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孤独の幼女

 マーゴが腕につけた魔導器は、平常時から何一つ変わっておらず、彼の勇気……というか、鈍感さが証明された。


 減点ゼロである。幼いニーナと臆病なクラウディアにはつらい展開だ。


 そんなこととはつゆ知らず、幼女は階段をタッタッタと降りていった。


 魔導器のついた右腕を掲げて、何か歌っているようだ。さすがのルルーナも、その歌の歌詞を唇の動きから読み取ることは難しいだろう。


「……お……にい……ちゃ……わ……おねー……ちゃ……だい……す……け……べ……♪」


 このように、上手く読み取ることはできなかった。


 だが、一曲歌い終えたあたりで立ち止まり、幼女は来た道を振り返る。


 もう入り口はすっかり見えず、通路に備え付けられた魔力灯だけが足下を照らしているばかりである。


 暗く、独りぼっちで、寂しい地の底だ。


 それでも意気揚々と階段を降りていったニーナだが、一段また一段と階段を降りる度に元気は失われ、しょんぼりと肩を落として、しまいにはうつむいてしまった。


 表情を見れば、幼女が暗闇を恐れて心細くなっているのは一目瞭然だ。


 ニーナの応援席に目を向けると、アコたち勇者御一行様を中心に「がんばれニーナちゃんがんばれ!」と、誰もが祈りを捧げていた。


 もしやと思うが“最後の教会”のステラたちまで、ニーナに祈ってはいないだろうか。


 クラウディアを勝たせるのが、ニーナを守るためだと理屈はわかっていても、今こうして試練に挑む幼いニーナの無事を神に願うのは、仕方の無いことだ。


 俺とルルーナは内情を盗み見ているからこそ冷静な部分もあるが、遠く離れた魔王城では、ステラが愛する妹の安否を想っているかもしれない。


 そして――


「ニーナちゃんがんばれ……がんばれ」


 俺は心の中で頭を抱えた。クラウディアまでニーナの無事を祈っている。


 これでクラウディアの支持率が下がり、ニーナが爆上げしようものなら本末転倒である。


 競争相手にすら心配されるとは、かわいいは脅威。ニーナ恐るべし。


 地上の出来事を知る術のない幼女は、ついに薄暗い闇の底へとたどり着いた。


 王族の棺が安置された空間の中心には、台座があり王の錫杖が掛けられていた。


 室内を月光のように満たす魔力灯に照らされて静かにたたずむ錫杖を見るや、ニーナはその場で万歳しながらピョンピョン跳ねる。


 どうやら無事、試練を乗り越えられそうだ。


 台座の上にニーナがよいしょと登壇した瞬間――


 空間がぐにゃりと歪み始めた。


「ルルーナさん。ちゃんと映してください」


「……やってる」


 映像が乱れた時には、軽く叩くと直るという民間伝承があったりなかったりもするのだが、ルルーナはペチペチと水晶玉を叩いた。


「……正常なはず」


 となると、本当に空間に歪みのようなものが発生しているのか?


 マーゴの時には何も起こらなかったというのに……まさか、誰にも気づかれずマーゴが罠を仕掛けた?


