あのポーズ、再び
「ただではやられないであります」
リムリムの腕を握る手とは反対の、右手に構えた光の撲殺剣でカノンは闇の手刀を受け止めようとした。
が、手刀の威力はチーズをナイフで切るように、カノンの撲殺剣をスパッと分断する。
「いやあああああああああああああああああああ!」
ステラが悲鳴を上げるが、影の男とカノンたちの距離があまりに近すぎることもあって、攻撃魔法による援護ができずにいた。
そんな赤毛の魔王の絶叫を遠く背に感じながら、俺は目を細めたまま縮地歩行でリムリムとその父親の間に割って入る。
カノンのそれを分断した闇の手刀は、俺が伸ばして振るった光の撲殺剣とぶつかり合うと、激しく火花を散らした。
威圧的な影の男が、手刀を引きながら一歩下がる。
「くっ……なんだ貴様は」
顔は吸い込まれるような闇で、その視線が俺を捉えているのかも判別不能だ。それでも俺はリムリムとカノンを背にかばい、光の撲殺剣をもう片方の手からも生やして対峙する。
「問われて言うのもおこがましいですが、私は通りすがりの大神官です」
「人間の神官が、我が領内になんの用だ」
低く唸るような声には苛立ちがにじんでいた。
「特に用事は無かったのです。せいぜい、後輩やそのご友人方の友情の再確認を、そっと見守るつもりでおりました」
「用事が無くば失せるがいい」
「そうは参りません。たった今、この世に未練を残して幼女を縛り付ける、悪霊を見つけてしまったのですから」
両手に構えた撲殺剣を左右に広げるようにして、地を蹴り浮き上がると俺は久々にかっこいいポーズ(※当社比2.5倍)を決めてみせた。
カノンが眼鏡のレンズの奥で青い瞳を輝かせる。
「さすがセイクリッド先輩であります」
俺はリムリムに訊く。
「アレを成仏させてしまっても構いませんよね?」
「む、無理なのだ。パパは人間が倒せるわけ……昔のパパとは違うから、もうリムリムの声も届かないのだ」
彼女が自分を独りぼっちと言ったのも、声の届かない父親の怨念しか、この城には残っていなかったからか。孤独よりもつらいかもしれない。
カノンがぎゅっとリムリムの手を握る。
「大丈夫でありますよ。教会の大神官は化け物でありますから。あっ……かっこいいポーズは死亡フラグっぽいでありますけど」
余計なことを言うんじゃない。
ポーズも決まったところで地面にシュタッと降り立つと、影の男の全身からどす黒い魔法力のオーラが立ち上った。
「なんだふざけているのか?」
「伊達や酔狂で悪霊退治はできませんからね。本気でお相手いたしますよ。ですが私も荒事は好まない性格ですから、リムリムさんを解放して未練を忘れていただけないでしょうか?」
リムリムのことは、魔王城預かりということにもできるだろう。もちろんステラがそれを許せばという条件付きだが、あの涙もろい同情しっぱなしの魔王様が、ノーと言うはずもない。
影の男の口がさらに大きく開いた。
「人間風情が。きさまらは吸聖族にとって家畜も同然だ。家畜の願いを飼い主が聞き届けるとでも思ったか」
解ってはいたが、やはり説得は不可能か。
かつては聡明な魔王候補だったのかもしれないが、妄執にとらわれ悪霊化したリムリムの父親は、その魂を混沌へと還さねばならなさそうだ。
「では、この私……上級魔族デストロイヤーこと、教会大神官のセイクリッドが、後輩たちに代わってお相手いたしましょう。最後にお名前を伺ってもよろしいですか」
影の男は俺を鼻で笑いながら、背中の翼を羽ばたかせた。
「我は吸聖族が王……ポムポム」
「はい?」
「リムリムが父にして魔王を超えし者、ポムポムだ」
俺は一度、後背のリムリムに視線を向けた。彼女は「そうなのだ」と、首を縦に振る。
「それはニックネームか何かでしょうか?」
「まごう事なき真名である」
ふざけているのはどっちだか。
堂々と胸を張る影の男に、人間にせよ魔族にせよセンスっていろいろだなと、素朴な感想が心の中で漏れた。
悪霊ポムポムはその口をさらに開く。
「リムリムよ。二度とこのようなことがないようお仕置きが必要だな」
「り、リムリムは良い子になるから、やめるのだ! お願いなのだ!」
ピンク髪の幼女の声も言葉も、その父親には届かない。
瞬間――
部屋の石床に魔法陣が展開し、黒い球体が玉座の間の中心に生まれると、部屋を包むように広がっていった。
ステラが赤い瞳を見開く。
「ちょっと……これって……」
それはかつて俺も、魔王城の玉座の間で遭遇したことのある現象だった。
深淵門が一呼吸のうちに、あっという間に空間を満たすほどに広がっていく。
ステラの魔王城で発生するのだから、かつてステラの父親のライバルだったポムポムの居城でも発生しておかしくはない。
玉座の間の全員を闇の球体は飲み込んで、別の“どこか”へと転送するのだった。




