込み蹂躙するつもりだろう。
王候補の声が届くよう、拡声魔法の効果がある魔導器が用意されており、開戦を前にマーゴは自陣の最奥から戦場全体に向けて言い放った。
「あーあー。うむ、敵対する陣営に間違ってついちゃった人たちに告げる。これって国の未来を決める大切な戦いなわけ。ノルンタニアの惨劇を繰り返すな! っていう、正義の心に火がついた十万人が集結したんだよ。つーかもう、戦う前から勝負見えてるから」
盛っている事を踏まえても、数字の上でマーゴ軍は圧倒的だ。
「たった三百人とか千人とかで、どうやっって勝つ気か知らないんだけどさ……もし、冷静な判断できるんなら、そっちの王候補倒しちゃっていいから。そしたらさ、このマーゴさまに刃向かったことは許してあげるよ。裏切りじゃなくて、国のこと思っての行動しちゃっていいからね。もし上手くできたら、新たな王の名のもとに望みはなんでも叶えてあげるよ」
心理戦まで仕掛けてくるとは始末に悪い。ブラフだろうが、今の一言で揺らいだ人間もいるかもしれない。
と、西側から声が響いた。ニーナではなくアコの声だ。
「こっちはニーナちゃんを守るために集まった精鋭だからね! 裏切りものなんて出るわけないじゃ……あ! ちょっとキルシュなにしてんの!?」
あかん。何に目がくらんだのだろう元暗殺者は。ある意味、裏切りの暗殺で歴史に名を残すチャンスではあるのだが――
アコの声がさらに響いた。
「え? 裏切り者なの? ずっと様子がおかしい人がいたんだ。そ、そそ、そっかぁ。他の内通者は暗殺って……だめだめ殺すのはNGだから! え? 初めて殺すならセイクリッドがいいんだ。うん、も~しょーがないにゃー」
なにがしょうがないのかはさておき、キルシュが裏切ったと疑ってしまったものの、それは普段の彼女のフリーダムさによるところが大きいということを、ご理解いただきたい。
ともあれ、あちらの軍規は元暗殺者が見せしめをしたこともあって、引き締められたことだろう。勇者御一行様の手腕に期待するのは不安も多いが、たしか王立メイド女学院のOGこと、俺が育てたソルジャー世代が、メリーアン学長に率いられて「守り隊」に参加しているはずだ。
並の冒険者連中では歯が立たないだろう。戦いは数だが、メリーアンが指揮して統率のとれていないマーゴ軍を陽動、分断し、各個撃破戦術で減らしていくのは想像に難くなかった。
あちらは任せるとして、問題は最弱の我々である。
俺が指揮するクラウディア陣営は古戦場の東側、レーヌ川の支流にかかる大橋に布陣した。
橋脚は高く、レーヌ川からよじ登って橋の上を目指すには、それこそ城壁をよじ登るような労力が必要だ。
つまり敵は大軍をもって、正面から橋に雪崩込んでくる。一番乗りでクラウディアを倒せば、名誉職だろうと王宮に取り立てられるのだから、目のくらんだ連中が回り道だの橋を迂回して後背から回り込むということは考えにくい。
守り手側は、古戦場へと通じた橋の一面に戦力を集中させることができた。
要はここを死守できれば“負けない”という、シンプルな構図である。
クラウディアのために集まったのは、彼女の護衛を務めていた騎士たちを中心にした、およそ三百人。マーゴ側に人数を把握されているということは、内通者がいてもおかしくはない。
そこでクラウディアの周囲は特に彼女の信頼の厚い騎士たちでかためることにした。
橋の幅はおよそ十メートルほどだ。
入り口付近に俺が単騎で立つ。そんな俺の元に、最後尾から護衛の騎士を二人引き連れて、クラウディアがやってきた。
手には棒状の拡声魔導器を持っているが、それを護衛に手渡して俺の隣に立つ。
まっすぐ平野に視線を向けると、遠目にずらりと並ぶマーゴ軍の人だかりにクラウディアはブルリと震えた。
「今から、あの方々がわたしを殺しにくるのですね」
「殺されることはないでしょうが、そのような覚悟で臨まれるほうがよいかと思います」
震える手が俺の手を握った。
「どうか……わたしの願いを叶えてください」
俺は返答につまった。
クラウディアは勝利を願ってなどいない。彼女はニーナたちのために、囮になるつもりなのだ。マーゴ軍に統制はなく、参加者たちは“狩りやすい”であろう獲物目がけて殺到する。
たった三百程度の、支持率1%未満で0%と評価を受けたクラウディアの元へと、マーゴ軍は押し寄せる。
戦力分散でニーナたちの負担を減らそうというのだ。
「本当にそれでよろしいのですね?」
「はい……今のままでは支持率でもニーナちゃんは劣っています。ですが……今すぐにでもあのことを世界に問うべきではありませんか?」
俺はクラウディアの唇を立てた人差し指で封じた。
「こちらの数少ない手札です。それを切るのはもっとも効果的な場面が巡ってくるまで待ちましょう」
俺の言葉にクラウディア王女は黙って小さく頷いた。
間もなく、戦いの火蓋が切られる。
この古戦場に、上位魔族もゴーレムメイドもいなかった。