 俺が席を立とうとすると、ルルーナが袖をぐいっと引っ張った。


「こうしてはおれません」


「……待って。ニーナちゃんなら……きっと乗り越えられる」


 ルルーナの瞳から光がフッと消えて、その眼差しは何者かが乗り移ったかのように、虚ろなものになっていた。


 再び水晶玉をのぞき込むと――


「わあああ! セミーンだああ!」


 続けてニーナの言葉を唇を読むではなく、小声でルルーナが淡々と復唱した。その口振りは滑らかだ。


 幼女に人気の魔族ランキング(家族友人知人以外)ナンバーワンの、セミ魔族が蜃気楼のようにニーナの前に浮かび上がった。


 それだけではない。


 ステラやベリアルに、俺が見たことがない鳥人風の魔族の姿が忽然と現れたのだ。


 両腕が翼になっている猛禽類のような姿の少女だった。白いフクロウかミミズクという姿だが、空間の歪みもあって表情まではわからない。


 あれがハーピーなのだろう。


「おねーちゃたちもきてくれたの? よかったぁ……ニーナほんとは、きのうはずっとさびしくて、ステラおねーちゃにあいたいなぁって思ってたからぁ」


 幻影たちがニーナを取り囲む。それはステラたちだけではなかった。


 地上で応援しているアコたち勇者パーティーや、ラヴィーナ&ルルーナの双子姉妹。ぴーちゃんと案山子のマーク2に、王立メイド女学院の学長であるメリーアンとメイドたち。


 果ては教皇ヨハネの姿まで現れた。ついで程度にピッグミーの姿まで見られる。


 これまでニーナが絆を育んだ人々が、墳墓の地下空間狭しと集まったような格好だ。


 そして――


「あれ? セイおにーちゃも来ちゃったの? だ、だめだよクラウディアおねーちゃの応援団長さんなんだからぁ」


 少女の前に白い影が立つと、ゆっくり膝を着いて視線の高さを合わせ微笑みかけた。


 俺である。ええい、ニーナに近づくなこのロリコ……。


 しかし、俺も無意識のうちに祈ってしまったのだろうか。ニーナが王になることは、魔王城の玉座に封じられたピッグミーなど、知らないはずである。


 となると、これらは俺やステラたちの想いが具現化したというよりは、ニーナ自身の心の中にある光景なのかもしれない。


 なぜならセミーンが、ニーナの理想とする「光属性のセミーン」だからだ。実際のセミーンは普通の上級魔族である。


 思わぬところでの大集合に、ニーナは両手で自分のほっぺたを包むようにして困り顔だ。だが、先ほどまでの心細くて不安な表情が、嘘のように明るくなっていた。


「じゃあ、みんな見ててね。ニーナはがんば……え? なんで? みんなもう会えないの? ニーナが王様になったら、ニーナのことおいてっちゃうの?」


 俺の姿をした幻影が幼女の耳元で囁くと、途端にニーナの瞳が涙に濡れた。


 そして、一人、また一人と、ニーナを取り囲んだ幻影たちが闇に溶けて消えていく。


「いかないで! ニーナを一人ぼっちにしないで! ニーナは……ニーナは……ひとりになるのが怖いよぉ。ステラおねーちゃ……ニーナをひとりにしないでぇ」


 俺も駆け出しそうになる自分をこらえる。これが“勇”の試練の本当の姿なのかもしれない。


 文献などで調べても、この“勇”の試練だけは表記がまちまちで得体の知れないものだった。


 恐らくは、候補者が恐れるものを見せつけられるのだ。


 マーゴの時に何も起こらなかったのは、彼には怖い物などなにもないということの証左である。


 ニーナの前からアコたちも消え、セミーンも消えてしまった。


 俺の姿やベリアルにハーピーも消え失せて、最後に残ったのは姉妹だけだ。


「おねーちゃ……おねーちゃああああ!」


 その場にぺたりと座り込んで涙で声を涸らしている……であろうニーナ。ルルーナの声が淡々とニーナの言葉を紡いでいく。


 ステラの幻影はニーナに背を向けて、フッと消えてしまった。


 闇の中、独り取り残されたようなニーナに、誰も手を差し伸べることはできない。


 が、これでいいのかもしれない。ここでニーナが脱落し、クラウディアに反マーゴの勢力を集中させることができれば――


 今日の出来事がニーナにどれほどの心の傷を負わせるだろうか。理性ではなく、心が立ち上がれと俺の身体を動かした。


「すいません。私はニーナさんを迎えに行かなければなりません。あのような邪悪で趣味の悪い試練の中に、彼女を独り、置き去りにするようなことは……」


 ルルーナは再び俺の服の袖を掴んで止める。信じられないほどの握力というか、膂力で俺を押しとどめた。


「……大丈夫……見て」


 占い師の掲げた水晶玉の中で、幼女はゆっくりと立ち上がった。


「そっかぁ……きっと、ニーナが甘えん坊さんだから……王様になったら、ひとりぼっちでもがんばらなきゃって……うん、ニーナがんばるね。みんな消えちゃったようにみえるけど、ニーナのこころのなかには、みんながいるから」


 立ち直った。というか、覚醒した……だと。


 涙を人差し指で払うように拭って、幼女は凛々しい顔つきで王の錫杖を掴んだ。


 彼女のお尻のあたりで魔法力が輝き爆ぜると、墳墓の闇を一掃するかのごとく、まばゆく地下空間を照らし出すのだった。

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