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箱の中身は伊達じゃない

 低階層ではちょっと強そうな相手をコキャった。(※コキャる:神官用語――身体の一部分を本来曲がらない方向などに曲げる行為。ストレッチやマッサージなどの医療行為を兼ねた関節技サブミッション


 一番強いヤツが痛がる姿を見れば、大半はドン引きして道を譲ってくれる。


 中階層では要所要所で睡眠魔法を使い、誰にも気づかれることなく、やっと八階層の終盤だ。


「すいませんちょっと通りますよ」


 氷の橋がかかった一本道。奥の扉から先がきっと九階層だろう。


 透明な橋の上には、雪のように白い肌をした一つ目巨人がデンと立つ。


 棍棒を構える姿は動く巨大な彫像オブジェのようだ。


 牙だらけの巨人が口をガバッと開いた。


「通りますよで通すわけねぇだろボケェ! オレ様はこのアイスブリッジを守るサイクロップ様よ!」


 この先、再開地点となる祭壇があるのだろう。


 第一層の入り口付近から、九層手前まで一気に跳ぶことができる。こういった転送祭壇を魔族が作るのにも理由があった。




 移動が楽だから。




 おかげで階層をクリアした冒険者に転送祭壇を利用されてしまうのだが、ボス魔族が用心のために祭壇を停止したなんて話は聞いた事が無い。


 人間などに負けるわけがないという慢心だろうか。


「おいコラ人間よぉ! たった独り、この第八層の奥までどうやって入ってきたかはしらねぇが、もうこれ以上アイスバーン様の領地に踏み込ませるわけにゃいかねぇんだ!」


「もうこれ以上? ああ、アコさんたちに突破されたんですね」


「あぁっ!? テメェさてはあいつらの仲間だな? 神官みてえぇな格好して、あの狂犬眼鏡女の関係者かッ!? この前やられた分はきっちり返させてもらうぜぇ!」


 勇者アコや魔王ステラよりも魔物に心の傷を負わせた神官見習いっていったい。


 このままでは、神官が人でなしの凶暴な職業だという、ありもしない噂を立てられてしまいかねない。


 氷の巨人が棍棒を振り上げた。


 俺は穏便に済ませるべく声を上げる。


「お待ちください。どうか私をすんなりと通していただけませんか?」


「知るかあああああああ!」


 空気を切り裂くような速度で棍棒が振り下ろされた。


 紙一重で避けると、その風圧で整えた髪がボサボサになる。


 普段から手入れに時間をかけているのに、たった一撃で俺の髪を寝癖まみれのようにしてくれるとは……。


「外れたッ!? いや、避けたのか? あ、ありえんぞ!」


 一つ目をキョロキョロさせて挙動不審になる巨人に俺は忠告する。


「私が“殺します”と言った時は、十中八九本気ではありません……が、たまに手元が狂うことはあります。はい、では殺しますね」


 少々強い言葉を使わなければ、魔族は引かない。学生時代に魔族を説得し続けた中で得たコツのようなものだ。


 ともかくびびらせないことには、交渉が始められない。


 巨人の得物えものを握る手にギュッと力が入った。


「何が殺しますよだバカめッ!」


 棍棒を横になぎ払う。スイングは速いが軌道は単調だ。


 刹那せつな――


 光の撲殺剣で横軌道の棍棒を下から軽くかち上げた。




 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!




 巨木の幹ほどもある棍棒から見れば、撲殺剣など小枝に等しい、が、光が爆ぜて棍棒の方が吹っ飛んだ。


「ぬおああああああ!」


 ほとんど俺の力はかかっていない。ただ、相手の振るった攻撃の向きを水平から斜め上方向へと“修正”したに過ぎない。


 自分自身の腕力に振り回されるように、巨人はその場で空振りをするとぐるんと一回転して尻餅をつき、背中からバッターンと仰向けにぶっ倒れた。


「な、ななななんだってんだッ!?」


 俺は軽く跳んで巨人の胸の上に着地する。光る棒の先端を、巨人の顔の大半をうめる眼球にぴたりと突きつけた。


「ほら、殺していないでしょう? ああ、でも貴方が『通ってよし』と言ってくださらないと、うっかりということもありますし」


「お、お通りください」


 涙をぶわっと浮かべる一つ目巨人は、戦意を喪失して得物えものの棍棒も放り投げた。


「では、先を急ぎますので」


 背中から襲ってこないかわくわく……もとい、少しだけ警戒していたのだが、巨人は力無く氷の橋の真ん中で大の字になったままだ。


「ああ、実家に帰って家業をつごう。ここまで来るような強い冒険者なんていないっていうから引き受けたのに話違うじゃん。いくらダンジョン効果で蘇生されるっつっても、強いの来まくりやられまくりじゃ管理職エリアチーフなんてやってられんわ! うん、そうしよう。こんなダンジョン辞めてやる! 人間めっちゃ怖いし」


