やじゅうとかしたにーな
『って、セイクリッドいるんだよね? 蘇生早く早く~!』
『すぐに蘇生して送り返すパターンの時は、案山子のマーク2殿がおられる時であります』
『居留守したってダメですよ~殺しますよ~!』
死にすぎて当教会のパターンを学習しているポンコツ三姉妹め。
ニーナが俺の顔を見上げて、わくわくとした表情を浮かべていた。
いや、もう、どうしようか。
『あれぇ? おっかしいなぁ。っていうか、レベル上がったおかげかすぐに魂溶けなくなったよね。ヒマだし、しりとりでもしよっか?』
『お! いいでありますよ。自分はしりとり大好きであります。キルシュ殿も参加でありますよ』
『先輩方に勝っちゃってもいいんですよね? こう見えて、結構本とか読むから物知りなんですよ、わたしって』
三人の言葉に俺は頭を抱えた。と、すぐそばにいたはずのニーナの姿が、忽然と消えていたのだ。
金髪幼女は講壇に上がると、その裏手で案山子のマーク2に祈りを捧げた。
「セイおにーちゃが、今日はおしごとでお疲れさまなので、かかしさんかかしさん、アコちゃんせんせーたちを蘇生させてください。おねがいします」
普段は蘇生と転移魔法のセットで運用しているのだが、ニーナのお願いは蘇生のみだった。
セイクリッドマーク2の水晶がピカピカと発光すると、淡い光が大神樹の芽から溢れ出して三人分の人影が赤いカーペットの上に浮かび上がる。
実体を取り戻すと、黒い瞳をぱちくりさせて勇者アコが背筋を伸ばしストレッチ体操を始めた。
「んはぁ~! 生き返るぅ!」
隣で眼鏡のレンズをふきふきしながら、カノンが「文字通りでありますな」と溜息を一つ。
キルシュはと言えば、手にした傘をバトンのようにくるんと回してから「あー、本気出そうと思ってたんですけど、これじゃ仕方ないですね」と苦笑いだ。
そんな三人の元に金髪幼女は駆け下りていった。
「あのねあのね、アコちゃんせんせー! こんにちは~!」
「やあニーナちゃん。こんにちは。今日も元気そうだね」
微笑むアコの隣で、カノンが教会内の異変に気づいた。
「アコ殿、あの、ぴーちゃん殿と、リムリム殿が……」
キルシュは傘の先端で、倒れたままピクリとも動かず、頭から白煙の余韻をふかし続けるぴーちゃんのお腹のあたりをツンツンとつつく。あとでバレたら元暗殺者と元暗殺ゴーレムの間で、遺恨デスマッチが起こりそうだ。
まるで反応しない、ぴーちゃんにキルシュが呟いた。
「し、死んでる」
アコが首を傾げる。
「どうしたの……って、うわああ! 二人とも倒れてるんだけど」
カノンが眼鏡を掛けなおして周囲を確認する。
「こんなところでお昼寝とは、ダイナミック寝相でありますな」
ニーナは新しいチャレンジャーの登場に、うずうずしっぱなしだ。
このままでは第三、第四の被害者が教会の床を舐めかねない。繰り返される惨劇を食い止めるため、俺は涙を呑んで勇者御一行のお財布を諦めた。
「えー、本日は寄付金は結構ですので、転移魔法」
発動寸前でアコが吼えた。
「ちょっと待ってセイクリッド。どういうことなの?」
「どういう……とは?」
「だから、なんでリムリムと、ぴーちゃんが倒れてるのかっていう話さ」
「説明すると長くなるのですが……」
キルシュの鋭い眼差しが俺に突き刺さる。このまま王都に三人を送り返せば、疑惑はさらに深まるだろう。
「二人を殺りましたね?」
他にこの場にいるのはニーナだけだった。ニーナがリムリムと、ぴーちゃんを行動不能に追い込むようなことはしない。消去法で犯人は俺である。
カノンの眼鏡のレンズがキランと光った。
