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ニーナのきもち

 ベリアルの説得でニーナが戻ってきてすぐに、ステラたちには帰還魔法で魔王城に戻ってもらい、俺はニーナを連れて王都に跳んだ。


 魔王姉妹のこれからをどうするか? ステラはニーナに人間の世界で生きて欲しいと言ってはいるのだが、本心はずっとニーナと一緒にいたいというのは明白である。


 一方で、ニーナの気持ちについて俺はきちんと訊いていなかった。


 転移魔法で王宮にも近い貴族街にある教会に降り立つと、俺と手を繋いだままニーナがぽつりと呟く。


「おねーちゃ……どうしちゃったんだろ」


 物憂げで幼女らしからぬ大人びた表情に、俺の方が驚かされた。


「ステラさんはニーナさんのそばにいると、色々と危険なことに巻き込んでしまうと心配なのです。ところで……ニーナさんはステラさんと、血の繋がりがなかったことをどうお考えなのでしょう」


 俺も覚悟を決めてこの質問をぶつけた。ニーナがステラとの関係をきちんと理解できているかということも、確認しておきたかった。


「えっと……うんと……」


「おっと。失礼しました。ここでは落ち着いて考えることもできませんね。少し歩きましょうか」


「うん。おにーちゃとでーとだね」


 声に元気がないのがなんとも痛々しい。


 ニーナの手を取って貴族街にある噴水庭園へと歩く。歩幅はゆっくり小さく、ニーナが疲れないよう細心の注意を払った。


 ここは王ディションの結果を待ちわびてお祭り騒ぎな下町の喧噪が嘘のように静かだ。道行く人も馬車も普段の半分にも満たなかった。


 中には夜逃げ同然のように、もぬけの空になった貴族の邸宅もあった。マーゴが王になることに非協力的な、前王ハレムの側近や、それに近しい人々が住んでいたのかもしれない。


 俺は懐中時計で時刻を確認する。


「そろそろ三時のおやつの時間ですね。どこかのお店でお茶にしましょうか」


「う、うん。あのね、でーとの時は二人でにがーいコーヒーをのんだりもするんだって、ステラおねーちゃが言ってたの」


「まだ苦い珈琲はニーナさんには美味しくないでしょうから、紅茶にいたしましょう」


 ニーナを連れて手近なカフェを見つけると、二人で窓際の席のテーブルを囲み、紅茶で一息つくことにした。


 本日の特製カフェの気まぐれ日替わりお茶受けは、奇しくも丸くて彩り鮮やかなマカロンだ。


 沈みがちだったニーナが、ずらりと並んだマカロンに瞳を輝かせた。


「わああ! まんまるだぁ。ニーナね、マカロンだーいすき」


 このカフェのものではないが、マカロンは最初に魔王城への挨拶として贈った思い出深い品物だ。


 ニーナはピンクのそれを手にとって「いただきま~す」と、一口食べた。


 そして――


「あう……うう……おねーちゃぁ」


 いけない。ニーナのスイッチが入ってしまった。


 幼女のエメラルドグリーンの瞳が潤む。俺がすかさずハンカチを渡すと、ニーナは涙をぬぐってから、チーンと鼻をかんで俺に返した。


 どこかの魔王様と同じ行動だ。血は争わずとも姉妹の絆は何気ない普段の行動からも、感じることができてしまった。


 ニーナが鼻声で呟く。


「おいしいけど……ニーナはステラおねーちゃといっしょに食べた時が、いちばんおいしいなぁ」


 幼女から返却されたハンカチをうけとって、上着のポケットにしまうと俺はゆっくり頷いた。


「きっとステラさんも同じように思っているはずです」


「ねえ、セイおにーちゃ。どうしておねーちゃは、ニーナを嫌いになっちゃったのかな」


「嫌いだから遠ざけるというのではないのですよ。ニーナさんの未来を考え、守るための判断だったのです」


「ニーナを守る? そんなの変だよ。好きならいっしょにいるのが普通なのです。いっしょにいないのは、嫌いになっちゃったから……うう」


 カフェには他に客の姿はなく、店員たちはといえばニーナの姿をみて噂話を始めていた。


 王ディションの影響で一躍ニーナも時の人だ。もしかすれば、このカフェが王室御用達になるかもしれない。そんな話で店員たちは色めき立った。


 彼ら彼女らの目と耳もある。あまり込み入った話はしないよう、気に留めておこう。王候補が魔王の妹だと噂が立つのはよろしくない。


「ええとですね……ニーナさんが王様になったら、ステラさんが独り占めはできません。変な言い方になりますが、王様はみんなのものなのです」


「そっかぁ。じゃあ、おねーちゃはニーナをどくせんきんしほーしたかったの?」


「なんだか難しい言葉ですね。そういった法律は耳にしたことがありませんが」


 ニーナは椅子から腰を浮かしてテーブルに前のめりになった。


「あのねあのね、白い服の眼鏡のおじさんに教えてもらったの。ヨハネちゃんのとこにご挨拶? にいったときに、眼鏡のおじさんがね、ニーナが王様になるとみんな幸せになるって。だからニーナ、王様になるといいのかなぁ……って。みんな幸せだから、ステラおねーちゃもベリアルおねーちゃも、みーんな幸せになるって……あっ……でもだめだったかも」


