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姉妹の決別

 先代魔王はニーナを身ごもった母親を魔王城に連れて来た。その理由まではわからない。


 だが、それならば繋がるのだ。


 ニーナの母親は恐らく、先日逝去したハレム王の娘だろう。調べればどこかの国に嫁いだことも、わかることだ。


 ステラの細い肩が細かく震えた。


「ニーナはあたしの、たった一人の妹だもの! あたしたちは、お母様別々でも、お父様の子だもの!」


 風が吹き遠く稲光が窓を白く染めたかと思うと、追って竜の咆吼のような轟音が城の窓枠をガタガタと揺らした。


「これで最後にしましょう。ニーナさんは王家の人間です」


「証拠がないわよ!」


「本日、遺憾ながら確認いたしました」


 雷鳴と吹き荒れる風の音を裂くように、俺は毅然とした態度と声で、王宮に呼ばれた理由をステラに語った。


 最初は信じようとしなかったステラだが、今日あった出来事――ニーナがアコたちを翻弄し、ベリアルすらも圧倒した理由の説明に至ると、魔王は糸の切れた操り人形のように力無く、廊下に膝を突く。


 そして、このままの状態が続けばニーナの身体に、どのような異変が起こるかもしれないということも、俺は包み隠さず伝えた。


 事実、大神樹の芽がニーナの器から溢れるほどの、魔法力を注ぎ込んだのだ。


 今後、ああいったことが頻発するようであれば、ニーナは……。


「ベリアルが言ってたこと……本当なのね」


 うつむいた少女の頬を大粒の涙が伝って落ちた。


 奇しくも魔王城ナンバー2の実力者が、あっさりパンツを奪われた事。それがステラの最後の砦を崩してしまった。


 顔を伏せたまま、少女はぽつりと呟く。


「ねえセイクリッド……本当に、ニーナは人間なの?」


「ハレム王の後継者候補には『純粋さ』が求められるそうです。ニーナさんの性格的な純粋さは説明するまでもありませんが……もし、ニーナさんに先代魔王の血が受け継がれていたとすれば、彼女に王印紋が浮かぶことはないと……思われます」


 絶対にとは断言できない。


 蚊の鳴くような声で少女は続けた。


「アコの時みたく、その王印紋って、別の人に移せないのかしら」


「誰もそのような試みをした者はいないでしょう」


 そして、恐らくは不可能だとも。大神樹に……神によって選ばれたという意味では、勇者の聖印と近しい性質を持つ王印紋だが、性質は別物だ。


 次の王を選ぶための印が動かせるとなっては、神の威光もあったものではない。


 一方、先日の聖印の移動については、終わってみればアコを成長させるための“試練”だったとも考えられる。


 現状で、他の王族に王印紋が移るという必要はなく、そうであれば最初からニーナではない誰かが選ばれているだろう。


 ステラがぎゅっと拳を握り締めた。


「おかしいわよこんなの。ニーナはまだちっちゃいのに、どうしてそんなことに巻き込まれなくちゃいけないの!?」


 立ち上がると少女は俺に掴みかかる。


 少女から怒りを感じた。それはニーナが人間だったということよりも、まだ幼いニーナが政争に巻き込まれることの不条理に対して燃え上がった炎だった。


「私を傷つけ、殺して収まるのであれば、ぜひそうなさってください魔王様」


「殺しても死なないくせに……」


「魔法を使うなと仰るなら、使わないと約束いたしましょう」


 俺はそっと魔王の後ろ髪を撫でた。少女は俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。


「ずるいわよ。そんなの……できるわけ……ないじゃない……」


 しばらく泣き止むまで、俺はステラに胸を貸す。


 雷雨が収まるまで、少女は涙をこぼし続けた。


 唯一の肉親だと思ってきた存在が、幻だったのだ。


 血の繋がりがないことを知ってしまったのだ。


「ねえ……セイクリッド……これから……どうしたらいいの?」


 俺には掛ける言葉が見つからなかった。大神官として、導く者として未熟もいいところだ。


 ただ、どうあれステラがニーナを守るために魔王を続けるという理由は、消失してしまった。


 たとえ王にならずとも、ニーナは人間の王族として本来いるべき場所に戻れば、その身の安全は保証されるだろう。


 さらに言えば、ニーナは教皇ヨハネのお気に入りだ。庇護下に入れば盤石である。神学校の初等部に編入すれば、きっと友達も増えて、寂しい思いをすることもない。


 ステラの望みがニーナを守ることなら、これ以上はないだろう。


 姉妹が人間と魔族、二つの勢力に引き裂かれてしまうことを除けば。


「ステラさん……私からニーナさんに説明いたしましょうか?」


 埋めていた顔を上げて、少女は再び瞳に涙を充填させると首を左右に振った。


「待って! 言わないで! ベリアルにもみんなにも……ニーナにはあたしが……あたしが言うから」


 おびえる瞳に覚悟はなく、少女の動揺が手に取るようにわかる。俺が悪役になり二人を無理矢理引き離すことすら脳裏をかすめた。


 が、きっとそれは違うのだ。


「わかりました。ただ、時間はあまり残されてはおりません」


 魔族からも人間からも、ニーナを隠し通せるならそれに越したことは無い。


 ただ、王ディションが始まらなければ、ニーナに浮かんだ王印紋が、ニーナを殺す呪いへと変わるやもしれないのだ。


 王が決まり、戦う必要がなくなって王印紋が収まれば元に戻る……とも言い切れない。


 その時にはもう、ニーナの存在は王国中に知れ渡った後である。


 ステラが呟いた。


「ねえセイクリッド……あたしって……ニーナにとってなん()()()のかな」


「なにがあろうとステラさんはニーナさんにとって、立派な姉君ですよ」


 自分を過去形で語った魔王に、俺はそう返すのでいっぱいだった。

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