「まさか幼女に手を上げるなんて、ロリコンとしての誇りはどこに行ってしまったのでありますか先輩!」
おいやめろ。冤罪にもほどがある。これにアコまで「うわぁ……セイクリッドのイエスロリコンノータッチの部分だけは、ボクも信じてたのに」という言葉が、大神官の心を深くえぐった。
もっと信じるべき部分が多分にあるだろうに。
こうなっては大神官としても、濡れ衣を晴らさねばなるまい。
「わかりました。真実をお話しましょう」
アコが腕組みをして、胸を上腕で寄せてあげるようにしながら口を尖らせた。
「ちゃんと正直に包み隠さず言うんだよ?」
まさか生涯において、ポンコツ勇者に怒られる日がやってこようとは、誤解ながらも不覚である。
俺はそっと会釈で返した。
「といっても、私からお話することはありません。ところで、先ほどみなさんは『しりとり』についてお話なさっていましたよね?」
アコがぽかんと半分口を開けたまま答えた。
「え? あ、うん。そうだけど」
「実はニーナさんは、しりとりが得意だそうなのです」
ニーナは「はーい!」と両腕を万歳させる。これにはアコもほっこりとした笑顔になった。
「へー、そうなんだニーナちゃん」
「ニーナね、しりとり上手なんだぁ」
「じゃあ、ボクらといっしょにしりとりしよっか? まあ、みんなニーナちゃんよりお姉さんだから、ハンデをつけなきゃだけどね」
「に、ニーナもおねーちゃになったから、てかげんとかいらないのです」
勇者の言葉にニーナはその場で軽くトーントーンとフットワークじみたジャンプをして、呼吸を整える。
「え? ニーナちゃん、どうしたんだい急に?」
これには俺をロリコンでも見るような視線で見つめるカノンと、ぴーちゃんを傘で突き続けるキルシュも、手を止めニーナに視線を集めた。
ニーナが赤いカーペットの上を歩いて、ちょうど聖堂の中程のあたりで立ち止まり、振り返る。
「準備できたのです」
アコが一歩前に出て、ニーナと向き直った。
「しりとりなのに、ずいぶん気合い入ってるねニーナちゃん」
ニーナは真剣な眼差しでアコを見据える。
「アコちゃんせんせー……しりとりは、あそびじゃないから。セイおにーちゃ!」
つまり、俺に再び審判をしてほしいという、幼女からのリクエストの声だった。
俺への冤罪が晴れる時、勇者は教会で斃れるだろう。
最後に俺はアコに確認した。
「アコさん。しりとりのご経験は?」
アコは右手をひらひらと扇ぐようにして「セイクリッドったら、ボクをなんだと思ってるんだい? いくらダメッ子アコちゃんでも、本気になればニーナちゃんにしりとりで後れを取ることはないってば」と、余裕の表情だ。
「本当によろしいのですね? アコさんの知らないしりとりが、ここには存在するとしても」
「知らないしりとりって、大げさだなぁ。大丈夫大丈夫。ちゃんと、ニーナちゃんが楽しめるように最初は手加減してあげるから」
今の覚醒幼女に舐めプは命取り。勇者はさらに続けた。
「というか、このしりとりが終わったら、ちゃんとリムリムちゃんと、ぴーちゃんのことを説明してもらうからね」
身をもってしりとりを体験すれば説明は不要だ。
カノンとキルシュが「あの、自分たちは?」といった表情を浮かべているのだが、この教会でのしりとりは、基本的に一対一の勝負なのだ。
ニーナは審判役の俺に「はやくはやく」と視線で訴える。
我が冤罪を晴らす意味でも、この勝負は避けることはできない。俺は右腕を天に掲げ掛け声とともに振り下ろした。
「では、しりとり始め!」
一緒にしりとりしようと、さそったのはアコである。それだけは忘れないでもらいたいものだ。




