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三人くらい被ってる

 ティータイムのあとはロッジから、澄み切った青空のもとに出る。少し風が出ていたため、玄関に掛けた上着を羽織り直した。


 湖畔に群生する草花を摘んで、花輪やシロツメクサの冠を作ることになったのだ。


 湖を遠目に見つつ、歩くこと五分ほど。ちょうど良い草花の茂った場所にたどり着いた。


 魔王兄妹はお互いに少しずつヘソを曲げてしまったようで、ニーナはクラウディアにすっかりべったりだ。


「クラウディアおねーちゃは手先が器用だなぁ」


「ありがとうニーナちゃん。ニーナちゃんもとってもお上手ですよ」


「それほどでも~えへへぇ」


 野花に囲まれて膝頭を並べ、寄り添うように花のリングを作っては、お互いの頭にそっとかぶせあうニーナとクラウディアは、よく似ていた。


 タンポポの綿毛を吹いて飛ばしながらリムリムが呟く。


「目の色は違うけど、ニーナとクラウディアは金髪で雰囲気もなんだか似てるのだ。キャラが被ってるのだ」


 被ってるとか、そういうこと言うのやめなさい。


 しかし、俺もリムリムと意見を同じくしてしまった。


 当然、そんな二人から少し離れたところで、不器用すぎて花がリングにならずに分解四散させているラステくんは現在ぼっちである。


 白いマーガレットの花びらを指でつまんで抜きながら「好き……嫌い……好き……嫌い」と、恋占いじみたことまで始めていた。


 俺はそんなラステくんの元に歩み寄る。


 最後の花びらをつまんで「き、嫌い……」という結果に赤髪の少年は涙目になった。


「ううぅ……ニーナに嫌われちゃったよぉぉぉぉ」


 弱い。この魔王様が弱すぎる件。俺はそっとラステに耳打ちした。


「もしや、あまり姉妹で喧嘩をなさったことがないのですか?」


「た、たまーにあったけど、いつもニーナは最後にはあたしのこと許してくれるのにぃ」


 姉妹間のパワーバランスは妹ヘビーだった模様。いや、当然か。俺とのファーストコンタクトで、魔王ステラは「妹だけには手を出さないで」と命掛けで懇願したのも、今や昔の話である。


 ラステは呼吸を荒げた。


「なんだかクラウディアとニーナがお似合いに見えるし、変なのよ。二人を見てると胸がすっごく苦しいの。辛いの。どうしたらいいのかわかんないのぉ」


 これは重症だ。いかに大神官といえども、回復魔法では治療や治癒ができないこともある。


 俺はそっとラステの赤髪を撫でた。


「心配なさらずとも、ニーナさんのお姉さんはこの世界でただ一人、貴方だけですよ。自信をもってください」


「けどぉ……ニーナはぷんぷんなのよ? あんなニーナ初めてだものぉ」


「いいですかステラさん。ニーナさんもだんだんと、大人の階段を昇っているのです。ステラさんご自身にも、お父様やお母様につい、反抗したくなってしまった時期があったのではありませんか?」


 俺の質問に心当たりがあるのか、ラステはぴたりと泣き止んだ。


「あっ……ある……かも」


「ニーナさんにとっては、ステラさんが唯一の家族なのです。素顔を見せて本音をぶつけられるのも、わがままを言えるのも、貴方がニーナさんの本当のお姉さんだからですよ」


 ステラの呼吸が、ゆったりと落ち着き始めた。


「そっかぁ。そうよね。そうなのよね。うん……ありがとねセイクリッド。あたしがお姉ちゃんだから、ニーナもわがままを言ってくれるのよ」


 切り替えの早さと謎の自信とポジティブさは、どれもステラの美点だ。


「ええ、その通り……と、言いたいところですが、今はお兄さんですけどね()()()()()


 こちらがニッコリ微笑むとラステは「んもー! 一言多いってセイぱいせんはー!」と、少年らしい口振りに戻るのだった。


 と、そんな草原に遠方から白馬が掛けてくる。


 騎乗しているのは、錦糸の刺繍も鮮やかな、上等なビロードの黒い宮廷服に身を包んだ青年だった。


 年の頃は俺より少し下くらいか。大きな青い瞳に金髪と、どことなくだがクラウディアと同じように思えた。


 リムリムがまた、ぽつりと呟く。


「またキャラが被ってるのだ。絵的にどうなのだ?」


 だから止めなさいってば。


 それに、パーツに共通項があろうとも、そもそも性別も違うのだし、人を見た目で判断するのはよくないが、表情を見れば気質はまったくの別のようだ。


 柔らかいクラウディアの眼差しとは対照的に、青年は鋭い目つきをしていた。


 馬で蹴散らすように草花の庭に踏み入って、馬上から青年はクラウディアを見下ろした。


「ったく、こんなとこにいたのかよ末っ子叔母さん」


 ヒヒーン! と馬がいなないて、前足をあげた。いや、この青年が上げさせたのだ。まるで威圧するようなやり口だった。


 クラウディアがニーナを背に庇うようにして立ち上がる。


「お客様の前です。失礼ではありませんか」


 馬の首に触れて「どーどー」と落ち着かせながら、青年は鼻で嗤った。


「ハンッ。何言っちゃってるわけ。こっち王族。平民愚民と混ぜるな危険って……というか叔母さんも端くれとはいえ王族なのにさ。ちょっと意識足りてなくない?」


 その口調こそ王族的にどうかと思うのだが。


 青年の顔を今一度、じっと確認する。何かの式典で遠目に見たことがあるような、ないような。


 クラウディアが厳しい眼差しで返す。


「まずは馬を下りなさいマーゴ」


「お断りだよ叔母さん。で、あのこじんまりとした館を引き払う準備はできてるよね?」


 湖畔のロッジを指さす青年に、クラウディアは困ったように視線を背ける。


 マーゴという名にようやく思い出した。なるほど第十三王女を相手に、敬意どころか上から目線。これができるのは()()()()くらいなものだ。


 クラウディアは胸元にそっと手を添えて頷いた。


「ええ、それは……」


「ったく、どんくさい叔母さんだよなぁ。つーかさ、なんでこんなクソ田舎にまで来なきゃいけないわけよ。父上も父上だっての。たまには叔母さんに挨拶してこいって時間の無駄だよね。人生において得るものないよねマジで。誰か適当に使いの者でよかったじゃーん」


