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子ヤギとお手紙

 聖堂の赤いカーペットの上に、幼女が二人並んで俺に訴えてきた。


「遊びにいきたいのだー!」


 尻尾をフリフリさせて、ヘソ出しルックのピンク髪が両腕を万歳させた。


 これから毎日、教会で遊ぼうぜ! と、言わんばかりの吸聖姫リムリムは、完全に“最後の教会”に入り浸っている。


 早い時には朝の八時から、三時のおやつを食べ終えるまで常駐である。


 ちなみに、昼食は魔王城でごちそうになっているらしい。魔王様、同盟(アライアンス)じゃなくて寄生(パラサイト)されてますよ。


「おにーちゃ! ニーナもいいところに連れていってほしいのです!」


 エメラルド色の瞳がキラキラと俺を見上げる。金髪幼女にして魔王の妹たるニーナは、リムリムが遊びに来るようになってから、これまで以上に楽しげだった。


 近しい年齢の友達が、ニーナにはずっといなかったのだ。


 幼女は二人して、ハイタッチをしたまま俺の前でメリーゴーランドのようにぐるぐる回り始めた。


「遊びにいきたいのだのだのだ~♪」


「お出かけお出かけうれしいな~♪」


 俺は二人に問いかけた。


「魔王城探検ごっこの方はもうよろしいのですか?」


 二人はぴたっと足を止めて、並んでこちらに向き直る。


「飽きたのだ!」


「ニーナもかくれんぼでいっぱい知ってるから、新しいはっけんがないのです」


 二人の遊び場としては魔王城は広大だが、結局は城内なのでどこに行ってもさほど代わり映えしないのだろう。


 俺はゆっくり頷いた。


「では、教会の方は案山子のマーク2さんに少しの間お任せして、キャンプに参りましょうか?」


 以前、マリクハでの一件で霊峰フージの麓を大爆発に巻き込んで地形を変えてしまったため、よさげな場所も限られてくる。


 どこか別の新しいキャンプ地候補が無いかと思案していると――


 リムリムが俺に牙をむいて吠えた。


「野宿はいやなのだ。リムリムはお嬢様だから、文明的なところじゃないと困るのだ」


 なんてわがままな。俺がニーナに視線を向けると、金髪幼女はそっと逃げるように下を向いた。


「セイおにーちゃ……キャンプもいいけど……キャンプばっかりで……ううん、ニーナはいいの。ニーナキャンプだーいすき」


 声に元気が無い。遊びに行く=キャンプという構図は、どうやら幼女ズには当てはまらないようだ。


 とはいえ、トラブル発生姫ことリムリムを連れて人間の街に行くのは危険が多い。うっかり尻尾や羽を誰かに見られて、通報されるのはよろしくない。


 幼女を二人連れた状態で通報されるのは、大神官にとって、とてもよろしくないのである。


 そういったこともあって、お出かけとなると雄大な大自然を堪能する流れになりがちだったのだが、ここのところキャンプばかりだったこともあって、ニーナにつらい思いをさせていたようだ。


 リムリムが俺の服の裾を引っ張る。


「リムリムは王都に行ってみたいのだ! カフェでおしゃれなスイーツなのだ!」


「えー、リムリムさん。上級魔族の貴方が王都に姿を現すのは、いかがなものかと。昔々、王都を狙う上級魔族が、みんな痛い目をみて逃げ出した事件がありまして」


 上級魔族デストロイヤーの存在は、現在もエノク神学校を中心に語り継がれている。


 リムリムはぺたんこな胸をエヘンと張った。


「そんなのは都市伝説なのだ。証拠がなきゃ信用できないのだ」


 お前の目の前にいる俺が証拠だよ。


「ともあれ、一見して魔族とわかってしまうような格好では困ります」


 ステラくらいポンコツで魔王の威厳ゼロであれば、帽子などで角を隠してなんとかなったりもするのだが、今や魔王様は擬態魔法で尻尾も角も隠せるようになったので、今では変装するのが懐かしくすらある。