 冒険者が教会で蘇生されるように、ある程度強力な魔物であれば、ダンジョン内で蘇生される。イマイチ情報不足で、どういった仕組みかまでは解明されていないのだが……。


 まあ、家業がんばって。




 九階層の転送祭壇に使用した痕跡が残っていた。


 魔法力の残滓ざんしから、おそらく十分~十五分前後。追いつく頃には最終層の手前付近か。


 俺は独り、氷の洞窟を進む。魔物の残り具合からして、アコたちはある程度戦闘を回避しているようだが……壁や天井のそこかしこに光弾が直撃したような穴が開いていた。


 焦げ跡や氷が溶けたような痕跡なし=ステラの炎撃魔法ではない。


「カノンさんですね」


 光の撲殺剣と同じく、魔法力そのものを放出する光魔法の乱射癖はまだ収まっていないのか。これで前よりマシというなら、どうりで最終層で魔法力切れを起こすわけだ。


 そんな状態で無理に氷牙皇帝アイスバーンに挑めば、二人は倒され最悪の場合、ステラの身にも危険が及びかねない。


「急ぐとしましょう」


 銀のケースを手に俺は走った。ダンジョンを風のように駆け抜けた。


 途中、アコたちがスルーした魔物に何度か襲われたが……


「光の睡眠魔法です。お眠りください」


 睡眠魔法を使うのが面倒なので、立ち塞がる者にはもれなく光の棒による打撃系睡眠法によって、眠ってもらった。




 最終層への扉は開かれていた。


 奥へと続く一本道の先で、決戦の火蓋は切って落とされたあとだ。


 戦闘開始に間に合わなかったが、終了していなければ上々である。


 奥に広がる円形闘技場。観客はなく、闘技場の奥にこの要塞の“玉座”があった。


 すでに玉座の主――氷牙皇帝アイスバーンは、アコとカノンを氷漬けにしたあとだ。

 

 ぱっと見ただけでわかったが、本来、アコとカノンのレベルで立ち向かうには無理のある相手だったな。


 自称皇帝は青い肌の青年である。背丈は俺と同じか、やや向こうが高いくらいだ。


 黒目に赤い瞳は異形の相貌かおだが、青白い角と白い尻尾の姿形シルエットはステラにも似た雰囲気だった。


 うーむ。この青年の顔、どこかで見たことがあるような、ないような。


 外ハネ気味の銀髪を揺らしてアイスバーンはステラに告げる。


「人間風情が我ら魔族の姿を真似るなどおこがましい!」


 アイスバーンとやら。今、お前が上級氷結魔法を連射している相手は人間風情じゃなく魔王様だぞ。


 アイスバーンの放った凍気の槍を、ステラの前に飛び出してベリアルが身を挺して盾となる。


「こ、ここはわたしが食い止めますゆえ、ステラ様だけでも」


「だ、だめよ! 見捨ててなんて行けないわ!」


 どうやらステラは大ピンチのようだ。


 鎧を凍結されてなお、ベリアルはアイスバーンに立ちはだかった。


 その勇ましい姿に氷牙皇帝は片方の眉尻を上げた。


「ほぅ……あれに耐えたか勇敢な女騎士よ。気に入ったぞ。我に忠誠を誓えば、貴様だけはその命、助けてやろう」


 ベリアルは悔しそうに奥歯を噛みしめた。


「クッ……殺せ!」


 ああ、これがかの有名な女騎士の追い詰められた時に出るセリフか。


 アイスバーンが人差し指をベリアルに向けた。


「それは残念だ。そこの女黒魔導士よ。逃げればどうなるかわかっているな?」


 氷牙皇帝の指先から圧縮された氷結魔法が氷の刃となってベリアルに飛ぶ。


 全身を覆う鎧の継ぎ目を、的確に狙い撃ちして切り裂いていった。


 まるでタマネギの皮でもくように、装甲を一枚ずつはいでいく。


 ベリアルがたまらず悲鳴をあげた。


「くあっ! これ以上のはずかしめには耐えられぬ! ステラ様お逃げください! ウッ……ハァ……ハァ……ひゃん! あっ……ああああッ……」


 だんだん声が熱っぽくなっているぞ情級マゾ苦もとい上級魔族ベリアル


 ステラが肩を震えさせた。


「ベリアル……みんな……ごめん……ニーナ……最後まで……守って……あげられないかも……助けて……誰か……」


 本気を出せば氷牙皇帝くらい倒せそうなものなのに。都合良く、アコもカノンも今なら氷漬けだ。


 さて――


 俺は闘技場の真ん中まで歩み出る。


 ステラは両手で口元を押さえるようにして、涙を浮かべた。


 ベリアルはといえば、俺を見て「遅すぎる」と愚痴をこぼしながらニヤリと笑う。


 突然やってきた神官にアイスバーンは首を傾げた。


「なんだ貴様は?」


「教会で司祭をしております。セイクリッドと申します」


「冒険者でもない人間の司祭が何用だ?」


「今日は一日、この場で出張教会を開こうと思いまして。ようこそ教会へ。旅の記録を記しますか? 蘇生いたしますか? 毒の治療ですか? それとも呪いを解きましょうか?」


 アイスバーンは表情を変えず、俺めがけて上級氷結魔法を放った。


 氷の槍が心臓めがけて一直線に飛んでくる。


「ああ、まったくせっかちですね」


 俺はその一撃を避けようともせず、左手にずっと持っていた銀色のケースを開いた。


 中から四つ、青い正八面体の水晶が空中にふわりと浮かんで俺を取り囲む。


 一つ一つは拳ほどの大きさだが、性能はそのままだ。


 大神樹管理局、設備開発部謹製――


「浮遊式自立防衛型記憶水晶です」


 四つの記憶水晶は空中で回転しながら俺の眼前に並ぶと、それぞれが魔法防壁を展開し、氷牙皇帝の放った氷の槍は防壁の前に砕け散った。


 青い魔族の顔がさらに青くなる。


「なん……だと……!?」


 四つの水晶が俺を中心に、弧を描いて踊るように宙を舞う。


 ステラが悲鳴を上げた。


「な、なな、なんてもの持ってくるのよーッ!?」


 そう言いたくもなるわな。


 怯えるステラに俺は告げる。


「さあ、反撃に転じてください」


「わ、わわ、わかってるわよそれくらい! あなたにだけは情けない姿を見せられないものね!」


 先ほどまでの心細そうな弱気が嘘のように、ステラの瞳は赤く燃えさかった。

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