エクソシズムの極意
暗転した世界に光が戻る。
以前、ステラの悩み事(意訳:胸は一向に大きくならないのに、魔王城内の深淵門ばかり大きくなる件)を解決した時には、中の風景はどこまでも広がる緑の草原と青い空だった。
どうやらアレは魔王級の上級魔族が発生させるものであり、その心の映し鏡のようなものなのかもしれない。
どこまでも続く墓地である。死して王となろうとするポムポムにとって、生者を廃した死者だけの世界こそが理想郷とでもいうのだろうか。
見渡す限り広がる墓標の丘の中心に黒い教会が建っていた。その前庭に俺たちは降り立つ。
教会を背景に黒い影の男――ポムポムが待ち構えていた。
「リムリムよ。我が娘よ。今からこいつらを皆殺しにする。これは罰だ。お前が家畜をペットにしたいなどというからいけないのだ」
カノンにぎゅっと抱きついてリムリムは父親をにらみ返した。
「人間は家畜でもペットでもないのだ。友達なのだ!」
カノンも「そうであります。友達どころかママでありますよ!」と、すっかり母性全開だ。
ステラが周囲を見渡して「陰気くさい場所だけど、これなら存分に戦えるわね」と、俺に目配せする。
全魔法の使用を許可する。と、俺は頷いて返した。
すでに説得の段階は終わっている。
影の男と対峙していると、かつてステラの不安が生んだ異界で、アコたちの幻影と戦ったのを思い出した。あれは話し合いの通じる相手ではなかった。
このポムポムは、リムリムが生み出した影なのであれば、もはや物理的手法をもって雌雄を決するほかない。
ポムポムの赤い口が裂けるように開く。
「まずは貴様らを葬り去り、リムリムの得た稀なる聖なる力をもって、世界を墓標で埋め尽くしてくれよう。この力さえあればもはや人間さえも不要。生者は死者に。世界は我のものに」
巨大な翼を羽ばたかせ、両腕をオーケストラの指揮者のように振る。そこかしこの墓標の下が盛り上がり、全身が灰色に染まった生ける屍たちが這い出した。
アコが剣を抜きカノンも光の撲殺剣を構えてリムリムを互いの背中で挟むようにして守る。
「リムリムちゃんはボクらが守るよ」
「危ないからじっとしているであります」
二人の背中にかばわれたピンク髪の幼女は、その手にゼリーワームの鞭を生み出した。
「リムリムだって戦えるのだ。パパを止める責任があるのだ」
三人がそれぞれ背中を預けあって、四方八方から襲ってくる灰色の屍たちを打ち据え、切り裂き、弾き飛ばす。
その間に、ステラは遠方めがけて魔法を放った。
「上級爆発魔法ッ!」
墓標の丘の至る所で、次々と爆発が起こり生ける屍が発生すると同時に消し飛んでいく。
ポムポムの赤い口がゆがんだ。
「我が世界でその威勢がいつまで持つかな」
俺は両手に光の撲殺剣を構え直した。
「心配は無用ですよポムポムさん。貴方の相手は私がいたします。すぐに済みますから」
「ほざけ家畜が」
漆黒の手刀を胸元で×の字にして、ポムポムがふわりと浮かび上がると滑空しながら俺めがけて飛び込んできた。
「切り刻んでくれるわ」
俺の腕や足を狙って、手刀の連打が放たれた。そのすべてを光の撲殺剣ではじき返し、喉元に切っ先を突きつける。
両腕を振り上げたままポムポムの動きが固まった。
「なん……だと……」
「まるでお話になりませんね。本当に魔王城に転移門を仕込んだ実力者なのでしょうか? 悪霊になっている間、鍛錬もせず怠惰に生活してきたのですか」
静かな口ぶりで俺が告げると、ポムポムはふわりと後方に飛び退いた。
「炎よ風よ雷鳴よ氷結よ。やつを殺せ」
四種の黒魔法よくばりセットをポムポムは放つ。当然、俺はすべての魔法を防御魔法で受け流した。
無傷である。巻き込んだ墓石を融解させるほどの炎も、荒れ狂いすべてを切り裂く風の刃も、雷撃も氷撃も俺には通じない。
「ステラさんの風刃魔法はかろうじて私の服の袖を切断しましたが、そういえば上半身裸なのでそれすらできませんでしたね」
「ば、馬鹿な。ここは我が世界だぞ」
「私だって悪霊死霊の相手が得意な大神官ですから。貴方が生者であれば良い勝負ができたかもしれませんが、神のご加護がある以上、どのような世界だろうと負ける気がいたしません」
「こ、こっちに来るなあああああ!」
往生際の悪い火炎魔法の連打をする姿は、以前のステラのようだった。
すべてたたき落として肉薄すると、光の撲殺剣をポムポムの肩口めがけて叩きつける。
「世界を死で満たそうなど言語道断。生きとし生けるものの代表として、私の抗議のすべてをその邪悪なる魂で受け止めていただきますね」
左右の撲殺剣を逆手に構え、何かしらのストラッシュ的な一撃を連打する。
ついでに蹴りや膝もたたき込んで、ポムポムをサンドバッグ状態にしながら俺は続けた。
「ああ、生きてるって素晴らしい! 命の賛歌が聞こえますか? 美しい小川のせせらぎに、鳥たちのさえずりが朝の太陽を呼ぶのです。緑は萌え大海は青々と揺らぎ、風は森で生まれたての空気を人々の胸に運んで、今日も世界は活力に満ちています」
ポムポムが膝から崩れ落ちそうになる度に、アッパーカットで顎をかちあげて倒れさせないようにしながら、俺は生命の賛歌を続けた。
「命に終わりはありません。次の命へとつながっているのです。そのつながりが螺旋を描いて、さらに人々は……生命は遠く世界を超えてさらなる未来に向かっていくのですから。閉じられた過去の囚人に成り果て、痛みや憎しみに魂をつながれた貴方の世界。そんな悲しみしかない世界を望む者などいるのでしょうか?」
剣、拳、打、突、刺、極、投。あらゆる手をつかって俺は悪霊に魂の声で訴える。
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺に腕を極められたまま投げられ、黒い教会の壁にめり込んでポムポムは絶叫した。
やはり悪霊には生命の素晴らしさを説くことが一番効くらしい。これまで何度となく悪霊を退散させてきた、立ち技最強エクソシズムには一分の隙もないのである。
続きは0時に~!




