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教会発! ~ボス専用のデスマーチ~

 氷牙皇帝アイスバーンは腰に手を当てふんぞり返った。


「ハーッハッハッハ! 今の我が上級氷結魔法の一撃を、息絶え絶えになりながら死ぬ気で防ぎきったことだけは褒めてやろう人間よ」


 どうやらアイスバーンには、俺がギリギリで防いだように見えたらしい。


「いえ、別に大した魔法ではありませんでしたよ」


 アイスバーンの眉尻がビクンと跳ねた。


「強がるな。愚かで脆弱なる人間よ。このアイスバーンはいずれ先代魔王の娘と結ばれ、魔王として君臨する器の大きな男なのだ」


 途端にステラがドン引き顔になった。


「うわ、キモ」


 アイスバーンが銀髪を振り乱しステラを指差す。


「黙れ魔族コスプレ娘! 貴様のような惰弱な人間には、崇高すうこうなる魔族のあれやこれやなどわからぬのだ!」


 あれやこれやとは曖昧あいまいな。


 というかアイスバーンよ。


 今、指差して啖呵たんかを切っている相手が魔王だぞ。


 アコとカノンも氷漬けだし、一つ教えておいてやろうか。


「アイスバーンさん。彼女こそ先代魔王より玉座を受け継ぎし魔王ステラその人ですよ?」


 俺が言った瞬間、ステラとベリアルの表情が引きつった。


 が――氷牙皇帝はオラついた声で返す。


「はあッ!? こんなところに先代魔王の息女が来るわけがないだろうに!」


 いや、ごもっとも。


 氷牙皇帝はうっすら頬を赤らめる。


「というか先代魔王の娘がこんなペタンコ胸平らなチンチクリンなわけあるまい! もっとセクシーで出るところは出て腰はきゅっとくびれたセクシー美女に決まってる」


 どこかでステラのプチンという、切れてはいけなそうな血管が断裂するような音がした……かどうかは、ともかくとして。


 せっかく事実を教えたというのに、かえってアイスバーンを怒らせただけのようだ。


 いかん、ちょっと面白くなってきた。


 アイスバーンは氷のように冷たい視線を俺に向ける。


「何を笑っている?」


「いえ、とんでもない」


「茶番はこれまでだ。死ねッ!」


 今度は不意打ちではなく、正面から上級氷結魔法を三回唱えるアイスバーン。


 一瞬で三連射とはなかなかの腕前だ。


 俺に降り注ぐ三本の氷槍に、三つの浮遊水晶が反応して防御魔法を自動展開した。




 パリンパリンパリーン!




