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導かれしアコ

 ようやくアコは顔を上げると俺の方に向き直った。


 そっと膝の上に両手をおいて、まっすぐこちらを見つめながら口を開く。


「どうしたらいいッ!? セイクリッド!?」


 やっと目を見て助言を求めてくれたか。


「貴方自身が立ち上がらなければ、私も支援はできません。裏を返せば、こうして求めてくださる限り、私は貴方の味方です。とはいえ、どうすればいいかはアコさんにはわかっているのではありませんか?」


 アコは「うっ」と、小さくうめく。それから上目遣い気味になって、元の弱虫アコちゃんに戻ってしまった。


「そ、そりゃあ……カノンを助けにいきたいよ。だけど、ボクはもう勇者じゃないし……」


「勇者でなければ困っている仲間を助けてはならないのですか?」


「え? いいの? あ、うん……そっか……そうだよね。ボクってバカだなぁ。勇者になんてなりたくないって言ってたのに、こんなにも勇者にこだわってるなんて。そんなの関係ないんだ」


 少女の黒い瞳がまん丸くなった。なんだって()()()()ということはないのである。


 やっとアコらしい前向きさが戻ってきたな。


「本来でしたら、私自身、あまり教会を留守にはできませんが、今回は可愛い後輩の救出のためにもご一緒いたします。まあ、なにより今のままでは教会での生活に支障も出かねませんし、後輩とプライベートとの二つを人質に取られているのですから、平穏を取り戻すためには動かざるを得ない状況です」


 カノンはもちろん、私室のクローゼットを潰されっぱなしというのは、俺としても気分の良いものではない。


 聖堂に置いた衣装箱で着替えをするという、聖堂で着替える正統性ができてしまう。


 それでは興奮しな……いや、私室で着替えることができるなら、それに越したことは無い。


 閉じていた感情の蕾がゆっくりとほぐれるように、アコの表情に生気が戻る。


「ええっ!? セイクリッドが一緒に来てくれるなら、百人力だよ……あ、ううん、違うよね」


 少女はスロット台の椅子から勢い良く立ち上がった。


「ボクが……今はもう、勇者でもなんでもないけど……ボク自身の意志でカノンを助けるんだ」


 やっと目が開いたという感じだな。これまでにも幾度か、アコには勇者の片鱗が見え隠れしていた。


 が、その度に開きかけたまなこが、勇者という重責から目をそらすアコのやわらかメンタルによって、そっと閉じられてきたのだ。


 勇者という重荷から解き放たれたおかげで、その称号の有無など大したことではないと、ようやく彼女も気づいたらしい。


 俺もゆっくり腰を上げる。


「アコさん。共にカノンさんを救出しましょう。きっと話せばキルシュさんも力を貸してくださるでしょうし、貴方が説得すれば、ステラさんも協力してくださるはずです」


 アコはようやく、かすかにだが笑顔を見せた。


「そっかぁ……ステラさんは優しいなぁ」


「私も優しいでしょう?」


「セイクリッドはうーん、優しいのかなぁ。本当に優しい人は、自分のことを優しい人だなんてアピールしないと思うよ」


 減らず口も復活傾向か。


 でも、だって、と落ちこんでいるよりはよっぽどアコらしい。


 黒髪を揺らして少女は首を傾げた。


「けど、どうしてステラさんが協力してくれるってセイクリッドは思うの? だってステラさんは……」


 言いかけてアコは左手で口元を押さえる。


「どうかなさいましたか?」


「え、えっと……なんでもないよ」


 膝をすりあわせ、そわそわするアコに俺はゆっくりした口調で言い含める。


「ステラさんにとっては、アコさんもカノンさんも大切な友人ですからね。友人を救いたいと思うのは当然です」


 キルシュの名を省いたのはまあ、お察しください。


 俺の言葉にアコは目を細めると「そっか……そう思ってもらえるなんて、嬉しいな」と、心底ホッとした口振りで笑顔を浮かべた。


「それに取り戻すのはカノンさんだけではありませんよ」


「え? 他になにかあったっけ?」


「勇者の証たる聖印を引き剥がすことができたなら、また貼り付けることだってできるはずです」


 アコが再び目を丸くした。


「え? でも、もうボクは勇者じゃなくてもいいかなって……」


「それはそれ。これはこれ。私も大神官の端くれですから、取り戻せるなら聖印は元の“あるべき場所”にと考える次第です」


 黒髪の少女は「うあぁ……やっぱりスパルタじゃん。優しみゼロじゃん」と、ドッと深い溜息をついた。


「つきましては、本日のアコさんが出したメダルはすべて換金して、世界中の困っている人々のために寄付していただきますね」


 俺はカジノの従業員を呼ぶと、床に小山を作ったメダルを集めさせる。


「ちょ、ちょっとちょっと! それボクのメダル! 巨万の富なんだけど! あ、ああああああああ!」


 慌てるアコを羽交い締めにして、俺は告げる。その間に従業員の黒服たちが、せっせとアコの出したメダルの小山を片付けていった。


 背後から彼女の耳元にささやきかける。


「先ほど寄付するとおっしゃったのはアコさんではありませんか?」


「いや待って! 装備! メダルはカノン奪還作戦のための装備に換えようよ!」


「武器や防具はレベルや技量に応じたちょうどよいものを準備しましょう」


 実際に、アコは強力な武器を使いこなせず性能に振り回されることもしばしばだ。


 さて、ここで重大な問題が一つ。


 アコも立ち直り、ステラを説得してキルシュも仲間に加えたとして、いったい我々はどこに向かえばいいのだろうか?


 リムリムの居城ないし拠点は、この広い世界のどこかにあるはずだ。


 捜索範囲が全世界と広すぎて、早くも救出奪還作戦は立案と同時に暗礁に乗り上げていた。


 こんな時こそ大神樹管理局:設備開発部が役に立つ。というか、立て。役に。

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