象さん出そうになって……震える
ニーナの愛らしさの前に、反撃するという概念どころか防御さえできずに少女たちは大切なものを奪われていった。
「おにーちゃのおしりをとっちゃうのです!」
小柄なニーナが文字通り、目にもとまらぬ速度で間合いの内側に入ってくる。
抜き手のように伸びた手を回避した。そのままだったなら、ベルトを外されていたところだろう。
ニーナの動きが止まった。
「わあぁ♪ おにーちゃすっごい! ニーナがなにをするのか、ぜーんぶわかってるみたい」
ベリアルさえも避けきれなかったニーナの初手を、俺が回避できたのは審判と称して彼女の動きを入念に観察してきたおかげだった。
その間、犠牲者が出てしまったことが悔やまれる。
「ニーナさん。どうかこれ以上のしりとりはご遠慮ください」
途端に、愉しそうだったニーナの顔が悲しみにくれた。
「う、うう……ニーナと……遊んでくれないの? リムリムちゃんも、ぴーちゃんも、アコちゃんせんせーにカノンちゃんも遊んでくれたのに……」
「それはその……」
「じゃあ、キルシュおねーちゃみたいに、ニーナにセイおにーちゃのパンツください!」
敬語でお願いされてしまったが、残念ながら今日に限って穿いていないのだ。
「それはできません。申し訳ありませんが……」
ニーナはうつむいてしまった。大きな瞳が涙で潤む。このままでは、重力に引かれて真珠のような涙滴がこぼれ落ちてしまいそうだ。
「あのね、みんなニーナがちっちゃいから、きっと勝たせてくれたんだよね。けど、おにーちゃには……ニーナぜんりょくでぶつかってみたいのです」
薄ぼんやりと幼女の臀部に魔法力の光が灯る。
もはや、ニーナの身体能力の強化ぶりが成長期だの、マリクハでのゆるキャラとの修行の成果だの、ぴーちゃんの作ったゲームによるシミュレーション効果だのでは、説明できないものになってしまった。
ニーナはぎゅっと拳を握って、顔を上げると涙ながらに俺に訴える。
「ニーナにかったら、みんなのぱんつあげますから! ニーナのぱんつもあげますから!」
幼女が何を思って交渉材料にパンツを洗濯もとい選択したのかは、わからない。
確かに今の俺にとって、パンツは必要なものだ。だが、それはあくまで自身が穿くためのものである。
幼女は俺をじっと見上げた。
「おにーちゃと、ちゃんと遊びたいのです。ニーナはセイおにーちゃと、ちゃんと、ちゃんと遊びたいのです!」
「十年後……いえ、五年後にニーナさんは、今日の日の事を思い出す度に重い十字架を背負うことになってしまいます。それだけはできません」
「ど、どうして? ニーナが子供だから? ニーナがちっちゃいからですか? おにーちゃとしりとりしたいのは、ニーナのわがままだけど……」
先日、今は引き払われた第十三王女クラウディアの湖畔のロッジにて、ニーナはステラと小さな喧嘩をしたのを思い出した。
ついに俺に対して、幼女は“わがまま”をぶつけてくれるようになったのだ。
俺は上着を脱いで近くの長椅子の背もたれにそっと掛けると、半身の構えをとった。
神よ、どうかご加護を。この戦い、勝てばニーナの将来にトラウマを残し、負けてもニーナに象さんオンリーの動物園の幻想を見せることになりかねない。
もはや避けられぬのであれば、彼女の望む通りにしよう。
「わかりました。ではニーナさん……本気でいきますよ」
泣き顔だったニーナの表情が、一瞬「はっ」としたかと思うと笑顔に変わった。
「おにーちゃと本気で遊んでいいの?」
「ニーナさんが望んだことではありませんか。遠慮なさらず」
左腕を腰の裏手に回し、右腕をそっと差し出して手のひらで「こいこい」と、俺は幼女を誘った。
聖堂で気絶状態な二人を除けば、二人きりのしりとり最強決定戦だ。
ニーナは両腕を万歳させると、まっすぐこちらにつっこんできた。