 と、氷の槍は防壁に阻まれ砕け散る。


「そんな……バカな……」


「私を殺したいのであれば、せめて極大級の魔法を五発は用意していただかないと」


 唖然とするアイスバーンを尻目に、俺はステラに告げる。


「ではステラさん。教会の司祭に何をお望みですか?」


「あ、あなたがあのバカ魔族を倒してくれてもいいんだけど?」


「それは教会の業務に含まれません」


「なによそれ!」


 凍結状態からある程度回復したのか、ベリアルが剣を手にステラの前に立つ。


「ステラ様。まずはアコとカノンの蘇生をお願いしてみてはいかがかと。そうであろうセイクリッド!」


 言われてようやくステラは俺の意図に気づいたらしい。


「わ、わかったわ! お願いセイクリッド!」


「ええ。では……」


 俺は浮遊水晶の二つを氷柱に閉じ込められたアコとカノンに飛ばした。


 アイスバーンが声を張る。


「は、はっはっは! その氷柱は我が力で呪いをこめたものだ。二度とよみがえれぬように……あの、ちょっと……やめてっ! なんで呪いの氷が溶けるんです?」


 途中から口調が普通になって威厳がなくなるのは、上級魔族あるあるなのだろうか。


 俺の放った水晶が赤熱しながらアコとカノンを包む氷を溶かしていく。


 小さく咳払いをしつつ、アイスバーンに一言告げる。


「蘇生させないよう肉体に魂を留めたまま氷漬けにするというのは、なかなか良いアイディアですね」


 完全に氷が溶けてアコとカノンは解放された。とはいえ、目は閉じたままで膝から崩れて地面にへたり込んでしまった。


 ステラが声を上げる。


「回復もしてあげてちょうだい!」


「ええ、もちろん」


 浮遊水晶が光り輝き、アコとカノンは目を覚ます。


「体力も魔法力も全快させました。さあ、勇者アコさんに神官見習いのカノンさん。再び立ち上がり成すべきことを成すのです」


 勇者と神官少女は目をぱちくりさせたが、俺の姿を見て察したらしい。


「セイクリッド助けに来てくれたんだね!?」


「これは勝ったでありますな! ではさっそく……中級光弾魔法ッ!」


 せっかちか。


 カノンがアイスバーンめがけて光弾を放つ。が、そこは格上の氷牙皇帝だ。光弾を腕で弾き飛ばした。


 あらぬ方向に光弾は飛んでいき、壁にめり込んで爆ぜる。


「中級光弾魔法! 中級光弾魔法! 中級光弾魔法!」


 いや、おい。


 そうじゃないだろうカノン。誰よりも凶暴ですか。




「中級光弾魔法! 中級光弾魔法! 中級光弾魔法!」

「中級光弾魔法! 中級光弾魔法! 中級光弾魔法!」

「中級光弾魔法! 中級光弾魔法! 中級光弾魔法!」

「中級光弾魔法! 中級光弾魔法! 中級光弾魔法!」

「中級光弾魔法! 中級光弾魔法! 中級光弾魔法!」




 魔法力が尽きるまで撃ち続ける気か。


 アコがその間に氷牙皇帝に向けて走る。


「うおりゃあああああ!」


 光弾による弾幕の中を、背中から撃たれるのを恐れもせずにつっこんでいく勇者。


 アコが斬りかかり、光弾を弾き続けたアイスバーンが氷の剣を手に応戦する。


 数度切り結んだところで、アコは上級魔族の剣の威力に吹き飛ばされて、闘技場の壁にめり込んだ。


 俺はベリアルとステラに視線で合図を送る。


 今です……と。


「上級爆発魔法ッ!!」


「ぐあああああああああああッ!」


 氷牙皇帝に爆発魔法がクリーンヒットした。まあ、極大じゃないので一撃必殺とはいかないが、やっと良い勝負になりそうだ。


 ステラが魔法を唱える間も、こだまするカノンの「中級光弾魔法!」の声。


「こしゃくな人間どもめっ! というかしつこいぞさっきから!」


 光弾の何発かは、アイスバーンに直撃していた。


「不思議であります! いくら魔法を唱えても、ぜんぜん魔法力が切れないでありますよ!」


 それはねカノンさんや、俺の放った浮遊水晶がお前の背後にぴたりとついて、魔法力を供給しているからなのだよ。


