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怪しさは煙のように

 空が茜色に染まる頃、王ディションの初日は無事終了した。


 マーゴは王都の貴族街に構えた宮殿のような屋敷へと引き上げていき、俺はクラウディアを王宮内にある彼女の私室へとエスコートする。


「本日はよくがんばられましたね」


 並んで魔力灯に照らされた廊下を進み、部屋の前で立ち止まるとクラウディアはぽっと頬を赤らめた。


「これもセイクリッド様のおかげです」


「謙遜なさらずともよろしいですよ。もっと自信をもってください」


「そんな、わたしなんて……」


 もう少し自身に対して寛容にはなれないだろうか。いや、立場が人を創るということもある。


 王になれば変わることもあるだろう。今のクラウディアは誰かの要望に応えようと必死で、だからこそ不安定だ。


 上手く出来たという証明は、誰か他の人間からの承認があってようやく確認できたりもする。


 俺はその場に膝を折って跪いた。


「本日は最初の試練で一位になったお祝いとして、私に出来ることでしたらなんでもお申し付けください」


「あ、あ、頭を上げてください」


「私ではご不満でしょうか? さあ、なんなりと。命じていただけるまで、この場を離れることもできません」


 顔を上げて彼女の青い瞳を見つめる。おっとりとした表情が、焦りからか目が泳ぎ耳まで真っ赤になっていた。


「で、ではその……今日がんばったご褒美に……キ、キキキキ……」


「キ……なんでしょう?」


「筋肉を見せてください」


 キラキラと輝く瞳で少女はきっぱりと断言した。


 そのあと、俺はクラウディアの部屋に連れ込まれて、一時間ほど彼女の望む様々なポーズをとり、美術品のように鑑賞されたのだった。


 途中でノックをしてから「どうぞ」と返す間もなくドアが開き、どこかで見覚えのあるメイドがやってきた時に、ベッドの上でポーズを取った俺とメイドの視線がぴたりとあったおかげで、解放されたと言えなくも無い。


 そのメイド――バイト(?)中のラヴィーナは「へぇ~セイぴっぴノリノリじゃ~ん♪」と、にひひと笑って扉をそっと閉じた。


 誤解だ。誤解です。誤解ですからあくまで王女様の仰せのままにしただけですから。


 急いで神官服を着て廊下に出た時には、メイドの姿は気配共々消えていた。


 ともあれクラウディアの自信回復に繋がったか定かではないが、明日の“勇”の試練に立ち向かうための英気を養うことはできたようだ。




 クラウディアに「では、おやすみなさい」と一礼した後、城の廊下を出口に向けて歩き出す。ニーナも城内のどこかの一室にいるはずだ。幼女にとっては、初めての独りきりのお泊まりである。


 心細いに違いない。が、同じ教会公認とはいえ、クラウディア側についた俺がニーナに近づくのはあらぬ疑いをもたれそうだ。


 城内を歩くと、メイドたちの視線がなぜか俺に集中していた。私、犯人わかっちゃいました。


 こんな空気では、余計にニーナの元に様子を見にも行きづらい。


 回廊を抜けてホールに出たところで足が止まる。


 明日の試練の内容について、わかっていればクラウディアへのアドバイスもできたのだが、この“勇”の試練で俺にできることはなかった。


 調べられる範囲内で調べたところ、次の試練では大神樹の根元にある王家の墳墓にて行われるという。


 候補者は順番に墳墓に一人ずつ入り、そこで祖先の霊と対話して戻ってくるというものだ。


 要は肝試しだが、ただ心霊スポットに行って戻ってこいというのでは、試練にはならないだろう。とはいえ、そこで何が起こるかなど王族以外には知るよしも無い。


 ニーナは大丈夫だろうか。いや、ニーナが勝ってしまうのも困りものだが、薄暗い墓所に幼女を独り行かせるのは、あんまりと言えばあんまりだ。


 そういえば、ニーナの母親や出自について調べるのを忘れていた。こういった時、大神官という社会的立場はとても役に立つ。


 自然と、王宮内の蔵書庫に俺は足を向けていた。


 厳重に守られた書棚の森の中、いくつもある興味深い寄り道に何度か心を奪われそうになりつつも、俺は森を抜けて目的地――王家の家系にまつわる記録書を手に取った。


 そこでようやく、ニーナの本当の故郷を俺は知った。知ってしまった。


「ノルンタニア小王国……ですか」


 点と点が線で繋がった。魔族によって滅ぼされたノルンタニアから、王女シータだけが魔王城へと連れ去られたのだろう。


 たしかノルンタニアの先は魔族の領域だ。辺境での戦いで魔族が優勢になり滅ぼされたというのには、不審な点も多い。


 ノルンタニアのあった場所は、今や陸地が削がれて海水が流れ込み、巨大な湾となっていた。


 魔族が領土を欲しがるなら、土地もろとも海の底に沈めるのはおかしな話だ。


 そして、侵略した魔族もまた消えてしまっている。


 人々の間では、神罰が下り魔族や魔物たちをノルンタニアもろとも消し飛ばした……という噂もあるのだが、これに関して教皇庁は、大神樹からそのような奇跡を感知観測していない。