 馬上の青年――マーゴの視線が俺に向き直った。


「しかも神官までいるし。もしかして叔母さん教会の連中とつるんじゃってるわけ?」


 王女の声がうわずり気味に青年に告げた。


「失礼ですよ。セイクリッド様は立派な大神官様です」


「へー。聞いたことないなそんなヤツ。ともかく神官なんて冠婚葬祭で儲けて冒険者から搾取する(いや)しいやつらなんだし、そんな連中とよろしくするなんて王族としてどうかと思うけどね。末っ子叔母さん」


 あー、こいつ売ってるな。王族にしては安っぽい喧嘩のふっかけ方をする青年である。


 とはいえ王族に対応を誤ると、後々面倒なことになるのは明白だ。


 俺はそっと頭を下げた。隣で神官服姿のラステが固まったままだった。


「ちょっとさー。そこの赤い髪のお前、頭……高くない?」


 処される前に俺はラステの頭を手のひらで握ってぐっと下げさせた。


「な、なんであたしがこんなヤツに!」


 じたばたするラステの元に、白馬の巨体がゆらりと迫る。


「あん? 今、なんつったよ」


 冷たい眼差しがラステに降り注ぐ。マーゴは告げた。


「つーか、第一王子サンズの長子な、このマーゴさまに向かって、どの口が“こんなヤツ”って言ったんだぁ?」


 馬の尻を打つ鞭をラステに突きつけて、青年は憎らしげに下唇を噛んだ。


 こちらはあくまで穏やかに返そう。魔王と王子、どっちがキレても困った事になるのだから。


「大変失礼いたしましたマーゴ王子。どうかその鞭は私にお振るいください。下の者の無礼はすべて、私の教育が行き届かなかったが故のこと」


 王子の子も王子と呼ぶのが、王国の慣例だ。マーゴ王子は口元を緩ませた。その顔は獲物を追い詰めチロチロと舌を出すヘビのような、じつに加虐的な悦びに満ちている。


 鞭を引き戻して手のひらで軽くパシパシとリズムをとるようにして音を立てると、マーゴの標的は俺に移った。


「へー。良い心がけじゃん」


 俺の隣でラステがアワアワとした顔をしている。クラウディアがニーナの目元を覆うようにした。


 マーゴが馬用の鞭をヒュンと振り上げる。


「じゃあ、部下の不手際はさぁ……あんたが責任とってよ」


「もちろんですとも。ですがお待ちください」


 俺は上掛けを脱いでラステに持たせた。さらに上着のシャツのボタンに指をかける。


 そう、鞭を打つというのであれば、服の上からではない。理不尽には思えるが、ここは文字通り俺が人肌もとい一肌脱ぐよりほか、穏便には済まないのだ。


 脱がざるを得ない状況であれば、この肉体を晒すことを惜しまない。


 シャツを脱ぎ上半身をさらした途端、ニーナの目を手のひらで覆って隠していたクラウディアから声が上がった。


「セイクリッド様! ああ、セイクリッド様セイクリッド様セイクリッド様ぁ!」


 落ち着け第十三王女様。こんなことなら、先ほど出し惜しみせず胸元くらいは開けて胸筋に馴れさせておくべきだった。


 軽くどこかへ逝ってしまいかけたような、そんな王女の悲鳴にマーゴがビクついた。


「うわ、ちょ、なに?」


 俺は両腕を広げて馬上のマーゴに立ち塞がる。そのままキレッキレの動きでダンシング&ステップを四拍子四小節ほど披露してから、最後は舞い上がるフェニックスのポーズ(片足をあげて両腕を翼に見立てて広げたもの)でキメてみせた。


「さあ、満足いくまで私をその鞭で打ち据えてください。遠慮なさらずに」


 全力で真剣に訴えたところ――


 マーゴは振り上げた鞭をそっと降ろした。


「つーかなんなの、この空気。マジで……あーなんかいいや。冷静に考えて鞭で男を叩いて喜ぶような趣味ないから。ほんと興ざめだわ」


 馬の胴を軽く蹴ってマーゴはターンさせた。


「まあ、伝えたからな叔母さん。じゃ、王都に帰るから」


 そのまま立ち去ろうとする王族に一安心だ。俺が決死の情熱ダンシングで窮地を切り抜けたと確信したところで――


「みんなを怖がらせるのは、ニーナはよくないと思うのです! 偉い人は、もっとちゃんとしてください!」


 弾けるド正論! キュアニーナ乱入である。


 クラウディアに目隠しされていたニーナが声を上げてしまったのだ。見ていなくとも会話を耳にしていれば、それくらいは理解できて当然と言えば当然だった。


 ああ、なんということでしょう。今日のニーナはいつになくアグレッシブすぎる。


 王都へと引き換えそうとしたマーゴの白馬がぴたりと止まったのは、すぐ後の事だ。

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