聖職者のあそこカッチカチ
本日はメンテがあるそうなので早めの更新です
謁見の間から退室すると、庁舎の廊下で神官服姿の舞剣士――ラヴィーナが俺を待っていた。
「やっほーセイぴっぴ。なんか暗い顔しちゃってどーしたの?」
「これはラヴィーナさん。王宮のメイドのお仕事はどうなされたのですか?」
「うーん、転職? みたいな」
言いながらラヴィーナは俺の腕を抱くようにして肩を寄せた。
彼女は双子の妹であるルルーナを守るため、故郷を離れて教会の門戸を叩いた。が、そのあと教会の堅苦しい生活に嫌気がさして出奔し、旅の踊り子になったという。
「短期間にずいぶんと職を転々となされているようですね」
「いつも新鮮な気持ちでお仕事したいじゃん?」
追及はやんわりとかわされた。
教皇庁の職員たちと廊下ですれ違っても、ラヴィーナは俺にぴったりくっついたままだ。
「ご用件を伺いましょうか」
「こーやってセイぴっぴとずーっとくっついてたいかもかも」
「それは大変光栄なのですが、時と場所と状況によっては、周囲の皆様にあらぬ心配をかけることになってしまいます」
「んもー! 聖職者がお堅くなっちゃって」
ラヴィーナは俺から離れると背後に回り込んで肩を揉み始めた。
「ほーら、かっちかち。セイぴっぴってば、こんなに張り詰めちゃってもー。誰かを癒やすのがお仕事なのに、自分がこんなんじゃ救われた人が困るじゃん。自分を救うために辛いを思いをさせちゃったってさ」
まもなく庁舎の中央ロビーというところで、俺は足を止めた。
じんわりとラヴィーナの温かい手の温度が伝わってくる。
「もしかして、私を慰めてくださっているのですか?」
「ん~どうかなぁ。アタシってむずかしーことわかんないんだよねぇ。けど、セイぴっぴってもっと自由でいいと思うっていうか。ほら、脱いじゃえばいいんじゃない? 大神官のセイぴっぴじゃなくて、剥き出しのセイぴっぴ……みたいな?」
そう言うと、俺の肩からラヴィーナは手を離した。
「私の事をなんだと……おや」
振り返ると少女の姿は忽然と消えていた。隠密系の技術だろうか。やはりただの舞剣士ではなかったようだ。代わりに手紙の封筒が床にぽつんとおかれている。手に取って確認すると、それは俺に宛てられたものだった。
開封し、書面に視線を落とす。
手紙にはたった一文、今から大聖堂にこられたし……とだけ、ラヴィーナらしい丸っとした文字でしたためられていた。
月光が降る夜――人払いがされたかのように、大聖堂はがらんとしていた。ステンドグラスに彩られた祈りの広場に、月明かりが射す。
赤いカーペットの先で、光を浴びるように金色の髪を輝かせて、少女が独り祈りを捧げていた。
クラウディアだ。“勇”の試練のあと、彼女を元気づけようと付き添っていたのだが、ずっと少女は「ごめんなさい」と、謝罪の言葉を繰り返すばかりだった。
静寂が満ちた聖堂内で王女は祈りを大神樹の芽に捧げる。声を掛けることをためらいそうになったが、ラヴィーナの手紙が俺の背を押した。
「静かな夜ですね。クラウディア殿下」
少女の背中がビクンと反応する。
「これは驚かせてしまったようで。失礼いたしました」
立ち上がり振り返った少女に、俺は自分の胸に右手の平を添えてそっと一礼する。
「セイクリッド様……どうしてここに?」
「これも光の神の思し召しでしょう」
試練から時間をおいたこともあって、クラウディアも冷静さを取り戻しつつあるようだ。
ようやく「ごめんなさい」以外の言葉を聞くことができて、安堵した。
「少しお話しませんか?」
「は、はい。わたしもセイクリッド様にお伝えしたいことがあったんです」
赤いカーペットを祭壇のある奥へと向かって進み、長椅子の最前列にクラウディアを掛けさせてから、俺もその隣に座る。
青い瞳が潤んで俺に訴えかけてきた。
「伺いましょう」
クラウディアは一度視線を自身のお腹のあたりに落とすと、ゆっくり頷いた。
「わたしの願いを聞き入れてほしいのです」
「私はクラウディアさんの味方です。どのような願いも叶えてみせましょう」
「でしたら……どうか、ニーナちゃんを女王様にしてあげてください」
利他的な第十三王女らしい提案だ。
「教皇聖下からそういったことを命じられたのでしょうか?」
「これはわたしの考えです」
少女の青い瞳から弱々しい光が消えた。強い意志をもって彼女は俺の言葉を眼差しで否定する。
「ニーナちゃんはまだ幼いですが、わたしよりもずっと王に相応しい大きな器を持っています。大人になれば、きっと良い女王様になると思うのです」
「だから御自身は身を引くと仰るのですか」
「三つの試練が始まる前に、教皇聖下に拝謁した時から……もし、わたしが試練に打ち勝てないと判断された時には、ニーナちゃんの支援に注力していただくよう、お願いしました。それを参加の条件にしたのです」
「……そういうことでしたか」
初耳だが不思議と納得できた。先ほどのヨハネの態度にも合点がいく。思慮深いクラウディアは、本来なら参加そのものを辞退していてもおかしくはない。教皇と王女の間に密約が交わされたからこそ、彼女はこの試練を受けたのだ。
「あの……セイクリッドさま……ずっと黙っていて……ご……ごめんなさ……」
謝罪の言葉を言い終える前に、俺は人差し指でそっと彼女の唇に触れて止める。
「もう大丈夫ですよ。安心してください」
月光の降り注ぐ中で、少女の頬が赤らんだ。
「は……はい……これ以上、わたしが謝ってもしかたないですよね」
「しかたないだなんて仰らないでください。よく正直にお話になってくださいました」
「では、三日後の最後の試練では、セイクリッド様はニーナちゃんについていただけるのですね?」