 先ほど確認した“知”の試練で、魔族についてのクラウディアの回答が頭をよぎった。


 極大級の黒魔法――


 “最後の教会”に勤務していると、まれによく見ることもあるのだが、レベル一桁の魔王であっても威力は恐るべきものだ。


 もし、先代魔王ルキフェルが全力で放てば、地図を書き換えるほどの威力になってもおかしくはない。


「念のため、七年前を調べてみますか……」


 蔵書庫では関連する資料になりそうな本はこれ以上見つからなかったため、俺は教皇庁へと赴いた。


 教皇庁の本庁舎の離れに建つ「知者の書塔」は、六階建ての塔全てが本を収蔵するために作られた巨大な蔵書庫だった。


 王宮内の蔵書庫ですら比べものにならない。ここに無い本は存在しないのではというほどで、あちらが本の森ならば、教皇庁の資料室は本の密林地帯の六段重ねである。


 教皇庁の職員や聖職者が遭難するという事件が、年に数回は起こるという迷宮だった。


 エノク神学校の学生なども利用可能だが、上層にある機密文書を確認できるのは、大神官か主任研究員以上と、資格を持つ者は教皇庁内でも数えるほどである。


 自動昇降する箱型の魔導器に乗って、最上階に出た。魔法力による認証をパスしてフロアに入ると、中央の広間に、こんな時間にもかかわらず先客の姿がある。


 白衣に眼鏡の胡散臭い研究員だ。その顔には見覚えがあった。


「おやおやおや、先日はどうもです。はい」


「貴方はたしか……マリクハで暴走した巨大ヨハネゴーレムのデータ収集をしていた方ですね」


 男は携帯灰皿を取り出すと、タバコに火をつけ紫煙をくゆらせた。この場にいる以上、主任クラスには違いないが……本の収蔵された場所で喫煙とはいただけない。


 研究者は目を細める。


「いやー。まさか事故でデータクリスタルが破損してしまうとは思いませんでしたよ」


 暗に俺への皮肉だろうが、気にせず俺はノルンタニアに関する資料を探し始めた。


 建ち並ぶ書棚を確認する俺の背中に、白衣の男は勝手に話しかける。


「そういえば自己紹介がまだでしたね、はい。いえいえ、セイクリッドさんのことは存じ上げておりますのでこちらのですよ。あなた有名ですからね色々と」


「それはどうも」


 と、適当に返す。男は「はっはっはぁ! そうツンケンなさらずともよろしいのに」と愉快そうに笑いながら名乗った。


「えー、ですからはい。わたしの方の自己紹介だけさせてください。大神樹管理局設備開発部長のエミルカと申します。セイクリッドさんのご要望に承認の判子を捺したの、このわたしなんですよ? ご挨拶の文案も、わたしが作っていますし」


 となると、邪険にもできないか。資料を探す手をとめて俺は振り返ると、小さく一礼した。


「これはこれは、その節はどうもお世話になりました」


「いえいえぇ。ご提案いただいた内容はどれも大変興味深く拝見しておりますです、はい」


 ぴーちゃん関連など、色々とバレているかもしれない。今日、ここで遭遇したのも偶然か疑わしく思えた。


 ともかくこの男――設備開発部長エミルカは存在そのものが虚ろで朧で、どうにも胡散臭いのだ。どことなくふわふわとした存在感なのに、臭いを残すところなどタバコそのものである。


「おっと失礼。自分ばかり……一本いかがで?」


「いえ、結構です」


 白衣のポケットから取りだしかけたシガーケースをしまわせて、俺は小さく息を吐く。


「それで、私に何かご用件でしょうか?」


「おや疑われているのですねぇ。偶然ですよ偶然。ここでの出逢いを仕組んだ者がいるとするならば、それはきっと光の神の思し召しということで、ここは一つ、はい」


 灰を携帯灰皿に落としてエミルカは笑う。が、作ったような表情だ。


 まだ半分は残っているタバコをもみ消して、男は俺に手を振った。


「さて、あんまりお邪魔をしてもアレですので、失礼しますね、はい」


 怪しい割りにはすんなり引き下がるのもまた、不気味に思えた。


 自動昇降機に向かう男の背中に俺はつい、声を掛ける。


「待ってください。ええと、七年前の大神樹に関するログはどのあたりにあるでしょうか?」


「おや、その頃でしたらわたしも良く存じ上げておりますですよ、はい。何をお調べで?」


 立ち止まりエミルカは振り返ると、再び作ったような笑みを浮かべた。


「ノルンタニア事変のあった前後についてですが、大神樹に異常が無かったかどうか調べておりまして」


「あー、はいはい。大事件でしたのでよく憶えておりますねぇ。大神樹自体には特に不具合など発生しておりませんでしたが、北方の地にて極大クラスの魔法力による爆発は検知しておりましたです、はい」


 それが先代魔王によるものかまではわからないが、どうやら神罰や天罰ではなく、別の力によってノルンタニアは消滅したらしい。


 じっと俺が見据えると白衣の男は肩を軽く上下に揺らした。


「詳しいことはB-73の棚の上から四番目右から三冊目にありますので。わたしの言葉だけで心配なようでしたら、そちらで確認してくださいです、はい」


 言い残して男は昇降機でフロアから姿を消す。と、俺は言われた書棚へと向かった。


 一字一句間違い無く、エミルカの示した場所に俺が欲しているログが資料書として残されており、内容も白衣の男が言った内容と違い無かった。


 大神官たるもの見た目や素行で人を判断するのは早計だが、あの男、やはり不気味だ。

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