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ハロウィン番外編:おかしをくれないと○○しちゃうぞ!

 王都では魔族に扮装、仮装した人々が溢れていた。


 馬車の荷車をひっくり返すといった一部暴徒化した連中もいるらしいが、今日も魔王城前の教会は静かなものだ。


 大神樹の芽に独り、俺が祈りを捧げていると――


『セイクリッド蘇生して早く早く!』


『今日はちょっと趣向をこらしたでありますオブザデッド!』


『ネタバレじみたこと言っちゃっていいんですか?』


 勇者とおかしな仲間たちが死に戻ってきたらしい。


「蘇生魔法×3」


 省略気味な魔法によって、光が大神樹の芽から溢れて三人分の人の姿を形作った。


 が、普段とはシルエットが違う。


 アコはビキニの水着姿で、両手にフワフワとした毛むくじゃらの、白い大きな手袋をしていた。足下も白いファーで包まれている。


 頭には犬のような耳をつけていた。


「じゃじゃーん! 狼女だぞ! おかしてくれないとイタズラしちゃうぞ!」


 すかさずゾンビのような顔色に塗った、全身ボロボロの神官服姿のカノンが悲鳴を上げる。


「アコ殿! てにをは一つの違いが命取りでありますよ!」


 ご丁寧にカノンの眼鏡ほんたいはレンズにヒビが入っていた。これが彼女流のゾンビ表現だ。


 アコが「あれ? ボクなにか間違ってたっけ?」と、お尻にふっさりと生えた白い尻尾をフリフリさせる。


 どのような仕組みで動いているのかは、敢えて聞かないでおこう。


 最後の一人はといえば、タキシード姿にシルクハットという出で立ちだ。もとよりゴスな服装を好むキルシュなので、普段とのギャップがさほどなかった。


 牙を光らせ問答無用で俺に向かって襲いかかる。


「おかしをくれないと血を一滴残らず吸い尽くしちゃいますよ?」


 アコが「あー! それそれ! おかしをだ!」と、のんきに呟いた。


 俺は光の撲殺剣を二刀流にして、十字に構える。


「吸血鬼よ退きなさい」


「う、うわああああ」


 お祭り気分でノリが良いのか、キルシュは目を細めてその場にぺたんと尻餅をついた。


 俺は咳払いを挟んで確認する。


「それで、今日はいったいなんの騒ぎですか」


「ハロウィンだよハロウィン!」


「ああ、たしかそういった呼び名で定着させたらしいですね」


 この行事を発案したのは教皇庁だ。主にヨハネの代になって「異教徒の収穫祭だけど、カジュアルに楽しい行事にしちゃうのってどうかしら?」と、数年前から始まったのだが、仮装OKの国を挙げたバカ騒ぎとして、今ではすっかり定着してしまった。