“武”の試練は陣営同士の総力戦だ。俺がニーナにつけばマーゴがどれだけの手勢を率いようとも、皆殺……もとい全員KOした上で、マーゴにこれ以上無い恥ずかしい倒され方をお見舞いすることも可能である。
王ディションに限っては、王族に対して堂々と物理的接触が可能なのだ。
一方、クラウディアは“勇”の試練から逃げ出し、王印紋の力は弱いままだ。
ニーナとマーゴの強化された王印紋を相手に、直接対決など挑むべくもなく。クラウディア自身も筋肉好きだが戦いとは無縁で、誰かがそばにいて守らなければ、決戦開始直後に倒されてしまわれかねない。
護衛の騎士団も分が悪い。マーゴの息のかかった軍閥からの圧力もあって、もしクラウディア陣営に組みして敗北し、マーゴが王になった場合には騎士たちは裏切り者扱いされかねないのだ。
いったい何人の騎士が負け戦であるクラウディアの元に集うだろう。教会の後押しがあったとしても、マーゴが勝てばその教会の影響力は大幅に低下するのが目に見えている。
ならばいっそのこと、教会からの招請依頼を拒否しようという護衛騎士がいてもおかしくはない。
クラウディア自身も敗北を望み、希望をニーナに託そうとしていた。
俺はクラウディアの手を両手で包むように握って微笑む。
「申し訳ありませんが、クラウディアさんの願いは叶えられません」
「そんな……なんでも叶えてくださると言ってくださったではありませんか。それに、ニーナちゃんも女王になりたいと言ってますし、まだ小さいのにとてもがんばってます」
哀しげに潤む青い瞳を、俺はじっと見つめ返す。
「実は……まだニーナさんは自身が女王になることの意味を、きちんと理解できていないのです」
一瞬、クラウディアはキョトンとした顔になった。
「セイクリッド様、それはいったいどういうことでしょうか?」
クラウディアはニーナの姉が魔王だということを知らない。知る必要もないだろう。
「ニーナさんには大好きな姉がいるのです。が、彼女のお姉さんはある理由から、どうしても故郷を離れることができません。ニーナさんは恐らく、自分が女王になれば家族みんなで王都に移り住めると思っているのです」
「それができない……と?」
「はい。移り住むどころか、ニーナさんが女王になれば、もう二度と故郷に戻ることは許されなくなるでしょう。詳しくはお教えできません。こればかりはどうか、ご容赦ください」
俺に手を握られたまま、クラウディアは大きく首を左右に振って金髪を振り乱した。
「そんな! わたしの方こそセイクリッド様に打ち明けられなかったのです。どうか、御自身を責めるようなことは仰らないでください」
そう言い終えてから少女は「……では、ニーナさんが女王になるのは……」と、思い詰めたように言葉を途中で呑み込んでしまった。
「正直に申し上げて、私自身もニーナさんが女王になることに関しては……迷っております」
幼女王誕生は、つまりは魔王姉妹の仲を引き裂くということだ。反面、このまま魔王城に人間であるニーナを監禁し続けることが、本当に正しいのかわからない。
が、俺は言葉を続けた。今、目の前にいて迷える子羊も等しく救わねばならない。
「ですが、クラウディアさん……たとえ貴方が望もうとも、貴方を見捨てるようなことは私にはできないのです」
「セイクリッド様……」
少女の方から俺の手を握り返す。
「もちろん私にできることなど限られております。ですが傲慢にも、私はせめて手の届くところまでは守りたい。偽善者と言われようとも、これまで神官を務めてまいりました」
クラウディアの視線が熱を帯びた。
「謙遜しないでください。ご立派な腹筋と志しをお持ちになられた大神官様です」
「でしたら……この腹筋にかけてお守りします」
と、誓いを立てた俺の手をクラウディアはそっと解放した。
「はい。どうか守ってください……ただ」
「ただ……なんでしょう?」
「ええと、その……わたしが言うなんておこがましいですが、セイクリッド様とわたしはその……共通点というか少し似ているところがあります。あの、は、裸が好きなところと……」
いきなり何を言い出すんだこのお方は。唖然とする俺に少女は告げた。
「誰かのために思い悩み迷うところです」
「私はクラウディアさんほど優しくはないですよ。時には勇者が相手だろうと厳しく接しますし、魔族にお引き取り願う時など、ややもすれば強引ともとられかねない行動に出ることだってしばしばです」
俺は無制限に優しいということはない。そこはクラウディアと大きく違う部分だ。時に説得(物理)など、大神官流の交渉術を講じて、こちらの要求を相手に呑ませたりもする。
クラウディアは目を丸くしてから、ぷぷっと小さく吹き出した。
「ご、ごめんなさい。ええと……そうですね。けど似てると思います。どうか迷った時には、セイクリッド様の心の赴くままに行動してください」
「ご安心ください。普段からそのように心がけずとも行動しておりますから」
信念や信条で行動を律するからこその大神官だが、時には行きすぎて己を縛ることもある。
守るべき人――クラウディアに心配されてしまうあたり、俺もまだまだ神官として未熟だな。
ただ、迷った時には自分の心に従うという、大切なことを思い出させてもらうことができた。
「ありがとうございますクラウディアさん」
「ええと……お礼を言いたいのはわたしの方で、お礼をしていただけるようなことなど……セイクリッド様にご迷惑をかけてばかりで……けど、もしお役に立てたのなら嬉しいです」
やっとクラウディアも上を向いて歩けるようになったようだな。




