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一体いつから───────好意があると錯覚していた?

 魔王城前の門番に“ベリアル看板”が置かれるようになって三日ほど。


 看板は顔の部分が丸く切り抜かれており、後ろに立って顔を出すことができた。記念の魔法光画は一枚300ゴールドなり。


 悲劇! 観光地と化した魔王城。


 温泉街の上に建てられた秘宝館か何かか。


「しかし、本当に有能だったのですね……ベリアルさんは」


 勇者アコのパーティーに魔王と門番が加わった途端、一日一回は全滅して戻ってきたアコとカノンが、今日も戻ってこなかった。


 冒険者二人と違い、その日の目標を達成するとステラとベリアルは帰還する。


 昨日戻ったばかりのステラに確認をとったところ、一日一つずつ階層をクリアして、現在第六階層だとか。氷牙皇帝撃破まった無し! と、自信をうかがわせる魔王様。


 これでいいのか魔王軍。


 加えてカノンの洗脳完了……もとい、脳筋症候群の治療も進んだようで、回復役が下手にヘイトを稼いで集中砲火を浴びることもなくなったようだ。


 勇者一行の生存能力は数倍に高まった。元が低すぎたことは、この際考えないこととする。


 そして――


 俺はといえば、監視されていた。


「じーーっ」


 空気の入れ換えのため、開け放たれた聖堂正面の扉。その裏に隠れるようにして、小さな影がこちらの様子をうかがっている。


 俺が気づくと小鳥のように逃げてしまうので、最近は気づかないフリに余念がない。


 正面口に背を向けて、大神樹の芽にひざまずき祈りを捧げながら俺は呟く。


「ああ、今日も素敵な薄曇りですね。この辺りでは晴天のようなものです。とても気分がいい。そうだ、せっかくですからお茶でも飲みましょう。ちょうど先日、王都で買ってきた美味しい焼き菓子もあることですし」




 シュババババッ!