これまでで最速である。笑顔で突進してきたニーナを、俺は闘牛士のようにヒラリとかわした。
「はうっ! おにーちゃ避けるなんてずるいのです」
「本気ですから。簡単にはとらせませんよ」
「そ、そっかぁ。今のはニーナがごめんなさいでした。えっと、ニーナに本気になってくれて、ありがとうございます」
幼女は愛らしくちょこんとお辞儀すると、再び突進の構えをとる。
このまま防戦一方でも構わない。ニーナの迅さが俺の反応を越えるか、そのありあまる元気が消耗しきるか。
持久戦だ。幼女がこの遊びに飽きるなり、走るのがしんどくなるまで回避し続けよう。
ニーナの突撃が二往復し、三往復目のすれ違いざま、俺の腰のベルトがスルリと抜き取られた。
「おにーちゃのベルトだぁ♪」
俺はとっさに左手でズボンを押さえた。放っておけば脱げてしまう。後光魔法でのカバーリングをする余裕も、覚醒ニーナを前にしてどこまであるかわからない。
「次はズボンだよセイおにーちゃ」
獲物を狙う猫のように、お尻をフリフリフリッとさせたかと思うと、ニーナの次の一歩はさらに加速した。
そして俺の初期戦略が判断ミスだったことに、今になって気づいたのである。
目をこらすと、ニーナの望みに呼応するかのように、大神樹の芽から魔法力が幼女の肉体に注ぎ込まれつつあった。
俺自身、大神樹の芽から力を得ることはあるのだが、それはあくまで大神官としての職務を勤め上げるために、こちらから“お願い”して借りているのだ。
ニーナの場合は違う。ニーナには大神樹から力を借りようなどという意識も知識もない。
自発的に大神樹の方から、ニーナに力を与えていた。俺に止める術はなく、注ぎ込まれる魔法力は莫大なものであり、このままではニーナという器に収まりきらなくなるのも、時間の問題だ。
最悪の場合、魔法力の負荷にニーナが耐えきれなくなって、蘇生回復などを受け付けない廃人化の恐れすらあった。
「おにーちゃ……ハァ……ハァ……ニーナなんだか……身体があっついのです。だけど、とってもっとっても走れちゃうからぁ」
すぐにも勝敗を決めねばなるまい。
両手を前に出して抱きつくように笑顔で駆けてくる幼女に対して、俺は腰を落とすと両腕を開いて抱き留める格好をした。
そこにニーナはすぽっと収まる。
「はう! 抱っこしちゃった」
抱っこの受け入れ体勢を確認して、幼女はつい“しりとり”を忘れ、俺の胸に飛び込んできてしまったようだ。
ぎゅっとホールドすると、ニーナも「あ、あわわ、おにーちゃ抱っこだぁ」と俺の背中側に腕を回すようにして抱きついてきた。
だまし討ちをするようで申し訳ないが、俺はその間にニーナのスカートの中にそっと手を射し込んで、薄布に触れる。
か、どうかというところで――
「セイクリッド……ニーナのスカートに手をいれて何してる?」
赤い魔王が炎のような魔法力の蜃気楼を背中から立ち上らせて、赤いカーペットをゆっくりとこちらに近づいてくる。
ニーナが笑顔になった。
「あ! ステラおねーちゃだぁ!」
俺はゆっくり首だけ振り返った。
「これは魔王様。ようこそ教会においでくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ステラは床に転がったままの、ぴーちゃんとリムリムを指さした。
「その体勢で平常運転とはいい度胸ね。どういうことか説明してちょうだい」
俺が話そうとすると、ニーナが俺に抱きついたまま、その場でぴょんぴょん跳ねる。
「あのねあのね、セイおにーちゃはしりとりのパンツチャンピオンなのです。ニーナもがんばったけど、今のはセイおにーちゃんにパンツとられてたからぁ」
最後の一瞬で、ステラの介入が無ければ俺はニーナにしりとりで勝利していただろう。
ニーナも敗北を納得しているからだろうか、大神樹の芽から注がれていた魔法力はフッと途絶えて元通りだ。