 勇者一行は俺の前に整列すると、ひょいっと手を出した。


「なんですか? 握手ですか?」


 アコが胸をぶるんぶるんと揺らして、首といわず全身を左右に振る。


「お金をくれないとイタズラしちゃうぞ!」


「それはカツアゲですよ」


「あっ! また間違っちゃった。えっと、お金をくれたらイタズラしてもいいよ!」


「それも犯罪ですね。保護者のカノンさん、もう少ししっかりしていただけませんか?」


 俺が視線をそっとゾンビカノンに向けると、彼女は半分空けた口からヨダレを垂らしてみせた。


「うっ……あっ……ううっ……あああああ」


 ゾンビのフリして責任回避とは良い度胸だ。話合いが通じなさそうなので、俺はキルシュに視線を向け直した。


「しかし意外ですね。キルシュさんまでこういった祭りに参加するなんて」


「わたしのことなんだと思ってるんですか? 収穫祭だけど死者が戻ってくる的なお祭りですよ? 暗殺者としての血が騒ぐってもんです」


 騒ぐな静まれ。


 アコが再び俺に両手を差し出した。


「だからほら、あるでしょ! お駄賃でいいから。あとで好きなお菓子を自分で買うからぁ!」


 先日、勇者アコは勇者として覚醒したような気がしたのだが、あれは気のせいだったらしい。


 俺は逆に手を差し出した。


「はい、蘇生代金は所持金の半分です。まずはお納めください」


「え!? お金取るの!?」


「当たり前でしょうアコさん。当教会はハロウィンだろうと平常運行です」


 チェーっと口を尖らせて、アコは空気の方がたくさん入っている財布を俺に手渡した。


 コインが数枚入っている。


「では、半分をまずいただいて、そのお金をみなさんにお返ししましょう。良かったですねアコさん。無料で蘇生されたので、浮いたお金でおかしを買ってください。ではおたっしゃで」


 財布をそのままつっかえすと、アコはハッハと腹式呼吸しながら舌を出して「わおーん! やったね! おやつ代ゲットだよ!」と、喜んだ。


 いや、ゲットしたわけではない。ともあれ、カノンがゾンビ化して俺に前から抱きつき「あばばばばば」とヨダレで神官服を汚そうとしてくるため、転移魔法でとっととお帰り願うことにした。


「あ! ちょっと待ってくださいよ。わたしも何かセイクリッドさんにやらかしたいんですけど」


 キルシュの最後の言葉は転移魔法の光に包まれ、残響音が聖堂に残るだけだった。


「まったく、迷惑な話です」


 お気楽三姉妹を王都に送り返したのもつかの間――


 ドンドンと荒々しく、聖堂の入り口の扉が叩かれた。


「今度はどなたですか?」


 赤いカーペットの上をすいーっと縮地歩行で入り口まで向かうと、扉を開く。


 目の前に壁のようにベリアル(巨獣)の腹があった。


「トリックオアトリートGRUAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 轟音を響かせ怒声のような勢いで雄叫びを上げながら、ベリアルが三つ叉の槍を夜空に掲げる。