 決して「いきなり自分は覚醒したであります! 最強であります!」などと、思わないように。


「自分はどうやら窮地きゅうちにおいて、覚醒したようであります!」


 ああ、どうしてこうも俺の後輩は残念なのか。


 ともあれ、カノンが砲台となったことでアイスバーンの足止めになっているのだけは確かだった。


 ステラが次の魔法を構築しながら叫ぶ。


「セイクリッド! アコに治療をお願い!」


「ええ、すでに終わっています」


 アコにも水晶を張り付かせてある。


 壁にめり込み即死した瞬間に、蘇生が完了した。


 勇者は黒い瞳をぱちくりさせると、驚いた顔で立ち上がる。


「痛っつつつ……あれ? 生きてる? よーし、ボクもう一回アタックしちゃうぞ!」


 猪のように突っ込んでいっては、またしても返り討ちにあうアコ。だが、死亡と同時に蘇生することで、まるで死んでいないような戦いぶりだ。


 剣を振り回してアコが笑う。


「わあああ! すごいや! めっちゃ痛いけど死なないよボク!」


 死んでるからな。


 さらにベリアルがじりじりとアイスバーンと間合いを詰めた。


「お覚悟! チェストオオオオオ!」


 暴れるアコとは対照的に、洗練された突きを繰り出す女騎士。


 それをアイスバーンは紙一重で避ける。


 が、避けたところにステラの上級火炎魔法が放たれた。


 炎に顔を焼かれてのけぞる氷牙皇帝。


「おのれ人間どもおおおおお! というか貴様あああああ!」


 燃える炎はすぐに冷気で鎮火したが、皇帝の怒りの炎は燃え上がったという寸法だ。


 ヘイトは魔法を放ったステラではなく、俺に向けられた。


「食らってくたばれえええええ! 四連上級氷結魔法ッ!!」


 今度は氷槍が四本、俺に向かって飛んでくる。アイスバーンはアコとベリアルをあしらい、カノンの光弾を防ぎながら勝ち誇った笑みを浮かべる。


「その忌々(いまいま)しい水晶も、二つでは防ぎ切れまい!」


 俺自身が防壁を使うと考え、氷結魔法を四連射か。


 二発を俺のそばに浮遊していた水晶が受けきり、一発は自前の防御魔法で防いだが、最後の一撃が俺の胸を貫いた。




「「「「セイクリッド(殿)ッ!?」」」」




 少女たちの動きが止まる。


 深々と突き刺さった氷の槍は赤く染まり、口から一筋鮮血が垂れた。


 アイスバーンは歪んだ笑みを浮かべる。


「やはり人間などこの程度よ! さあ、今から貴様ら全員を氷の彫像にしてやろう。行く行くは我がモノとなる魔王城の居間にでも、装飾品トロフィーとして並べてくれるわ」


 カノンの手が光弾を止めた。


「初級回復まほ……」


 戦術教科は何を教えているのだか。カノンのレベルなら初級ではなく中級回復魔法が使えるのが普通だろうに。


 俺は吐血を手で軽く拭って告げる。


「それには及びませんが、カノンさんはこれからもう少しだけ仲間を守る意識を高めてください。アコさんは剣術の基礎を学びましょう。振り回すばかりが剣ではないですから。ベリアルさんはさすがですが、もっと積極的に前に出て攻撃参加してもいいと思いますよ。ステラさんの安否を気遣いすぎです。ステラさんは良いセンスですね。これからも黒魔導士としての成長を期待していますから」


 アイスバーンがふんぞり返って笑う。


「死の間際に他人にアドバイスとはおかしくなったか?」


「ええ、死の間際ですが大神官というのはこんな魔法が使えるんですよ」


 俺は胸から流れ出る血に、神官のローブのクリーニング代は誰持ちになるのか考えつつ呟いた。


「完全回復魔法」


 胸に刺さった氷の槍は消え、見る間に破壊された肉体が元に戻る。


 服以外はすべて元通りだ。


 アイスバーンの笑い声がピタリと止んだ。


 青い肌の青年は、間抜けな表情のまま言う。


「え? 完全……え? なんで? なんで無傷!?」


「神官は防御と回復の魔法が得意ですから。さあ、まだ戦いは始まったばかりですよ氷牙皇帝さん。今日は貴方が倒れるまでお付き合いいただきます。勇者アコと神官見習いカノンの特訓に」