 赤絨毯の上を足音を立てないようにして、気配が俺の背後に近づいてくる。


 ゆっくり立ち上がると、振り返らずに自室に向かった。


 そーっとした足運びで、小さな影がトコトコとついてくる。


 なんて愛らしい。振り返って抱きしめ……あぁっと。


 焦りは禁物だ。もう少し引きつけてからである。


 扉を開き、ミニキッチンに向かうとお湯を沸かす。


 できるだけ、彼女・・が視界に入らないよう気をつけながら、ポットにお茶を作りテーブルに焼き菓子を並べたところで――


「あうあぁぁさくさくのお菓子なのー」


 テーブルの下から昇る太陽のように、ほわーっとした少女の顔が、天板という名の水平線をゆっくりとせり上がってきた。


「おや、ニーナさんいらしていたのですか。気づきませんでした」


「やったー! セイおにーちゃに気づかれなくてニーナはえらいのです」


「そうですね素晴らしい。では、よくできたニーナさんには紅茶をごちそういたしましょう」


 ティーカップとソーサーをもう一組用意した。


 ニーナのために王都の木工職人に製作してもらった、少し高めの椅子を並べる。


 お値段的にもお高めだ。もちろん経費で落ちないが、彼女の笑顔はプライスレス。


 二人静かに、午後のティータイムは何ものにも代えがたい。




「セイおにーちゃの紅茶はとっても美味しいなぁ」


れ方は適当ですが、茶葉にだけはこだわっていますから。ところで、まったく気づかなかったのですがニーナさんは将来、ニンジャを目指しているのでしょうか?」


「にんじゃー? にんじんは苦手なのー。セイおにーちゃはにんじんだいじょうぶ?」


「大人になると大丈夫になるものです」


「そ、そっかぁ。ニーナもおっきくなりたいから、がんばってにんじんをあいします」


 なんじよニンジンを愛せよ。聖典に新たに書き加えるべき名言だ。


 小さな手でカップを両手に包むようにして、ニーナは紅茶を一口飲むと、齧歯類系小動物のようにクッキーをサクサクサクっと食べる。


 そして笑顔。


「とっても甘くてサクサクなのです」


「ニーナさんはクッキーもお好きなんですね」


「ステラおねーちゃと、セイおにーちゃの次に好きぃ」


「ベリアルさんは?」


「ベリアルおねーちゃは……ほんのちょっとこわいから」


「クッキーは怖くないですからね。仕方ないですね」


 ステラがニーナに激甘な分、門番が損な役回りを演じている姿が目に浮かぶ。


 ニーナは俺をじっと見つめた。


「どうかなさいましたかニーナさん?」


「あのねあのね、ひみつなの」


「秘密の告白ですね。どのようなことでもご相談ください」


「えっとね、ニーナはステラおねーちゃとベリアルおねーちゃがおしごとだから、ニーナもおしごとです」


「どのようなお仕事ですか?」


「えーと、うわきちょうさ?」


「はい?」


「ここにかわいい女の子がきたらご用心なの」


 目の前のかわいい張本人に言われた件。


 ニーナはえへんと、姉よろしく胸を張る。


「セイおにーちゃがわるいことしないように、ちゃんと見守ってあげるおしごとなの。セイおにーちゃがわるい子にならないように、ニーナがとめるのです」


「ご安心ください。神に誓って悪い事などいたしません」


「だよねぇ。ニーナもセイおにーちゃなら、わるいことしないなぁっておもってたんだぁ」


 安心したようにニーナはホッと息をついた。


「ところでニーナさんは、どなたからお仕事をお願いされたのでしょう?」


「えーと、しゅひぎむがあるから、言っちゃだめってステラおねーちゃが言ってたのぉ」


 言っちゃいましたね。


「それは大変ですね。ちゃんと守秘義務を守りましょう。ニーナさんは良い子なのでできると思います」


「うん! ニーナ、がんばってセイおにーちゃのうわきちょうさして、しゅひぎむもがんばるからねー!」


 さて、ニーナの天然系自白は聞かなかったことにして、名推理に完璧な俺がステラを「あなたを犯人です」する流れに決まったな。




 日が落ちる前にステラとベリアルが魔王城に帰還した。


 が、城ではなく教会に二人は揃ってやってくる。


「六階層の仕掛けはだいたい把握したし、今回も全滅せずに帰還したわよ! もしかしてあたしって、冒険者の才能あるのかも!」


 ステラが絨毯の上で子犬のようにピョンピョン跳ねて、赤い髪と尻尾も上機嫌に揺れた。


「わたしがいる限り、退却の判断ミスはありえません」


 酒さえ飲まねば優秀な魔王城の門番は、戦闘指揮能力も高いらしい。


 二人の話から察するに、今日もアコとカノンは死なずに済んだようだ。


 ニーナがぱたぱたとステラの元に駆け寄る。


「おかえりなさいなのー! ステラおねーちゃ、ベリアルおねーちゃ、おしごとごくろうさまです」


 金髪碧眼の幼女をしゃがんでステラはぎゅーっと抱きしめる。


「ただいまニーナ。寂しくなかった?」


「セイおにーちゃがいっぱい本を読んだり、お歌を教えてくれましたからぁ……今日はいっぱい、いーっぱい遊んで……ふああぁ」


 頭をフラフラさせて大きなあくびをすると、涙目になるニーナをステラはさらにぎゅっと抱きしめる。


 そして、顔を上げるなり魔王は俺に笑顔で告げる。


「ニーナが無事でよかったわ」


「私が何かするとでもお思いですか?」


「神に誓ってしないんでしょ?」


 信頼されている? なら、ニーナを監視役にしたのは……まあ、ステラの事だ。


 きっと何も考えていないに違いない。


 ベリアルが半歩前に出た。


「ニーナ様はお疲れのようです。わたしとともに城に戻りましょう」


 ステラがそっとニーナを解放すると、幼女は甲冑女騎士と手を繋いだ。


「はぁい。またあしたねセイおにーちゃ! あのねあのね、クッキーが美味しいのぉ」


 ニーナは今日あったことをベリアルに話しながら、城へと戻っていった。


 ステラが俺を横目にちらっと見つつ言う。


「マカロンの次はクッキーでニーナを……やるわね」


「最近、ニーナさんが私から隠れるようにして監視しようとしてくるのですが、いったいどなたの差し金でしょうかね魔王様」


「ウッ……さ、さぁ?」


 口を尖らせ調子の外れた口笛を奏でる魔王に、俺は目を細める。


「まあいいでしょう。では本日の戦闘記録を教えてください」


「しょうがないわねぇ。けど、不思議とあなたの分析って当たってるし……。五階層の中ボスの弱点なんて、見てもいないのによくわかったわね」


 紅い瞳をまん丸くするステラにうなずいて返す。


「ステラさんが詳細をきちんと憶えて教えてくださってこそですよ。そうだ。よろしければ紅茶はいかがですか?」


「いただくわ! っていうか……クッキー残ってる?」


「もちろんです。ちゃんとステラさんの分とベリアルさんの分もありますから、ご安心ください」


「ベリアルにはお土産ね」


 今日二度目の紅茶タイムは、ステラとのミーティングに費やされた。




「っていうかこのクッキー美味しいんだけど!」


「ニーナさんもとても喜んでいましたね」


「そっか。えっと……どうやって作るのかしら? ほら、作ってる人間を誘拐しちゃダメなんでしょ?」


 本来なら製法などは秘中の秘だが、王都と魔王城では商圏もかぶりはしないか。


「今度、材料くらいは教えてもらいますよ」


「ほ、ホントに! いくら払えばいいの!? 脱げばいいの!?」


「人を守銭奴か変態のように言わないでください。ただの気まぐれな善意ですから」


 魔王は「ひゃっほー!」と声を上げて喜んだ。


 なぜ俺は、こんな魔王を心配に思うのだろう。


「そういう善意なら、これからもジャンジャン捧げなさい!」


 勝ち誇った笑みの魔王に、きっと好意ではなく哀れみとかそっち方面の気持ちなのだと確信した。

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