 途中でだんだんとトーンダウンして座り直し、ニーナは食べかけのマカロンを小皿に置いて、しょんぼりと肩を落とした。


 俺がいないところで、白衣眼鏡が暗躍していた。


 大神樹管理局には、似たような風体の人間はたくさんいる。が、ニーナに接触したのは、知者の書塔で俺を待っていた開発部長のエミルカという男だろう。


 たしか候補者たちは、王ディションが始まる前に、教皇にそれぞれ拝謁する時間が設けられていた。


 ということはエミルカはニーナ支持を最初から決めていたことになる。王ディションが始まる前、教会もクラウディアを勝たせようと調整している中で、まるで現状を予測していたかのような得体の知れない気味の悪さだ。


 ニーナはうつむき気味に、半分になったマカロンをじっと見つめた。


「はんぶんこにして食べると二人でおいしいのに、もう、ステラおねーちゃとはんぶんこできないのかなぁ」


 人間と魔族。二人がそれぞれの王になれば、世界を半分こである。


 俺はニーナの食べかけのマカロンをそっと手にとった。


「今日は私と半分こいたしましょう」


 マカロンを宙に投げ上げて、上を向くとパクリと一口で食べる。


「わああ! おにーちゃすっごい! もう一回! もう一回!」


 行儀は悪いがニーナはこんなことでも喜んでくれた。


「あと一回だけですよ」


「うん! はい、はんぶんこ!」


 ニーナが黄色いマカロンを半分食べて俺によこす。もう一度、空中キャッチイーティングを披露した。


 ニーナの小さな手がパチパチパチと拍手する。


「セイおにーちゃは、ニーナを元気にしてくれるのです」


「心も体も、治癒治療は神官のお仕事ですからね」


「ニーナはすっごく元気になりました。けど、ステラおねーちゃは元気じゃないかも」


「ステラさんが心配ですか?」


「うん、だってニーナね、ステラおねーちゃに嫌われちゃって、だけどやっぱりステラおねーちゃのこと好きだから」


「では、いっそのこと、ニーナさんは王様になるのをやめてみてはいかがでしょう?」


 ニーナが王を目指すのは、管理局開発部長のエミルカに後押しされただけなのかもしれない。あとはその資格をたまたま持ってしまったが故に、周囲の人間の期待を敏感にニーナが感じ取っていたに過ぎない……のであれば、ステラのために王になるのを断念するというのも、ニーナの判断としてはあり得ることだった。


 だが、幼女の金髪はふるふると左右に揺れた。


「マーゴくんってニーナからみても、だめだめだからなぁ。王様させちゃだめな気がするのです」


「なるほど。ニーナさんもそう思われますか」


 ニーナはステラばりに腕組みをして、うんうんと二度、頷いた。


「お酒がなくなったら、ベリアルおねーちゃの、よくぼーのはけぐち? が、なくなっちゃいますから。きぐろーがたえないのに、お酒が飲めないなんてベリアルおねーちゃ悲しみます。あと、セイおにーちゃはいいけど、教会の人はみんなお洋服着たほうがかっこいいし、それに、まぞくとにんげんの争いは、ないほうがいいなぁって……だって、セミーンかっこいいし」


 俺がなぜ服の件に関して例外的に全裸OKのようになっているのか、これがわからない。


 が、それ以外の部分――特に、マーゴの強行策によって魔族と人間の争いが拡大することを、ニーナは危惧していた。


 ニーナはまっすぐな眼差しで俺を見つめながら続ける。


「ステラおねーちゃも、ベリアルおねーちゃも、ハーピーもリムリムちゃんもまぞくでしょ。ニーナはにんげんだけど、ずっとずーっとステラおねーちゃたちと仲良くできたから、なかよしでいられると思いました」


 それは反面、ステラたちがずっとニーナを人間と魔族のハーフだと思ってきたからこそ成立していたとも言えることだ。


 まあ、もしニーナが最初から人間の娘だとわかっていたとしても、ステラは受け入れていたような気がしないでもないわけだが。


「そうですね。しかし……」


 俺の言葉を遮って、幼女は王のような言葉を紡いだ。


「にんげんだってまぞくだって、なかよくできない悪い子はいますから。そういう子はおしおきで、お尻ぺんぺんなのです。マーゴくんはクラウディアおねーちゃをいじめるし、悪い子だからどうにかしなくちゃいけないのです!」


 ぷりぷりとほっぺたを膨らませて幼女は怒ってみせる。


 つまりは種族など関係ないのだ。心優しき魔王に育てられたニーナには、種族の違いという偏見そのものが存在しない。


 一方で、魔族にせよ人間にせよ、その魔法力や財力権力を使って他者を虐げ傷つける存在には、この幼女は強い憤りを覚えるようである。


 ニーナが女王になった世界なら、平和が訪れるかもしれない。つい、そんな幻想を抱いてしまった。


 ともあれ“マーゴを王様にするのは阻止したい”という、ニーナの明確な意志は理解できた。教会の意向や誰かに押しつけられたのではなく、ニーナが自ずとそれを望み、今やマーゴに対抗できるのは自分だからと、幼女は言わんばかりだ。


 そして――


 息巻いたニーナはまたしぼんだ風船のようになってしまった。


「だけど、王様になったらもう、ステラおねーちゃとあえなくなっちゃうんだよね。ニーナに王様ちゃんとできるかわかんないけど……」


「大変ご立派ですニーナさん」


 マーゴが駄目人間だったことが、最終的にはニーナに決心をさせたことになる。


 ニーナにとっての誤算は、王様になったらステラたちと別れるということだが……いっそステラに魔王をやめさせて、魔王軍解体&ニーナ女王体制というのもありかもしれない。

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