「ご用件はなんでしょう。旅の記録ですか? 毒の治療ですか?」


「おさけをくれないと殺す!」


「物騒なハロウィンですね。というか、魔族にもあるんですか?」


 巨獣は俺をじっと見下ろした。


「なんだ、連れないではないか神官よ。せっかくこうして仮装してきたというのに」


「いつものベリアルさんとどこが違うのでしょう?」


「くっ……見てわからないのか。実は槍が三つ叉ではなくフォークになっているのだ」


 良くみれば普段の槍ではなく、食事で使うフォークを大型化したものだった。


 正直、変えた意味があるのか微妙なところだ。


 フォークを俺に向けてベリアルは再び吼えた。


「おさけをくれないと精神的に沈み込んで、これから毎晩貴様の枕元でさめざめと泣いてやるぞ」


「仕方ありませんね。ステラさんには内緒ですよ」


 俺は神官服の袖口から、チョコレートの包みを取り出した。


 一粒ずつ個包装されたものだ。


「なんだこれは! おさけではないのか」


「チョコレートの中に洋酒が入っています」


「なにっ!? くっ……いいだろう。今回は見逃してやる」


 しゅるしゅると巨獣の姿が縮むと、女騎士ベリアルになって、彼女は俺の手からチョコレートを奪い去って帰っていった。


 途端に背後から何者かが向かってくる。


「リムリムにもお菓子ちょーだいなのだぁ!」


 どうやら俺の私室に備え付けられたままの転移門を通って、こんな時間にやってきたらしい。


 仮装などしていなくとも、リムリムの場合は普段着がハロウィンだ。


 背後から抱きつこうとする彼女をひょいっと避けて、俺は告げる。


「それではただのお菓子好きですよ。もう少し言い方というものがあるのではありませんか?」


「え? ええ? 言い方があるのか?」


 困惑し、手を口元にもっていってリムリムはそわそわし始める。


 しばらく考えたかと思うと、彼女はそっと赤いカーペットに膝を着いた。


「こ、こうか!? DOGEZAスタイルか!」


「やめてください。私が幼女に強いているようではありませんか」


「DOGEZAられたくなかったら、リムリムにお菓子をめぐむのだ!」


 脅迫も甚だしいが、条件を呑まねば彼女は引き下がらないだろう。俺は神官服の懐から、棒付きのキャンディーを取り出した。


「さあどうぞ」


「わーいなのだ! ちょっと自慢してくるのだ!」


 開け放たれたままのドアからリムリムは外に出ると、魔王城へと走っていった。




 五分も経たずにステラがニーナを連れてやってくる。


「ちょっと! リムリムにキャンディーなら、ニーナにはもっといいものがあるわよね!」


「別になにもせずとも、お二人にはお菓子をご用意しているではありませんか」


 ニーナが恥ずかしそうにステラの背後から姿を現した。


 なんと、ニーナの頭に魔族らしくツノが生えていたのだ。尻尾や羽までついている。


「その尻尾はまさか……」


 唖然とする俺にステラが「カノン方式じゃないから!」と、大いに焦って反応した。


 よかった。別の方式で本当によかった。


 しかし、ニーナは恥ずかしそうに頬を赤らめつつも、ずっと下を向いたままだ。


「こんばんはニーナさん。魔族の扮装がとてもお似合いですね」


「あうぅ……けど、ニーナはステラおねーちゃの妹さんなのに、ツノも尻尾もないからぁ」


「とっても良くお似合いですよ」


 途端にニーナの表情が笑顔になった。


「ほ、ほんとに!?」


「神に誓って。ステラさんとおそろいですね」


「わーい! ニーナはおねーちゃとおそろいなのですー!」


 喜ぶニーナにステラも「ほっ」と平らな胸をなで下ろした。


 が、それも一瞬のことである。ニーナは再びうつむいてしまった。


「けど、けどぉ」


「どうかなさいましたか?」


 視線を床に向けてニーナは呟いた。


「あのね、おかしをもらうのにイタズラしなきゃいけないんだって。だけど、ニーナはいたずらとかよくないと思うのです」


 真面目だ。真面目ッ子ピュア幼女にとって、大神官を脅迫してお菓子を強奪するようなことは、してはならないということなのだろう。


 そんな健気でいじらしい姿に、俺の心は張り裂けそうだ。


「さあニーナさん。今夜だけはどのようなイタズラも神は見逃してくれるでしょう。是非、この私に直接アレコレイタズラを……」


 と、言いかけた所で、魔王城の城壁の上に月明かりを反射する影があった。


 幼女メイドゴーレムの、ぴーちゃんその人である。


 彼女はどこで調達したのか、自身の身長よりも長大な魔法銃を構えていた。そのスコープのレンズが俺を捕捉している。


「そういうところですわよ」


 と、彼女の口が動いた気がした。


 俺はそっと膝を折ってニーナに告げる。


「ああ、なんと恐ろしい魔族のお姿でしょう。イタズラをされては大神官の私とてひとたまりもありません。ここはどうか、あちらの部屋で紅茶と焼き菓子をご用意いたしますので、それで許してはくださいませんか」


 ニーナは一瞬、ぽかんとした顔をした。ステラが妹の代弁をする。


「あら、やっとこの魔王姉妹の恐ろしさに気づいたみたいね。それじゃあイタズラしたいのはやまやまだけど、今日は夜のおやつタイムで許してあげるわ。ね、ニーナ?」


「う、うん! ニーナもおにーちゃとおやつタイムしたいのです」


 遠方から俺に向けられた銃口が外され、二人を私室に通すと遅れてロリメイドゴーレムが合流し、お茶の準備を手伝う。


 ハロウィンの日はニーナにとって、一日に二回のおやつタイムがある日という認識になったようだな。


 今宵も“最後の教会”は平和である。

なんとなく書き始めたらできあがってしまったので投稿しました

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぴーちゃんのニーナへの忠誠心が、読んでてすごく和みます。 [気になる点] セイクリッド……(--;)
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