とある魔王の過去回想 その3 (3/3)
魔王ステラから訊いた限り、先代魔王ルキフェルはすでにこの世に亡く、リムリムの父親のような悪霊化もしてはいなさそうだ。であれば魔王城の玉座に宿っていそうなものだし、先代魔王が玉座や娘たちに大神官の接近を許すはずもないだろう。
場所を移して、俺の私室にて小腹の空いたステラに焼き菓子のカヌレと紅茶を用意した。
テーブルについて魔王様はカヌレを手にご満悦だ。
「ん~! 見た目は黒っぽくて可愛くないけど、これ美味しいわね!」
ニーナたちにも出したものである。香り付けに熟成させた蒸留酒を使うのが一般的だが、それを使っていない子供と下戸に優しい味わいのものを選んでおいたのだ。
と、途端にステラの手が止まった。
「あっ……ニーナの分は?」
「先ほど召し上がってお帰りになられましたよ」
魔王様はホッと安堵の息を吐いた。
「よかったぁ。あたしばっかり美味しい思いをしたら、ニーナが可哀想だものね」
ティーカップを手にして、縁に指を滑らせながら魔王様は目を細める。
「けど、急にセイクリッドがあたしの……えっと、魔王軍のことを訊くからちょっとびっくりしちゃった。何かあったの?」
「ええまあ。王都を……いえ、世界の半分を治める人間の王が亡くなったのですよ」
言った途端にカップをソーサーに置くと、ステラが立ち上がった。
「それって殴り込みのチャンスじゃない!?」
まあ、魔王降臨なんてことになれば王都どころか世界が大混乱になるだろう。そこから生まれる人間同士の猜疑や足の引っ張り合いなど、やりようによってはステラ一人で甚大な被害を出すことも可能だった。
俺はニッコリ少女に告げる。
「殴り込もうものなら、私より遥かに凶暴な姉の教皇聖下が黙っていないでしょうね」
立ち上がったステラの顔から覇気が消え、中腰になったかと思うと音も立てずに着席し、時間を巻き戻したようにティーカップを手にして微笑む。
「この紅茶、とびきり美味しいわ」
「淹れ方も茶葉も変えておりませんよ魔王様」
名前を出すだけで魔王の野望をくじく姉。伊達に教皇をしていないな。
ステラは口を小さく尖らせるようにして紅茶をすすった。ちょっとお行儀がよろしくない。
うつむき気味に、ちょっといじけたような上目遣いで俺を睨む。
「で、次の王様はもう決まってるわけ?」
「ええまあ、直に決まることでしょう」
「どうやって王様決めるのよ? じゃんけん?」
「それだと恨みっこ無しとはいきませんから、先代の王が遺言を残して任命するか、そうでない場合は神によって選ばれることになっているのですよ」
本来なら魔王に人間の王の選ばれ方を教えるなど、もってのほかかもしれない。
が、魔王も大神官に魔王の継承の方法を語っていた。お互いに踏み越えてはならない一線を踏み消しているような状態だ。
彼女はぽつりと呟いた。
「その王様の印っていうのが浮かんだ人が王様なんだ。なんだかアコの聖印みたいね」
「そうですね。王家の血族から印を受け継ぐ方が選ばれるそうです」
「それも勇者と同じで一人だけなのかしら?」
意外と言っては失礼だが、そこに着目するとはさすが魔王様。本能的に人間世界が混沌に陥りそうな急所を的確に突いてきた。
「鋭いご指摘ですね魔王様。希にですが候補が複数挙がることもあるそうですが、その場合も候補者同士の競い合いによって、相応しい者を決めるそうです」
ステラは「誰かに肩入れして、あたしが勝たせて恩を売って裏から支配するっていいかも」と、実に魔王らしい愉悦たっぷりな表情を浮かべてみせた。
俺が知る限り、それが出来るほどの政治力や知略をステラは持ち合わせていない。目の付け所は良かったが、残念、実行力が足りなさそうだ。
「ねえねえセイクリッド。どういう人が選ばれるのかしら?」
「先代のハレム王は、純粋さから選ばれたと仰っていたそうです」
「へー。じゃあ裏表のあるどこかの大神官じゃ無理ね」
「それ以前に、王族であることが前提ですから」
「セイクリッドだって、それだけ強いんだし先祖をたどっていけばどこかで王族に繋がってるかもしれないわよ?」
人類みな兄弟説を魔王様は力説した。さすがに王族と縁もゆかりもなさ過ぎる人間に、王の印が浮かぼうものなら、王都や貴族連中は大混乱だろうな。
いや、下手をすると教皇庁も浮き足立ちかねない。
俺は紅茶で口を湿らせてから、ステラに告げる。
「もし仮に私が王様になったら、魔王様はどうなさるおつもりですか?」
少女はカップ片手に空いた左手をグッと握り込んだ。
「さっきも言った通り、裏から手を回して二人で世界を牛耳るのよ。ねえセイクリッド世界の半分欲しくない?」
「それはすべてを手に入れたあとのセリフですよ」
ステラはぺろっと舌を出して「それもそうねテヘペロ」っと冗談っぽく笑ってみせた。




