さりげなく魔王に刺さる説得術
カノンは吸聖姫の胸に抱かれたまま困惑している。
「あ、あの、良ければでありますが、解放していただけないでありましょうか?」
揉み手をしてへりくだる神官見習いに、ピンクの髪を揺らしてリムリムは首を左右に振った。
「介抱ならいくらでもするのだ! カノンはこれからもリムリムと末永く幸せになるのだー!」
と、告白された途端に眼鏡少女(眼鏡抜き)は、まんざらでもなさげにはにかんだ笑みを浮かべた。
「そこまで大切にされると、ちょっと心惹かれるでありますな」
言いながら自分自身の服装を確認して、カノンはリムリムと見比べる。
「しかもペアルックでありますし」
今度はうんうんと、吸聖姫は力強く頷いた。これなら再びカノンを説得できるとでも言わんばかりだ。
「カノンとリムリムは仲良しなのだ。しかもお胸が平たい族なのだ。だから……お願いなのだ……一緒に巨乳を滅ぼすのだ」
涙ながらに訴えるピンクのぺったんこさんだが、カノンは吐息混じりに返した。
「それはできないでありますよ。うらやまけしからんおっぱいが、実は自分……大好きでありますから。羨ましいという気持ちは、憧れから生まれるのであります」
闇堕ちした時の過剰な反応も、好きの反発からですかそうですか。。
二人がやりとりをする間、俺はといえばカノンに張り倒されて気を失ったアコに、中級回復魔法を施していた。
温かい光に包まれて癒やされると、パチリと黒い瞳を見開いて、元勇者は「よいしょ」と立ち上がる。
「勝負だカノンッ! って、あれ?」
「アコ殿。なんだかお久しぶりでありますな」
カノンがリムリムに抱き上げられたまま、視線をアコに向け直す。
見つめ合う二人の間にそれ以上言葉のやりとりは無かった。カノンが闇堕ちしている間、アコを傷つけてしまった記憶が残っているのか、俺にはわからない。
が、アコは「うん」と頷いた。もともと勇者としてふがいなかった自分の弱さが招いた事態と、アコ自身も反省しているのだろう。
カノンは再びリムリムに向き直ると、優しく幼女の頭を撫でた。途端にピンク幼女は目を細めて喜んだ。
「カノンが撫で撫でしてくれて嬉しいのだぁ」
無邪気に喜ぶ吸聖姫にカノンは「残念でありますが、自分の居場所はここではないのでありますよ」と、告げるなりゆっくりと立ち上がった。
お尻のあたりをパンパンと軽くはたいて、カノンはリムリムに手を差し伸べる。
「そこで提案でありますが、リムリム殿もこっちに来てはどうでありますか?」
地面に座り込んだまま、吸聖姫は青紫色の瞳を見開いた。
「こ、こっちって……どっちなのだ」
「うーん、どっちと言われるとよくわからないのでありますが、あえて言うなら光堕ちするでありますよ。なんだかリムリム殿のことも不思議とアコ殿と同じくらい、放っておけないのであります」
「だ、ダメなのだ。リムリムはこのお城を守らなきゃいけないのだ。先祖代々守ってきた玉座もあるのだ」
カノンはリムリムの顔をのぞき込んだ。
「どうしてもでありますか? これから毎日、大神樹の芽に一緒にお祈りするであります。今なら改宗特典で乗り換えボーナスもたっぷりつけるでありますから」
闇堕ちから復帰して即、相手を勧誘するとは、これには大神官も苦笑いである。
「だ、ダメなのだ! リムリムは上級魔族なのだ。いずれは魔王になるリムリムが、光の神に祈るなんて魔族としていけないことなのだー!」
俺の隣でステラが激しく尻尾を左右に振って、目を泳がせる。
「だそうですよステラさん。そういえば、貴方はよく光の神に祈りを捧げていますね」
「べ、べべべ別に入信してるわけじゃないし……」
もう一度、カノンはリムリムに手を差し伸べた。
アコはじっとリムリムを見据えている。その表情はかすかに緊張を含みながらも、どこか祈るようにも見えた。
勇者は奪われたものを、半分しか返してもらっていない。
カノンが「さあ、みんなに一緒に謝ってあげるでありますから」と、保護者っぷりを見せる。
アコがトラブルを起こした時も、同じように手を差し伸べ続けてきたのだろう。
細く小さな身体つきながら、神官見習いはすべてを包み込む聖母のようなオーラを発していた。
リムリムがその手を……はたき落とす。
「騙されないのだ。リムリムを怖いところに連れて行くつもりなのだ。カノンもリムリムをおいて行っちゃうんだな……」
「そんなことないでありますよ。アコ殿もステラ殿も、とてもいい人であります」
おいちょっと待て。なぜそこで俺の名前が挙がらない。寂しい大神官パイセンをスルーして、カノンは両腕を広げた。
「リムリム殿は寂しくて怖くて、ついついやっちゃっただけでありますよね。ちょっと怖い大神官の先輩もいるでありますが、自分が責任をもって説得(物理)するであります」
カノンの表情が聖母のそれから狂犬へと切り替わった。ほほぅ。俺を説得(物理)しようとは、闇堕ちしている間にずいぶん成長したものだ。
そこまで神官見習いに言われても、ピンク髪の幼女は首を縦に振らない。
「リムリムは魔王になるのだ。魔王になれば、もう誰もリムリムを独りぼっちにしないのだ」
吸聖姫はうつむくと、頭を左右に振るようにして立ち上がった。
「そんなことないでありますよ。リムリム殿なら、みんなと仲良くできるであります」
カノンが振り返ると、ずっと口を挟むのを我慢していたアコが無言でうなずいて返した。
ここはカノンを信じてすべてを任せる。元勇者はそうと決めたのだろう。
アコのすべてを受け入れる素養は、勇者の聖印を失っても変わらない。
カノンはもう一度、リムリムに向けて腕を開いて胸を張る。
「自分はまだ見習いだけど、神官と仲良しな上級魔族がいたっていいでありますよ」
再びステラがぷるぷる震えた。大神官と茶飲み友達で教会に入り浸りの魔王様に、カノンの言葉が容赦なく刺さりまくりだ。
リムリムがゆっくり顔を上げた。
「うう、カノンがママみたいなのだ」
「ま、ままままママって、な、何を言うでありますか。自分はまだ彼氏いない歴=年齢でありますよ」
これにステラとアコがそっと挙手をした。カノン独りにつらい思いはさせない。そんなミートゥー宣言だ。
神官見習いが二人の友情に胸をいっぱいにしながら、俺に視線で助けを求める。
「なのでセイクリッド殿のことをパパって呼んでも良いでありますか?」
「ダメです」
今の流れのどこらへんに”なので“の理由があったのだろう。カノンの将来が先輩として心配です。
続きは今夜0時に~