 強い敵と戦うほど、得られる戦闘経験も大きく豊かなものになる。


 カノンが眼鏡のブリッジをくいっと中指で押し上げた。


「な、なるほど。そのような意図があったのでありますな!? 上級魔族に胸を借りてバーンとぶつかり稽古であります!」


 アコも剣を握る手に力を込める。


「氷牙皇帝さん……オッスお願いしまーす!」


 人間二人が猛犬のように牙を剥き、氷牙皇帝に襲いかかった。


 返り討ちにあっても蘇生。魔法力も途切れない。


 時折、カノンがアコに回復魔法を使うようになり、その分アコが執拗に剣でアイスバーンに斬りかかる。


 倒しても倒しても即座に甦る勇者と神官見習いに、アイスバーンは絶叫した。


「人間のすることかあああああああああああああああああああああああッ!」


 俺はニッコリ微笑んだ。


「これがエノク神学校名物のゾンビアタックです。あ! ステラさんにベリアルさんもどうぞ。大神樹の芽ではなく、私の魔法力で稼働していますから安心してご利用ください」


 俺は残る二つの浮遊水晶をステラとベリアルに一つずつつける。


 ベリアルが剣を構えてアイスバーンめがけ突撃した。


「チェストオオオオオオオオ!」


 ステラを俺が守っているという安心感からか、突きのはやさは二割増しだ。アイスバーンは避けきれず脇腹を切り裂かれた。


「ふざけるなあああああああああ!」


 傷を氷で塞ぎながら、氷結魔法をまき散らす氷牙皇帝。


 アコが二度、カノンが三度死んだが即座に復活させる。


「うっはー! 今のは左に避ければよかったんだ」


「回復と攻撃で迷ってしまったであります。今度は回復に専念してみるでありますよ!」


 ステラが合間に上級火炎魔法をアイスバーンに炸裂させた。


 全身を炎に包まれて、氷牙皇帝の顔が歪む。すっかり口振りに皇帝らしさはなくなっていた。


「きゅ、休戦しよう! な! 今日はもうこれくらいで勘弁してやるから! おい教会の神官! 貴様からこの四人になんとか言ってやめさせろ!」


「私は勇者アコさんのパーティーメンバーではありません。ただ、偶然この場所で出張営業をしているだけの神官ですから、命じるようなことなどとても恐れ多くてできかねます」


「ぐあああああああああああああああああッ!」


 アコの剣に削られ、反撃するもカノンが防御に回ったおかげでアイスバーンの攻撃で誰一人即死しなくなりつつある。


 的確にダメージを与えるベリアルと、要所要所をきっちり締める優秀な黒魔導士ステラの魔法攻撃。


 ありふれた地獄へようこそ上級魔族。個人的に恨みはないが、勇者アコの成長を影から支えるのも教会の神官の役目である。


 血も涙も最後の一滴まで絞り出し、素敵な養分になぁれ。




 と、思ったところで氷牙皇帝の身体に魔法力が集まった。


「貴様ら許さぬ! 我に真の姿をさらさせたこと、万死に値するぞ!」


 ベリアルがすかさず声を上げる。


「全員散開ッ!」


 良い判断だな。まあ、脅威にはなり得ないがアイスバーンの最後の見せ場だろう。


 攻撃の手をとめ、少女たちが散開するように氷牙皇帝から距離をとった。


 青年の姿が肥大化し、アイスバーンは巨大な青白い氷の大蛇に姿を変えた。


 アコとカノンがブルッと震え上がる。


 ベリアルも表情を硬直させて呟いた。


「正体は化け物であったか」


 オマエモナー。


 ステラも息を呑み、その大蛇を見上げて呟く。


「キモっ」


 取り付く島もない辛辣しんらつさだ。


 そして俺はといえば――


「あー、人間の姿をしていたからわかりませんでしたが……」


 蛇になってようやくアイスバーンの事を思い出す。


 大蛇はチロチロとムチのように舌を揺らして、ぐねりととぐろをまいて俺を見る。


「この姿になったからには、もはや容赦はせんぞ人間ども。というか教会の神官!」


「貴方、何年か前に王都方面に出没しませんでしたか?」


 俺の言葉にアイスバーンの揺れる舌が止まる。


「な、なぜそれを……あっ」


 どうやら向こうも思い出したらしい。大蛇がぽかんと口を開けて呟く。


「き、貴様はまさか……光輝く……デストロイヤー!?」


 つい、昔のクセで俺は素になってしまった。


「デストロイヤーさん……だろ?」


 瞬間――


 氷を操る大蛇の表情が、絶対零度の勢いで凍り付いた。

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