つまり――
そこには幼女に抱きつかれた状態で、しゃがんだままスカートの中に腕をつっこんだ、変態という名の神官がたたずんでいた。
「やくそくしたから、セイおにーちゃにぜんぶあげるね!」
ニーナのスカートのポケットから、色とりどりの薄布が宙に舞う。
これですべてを察したらしく、魔王の殺気が200%ほど上昇した(大神官による測定値)。
幼女はそっと離れると、俺とステラにお尻を向ける。
「ニーナのパンツもおにーちゃのものかぁ……」
感慨深げに呟いたニーナのお尻がちらりと垣間見られて、俺は頭を掲げた。
クマさん柄のパンツに隠されていた白い臀部には、見覚えのある紋様が浮かんでいたのだ。
「ニーナストップ!」
幼女は「はえぇ?」と、不思議そうに首を傾げつつも、パンツを戻した。姉の言葉に素直に従う妹の鑑である。
赤い髪を逆立てるように魔法力を放出しながら、魔王が俺に命じる。
「ともかくセイクリッド……まずは両腕を上げて」
「はい?」
これは非常にまずいことになりそうだ。
「はい? じゃなくて。はやく万歳してちょうだい」
「無理を仰る」
「無理なわけないでしょ? ほら、早くしてちょうだい」
「どうしても上げなければいけませんか?」
ステラの視線が俺に「妹がいる手前手荒なまねはできないけど、場合によっては戦争も辞さない」という、覚悟の眼差しで訴える。
「大神官が魔王様に完全降伏するようなジェスチャーは、聖堂内では不適切と思われるのですが」
「問答無用よ。ちゃんと両腕を上げて、手は開いて何も持っていないことを確認させて……この状況がなんらかの事故で、セイクリッドが無実だということを、あたしに……信じさせて」
これまでの魔王ステラなら、問答無用で極大魔法を放ってきそうなものだが、ニーナにわがままを言われるのと同じように、ステラからも「一回までなら誤射かもしれない」と、言わせるほどには信頼を得たらしい。
「わかりました。両腕をあげましょう」
降参するように腕を上げると、ズボンのウエストの緩みとずり下がるような感覚が腰回りに湧き上がった。
ステラは俺を注視しながら次の命令を出す。
「どうやらあぶなっかしいモノは持ってないみたいね。じゃあ、両腕を上げたまま立ち上がって、こっちに向き直ってちょうだい。あと、魔法は使っちゃだめよ」
「お話するだけなら、このままの姿勢でも問題ないと思われますが」
「セイクリッドが光の神様に誓って無実なら、何も隠し立てすることないでしょ?」
「せめて魔法を使わせてはいただけませんか?」
魔王様は腕組みをすると首を左右に振った。
「セイクリッドって、あたしが知らない魔法とか使えるからそれも認められないわ」
「わかりました」
後光魔法を使うことは、ステラの信頼に対する背信行為だ。
俺は両腕をあげたまま、ゆっくりとステラの側に向き直った。
スルスルと腰の辺りを布地が滑り落ちていく。
背後でニーナが愉しそうに声を上げた。
「わああ! セイおにーちゃお尻でてるねー!」
ベルトを失ったズボンがふぁっさぁと地面に落ちる。
普段であれば、後光魔法によって隠されるはずのものがあった。
「魔法は使わず、すべてを覆い隠すこともせず、ありのままお見せいたしましょう。これもステラさんに対する、大神官としての誠意なのです」
「え……ちょ……ええええええええええええええええええええええええええッ!?」
開け放たれた教会の入り口から吹き込む風を頬に受けて、俺は解き放つ。
ステラは耳まで赤くなると、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「なにしてるのよバカああああああああああああああああああああああああああああ!」
両腕を上げて立ち上がり、振り返って魔法を使わない。
すべて魔王様が仰る通りにした、それだけのことだ。