 擬態魔法を覚えてからのステラのドヤりっぷりをみるに、よほど高度な魔法に違いない。


 まだ幼い吸聖姫にそれを求めるのはさすがに酷だ。


 と、見る間にリムリムの角と尻尾と背中の羽が引っ込んだ。


「上級魔族なら擬態魔法は普通に使えるのだ。むしろ使えないやつっているのか?」


 ポンコツ魔王様基準で考えていた、そんな時期が俺にもありました。


 ピンク髪のヘソ出し幼女になったリムリムがニーナをじっと見つめる。


「それにしてもニーナはすごいのだ」


「え? ニーナすごいの?」


 うれしそうにニーナは笑顔になった。


「擬態魔法をずっと維持してるのだ。こんなに擬態魔法がうまい魔族は、きっと世界でも数えるほどなのだ。さすがニーナなのだ」


「はえぇ……そうだったんだぁ」


 無自覚にニーナは驚いたような顔をしてみせた。


 二人は歌に合わせて両手をパンパンとタッチさせる遊びを始める。


「「れいほーういちまんじゃーく♪ 子ヤギのうーえで♪ たのしいダンスがらんらんる~♪」」


 俺の知っている歌詞と違う。子ヤギの上でダンサブルとは、愛護団体からのクレーム待ったなし。


 二人が呼吸もぴったりでリズム遊びに夢中になりだしたところで――


 大神樹の芽が輝いて、一通の手紙が届けられた。物質の転送機能を利用したものだ。


 白い封筒の裏には王家の紋章をかたどった封蝋が施されている。


 差出人は以前、教皇ヨハネによって引き合わされた第十三王女クラウディアだ。


 ニーナが手紙に興味津々のようで、ダンサブルオンザ子ヤギの手を止めて、リムリムと二人して俺を左右から挟み込む。


「おにーちゃお手紙いいなぁ。ニーナもお手紙ほしいのです」


「リムリムはファンレターがいいぞ!」


「じゃあじゃあ、ニーナがリムリムちゃんに書いてあげますから。ニーナね、おにーちゃにいっぱい絵本を読んでもらって、文字が書けるんだぁ」


「それはすごいのだ。リムリムも読み書きをもっとできるようになりたいのだ」


 


 自室に戻ってペーパーナイフで手紙を開封する。幼女二人は小ガモのように俺の後ろをついて回った。


 ニーナが俺にぴたっと張り付くように抱きついてくる。


「おにーちゃ、お手紙はなんですか? ファンレターですか?」


 リムリムが反対側からニーナと挟むように、これまた抱きついてきた。


「ラブレターかもしれないのだ」


 ニーナが目を丸くする。


「ええ!? おにーちゃラブレターをもらったのです?」


 吸聖姫がにんまり笑った。


「見た目だけはイケメンだから勘違いする女の子がいてもおかしくないのだ。それに大神官のそばには、女の子がいーっぱいなのだ」


 途端にニーナがそわそわとお尻をもじもじさせて、心細そうに俺を見上げた。


「おにーちゃには、セイおにーちゃにはステラおねーちゃいるのに」


 みるみるうちに泣きそうだ。これ以上はいけない。


「ご安心ください。生まれてこの方、もらう手紙は果たし状か不幸の手紙か脅迫状か督促状くらいなものですから。それに手紙の封蝋は王家の物ですし、これはきっと、王女様からのお手紙ですよ」


 するとニーナは「王女様が!?」と、はっとした顔になって、急ぎ足で部屋を出ると聖堂を抜けて魔王城に走っていった。


「ま、待つのだニーナ!」


 慌ててリムリムもニーナを追いかける。


「さて、やっと落ち着いて読めそうですね」


 手紙を開いて内容に目をやると、それはなんのことはない、王女様が隠棲している湖畔のロッジへの招待状だった。


 ご多忙かと存じますが、もしお時間がとれるでしたら、ラステさんもお誘いの上お越しください。と、そんな内容だ。


 お茶とお菓子でもてなしてくれそうである。特に断る理由もなく、王族からの要請とあらば受けるべきお招きなのかもしれない。


 と、思ったところでニーナが姉の手を引いて、教会に戻ってきた。


「ちょ、ニーナどうしたのそんなに慌てて」


 最近、ニーナがリムリムと一緒に教会を遊び場にしていることもあって、その邪魔をしないようにと訪問回数が控えめになりつつある魔王ステラが、赤いカーペットの上を妹に手を引かれてやってくる。


 聖堂に戻った俺は、さっそくステラに告げた。


「ようこそ教会へ(以下略)」


 ステラが「なによそのやる気の無い(以下略)って!」と、すかさず突っ込みを入れてくる。


 それからニーナがステラのドレスの裾を小さく引っ張って、しゃがませると耳打ちした。


 ニーナの話を聞きながら、うんうんとステラが頷いている間に、遅れてリムリムが戻ってくる。


「ニーナが意外とちょこまか速くて、追いかけるのが大変なのだ」


 軽く息を切らせるリムリムが、魔王姉妹の内緒話に首をかしげていると、ステラが声を上げて立ち上がった。


「セイクリッド! 王女様からラブレターもらったの!?」


 ニーナが眉を八の字にさせている。


「セイおにーちゃとステラおねーちゃは仲良しで、だいて! ってなるからぁ……ふりんはだめなのです」


 誰だニーナに不倫なんて言葉を教えたのは。


 1.1倍アコ。2.7倍カノン。3.3倍キルシュ。大穴で108倍でベリアルという脳内オッズである。


 俺はコホンと咳払いを挟んで、ステラに手紙を見せた。


「私にというよりは、クラウディア王女は神官見習いの赤髪の美少年であるラステくんに会いたがっているようですね」


 ステラがホッと胸をなで下ろした。


「な、なーんだぁ……」


「では明日にも伺うと返信しますので、準備の方をよろしくお願いいたしますね魔王様」


「へ?」


 どことなく間の抜けたようなステラを尻目に、俺はニーナとリムリムに宣言した。


「明日は湖畔の素敵なロッジで優雅にティーパーティーを楽しめそうですよ」


「わあああい!」


「おしゃれなのだ! リムリムにぴったりなのだ!」


 幼女ズが再びハイタッチしたまま、その場でぐるぐるとメリーゴーランドステップを始める。


 ステラがおびえた瞳で俺を見つめた。


「嘘でしょ?」


「大神官、嘘ツカナイ」


「なんで片言なのよー!」


 復活、ラステくん。そのためにも、今夜までに魔王様には俺に性別反転の呪いをかけて、反射した自分の呪いをその身に受けてもらわねばならない。

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