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元勇者は倒れたままなのか?

 夜も眠らない街――ラスベギガス。


 カジノには一攫千金に憧れて人々が押し寄せ、今夜も欲望と所持金を吐き出して一夜の夢が散っていく。


 色とりどりの魔力灯が明滅し、勝者の雄叫びと敗者のむせび泣きが、ルーレット台で混ざり合った。


 右も左も金色の装飾が施された、ゴージャスな賭博場の一角にスロットコーナーがある。


 すべての台が連動しており、大当たりを引けばジャックポットのコインを独り占めすることができた。


 そんなスロットの回転するリールを、死んだ魚の目で見つめながら、黒髪の少女はぼそぼそと呟く。


「ターゲットをセンターに入れてスイッチ……ターゲットをセンターに入れてスイッチ……」


 目の下の腫れぼったいクマは、泣き尽くした結果か、はたまたリールを見つめ続けた眼精疲労によるものか。


 元勇者アコは、ぼんやりとした顔で淡々と左手でスロットを回し続ける。


 宝玉オーブのついたサークレットも、冒険者風の装束もマント姿ですらない。


 普通の町娘の姿だった。アースカラーのロングスカートが、勇者の力を失った彼女の地味さに拍車をかけている。


 俺は町娘Aことアコの隣の台についた。


「眠らない街とはいえ、少しお休みになられた方がよろしいのではありませんか……アコさん」


 俺の言葉が届いているのか、少し心配だったのだが――


「他にやることも思いつかないしね」


 アコは回転するリールの動きを目で追いながら、ボタンを押して留める。


 けたたましいファンファーレが鳴り響いた。


 アコの台のドラムには777が九つのマスの全てを埋めていたのだ。


 ジャックポットである。


 少女はニコリともせず、何事も無かったように再びリールを回し始めた。


 アコの足下を埋める勢いでメダルがザブザブと溢れ、まるで洞窟奥地の巣に金貨や財宝を溜め込んだドラゴンのようである。


 あれほど彼女が望んだジャックポットだが、すでに何度か出した後のようだった。


 アコのあまりの強さに、他の客たちがスロットマシンに寄りつかないほどである。


 俺は自分のコインを一枚だけマシンに入れて、リールを回しながら訊く。


「ずいぶんとついていますね。それだけあればカジノで手に入る強力な装備も思うがままでしょう」


「そうだね。けど、もうボクには必要のないものだから」


 アコの右手には、ずっとカノンの本体……もとい、神官見習いの眼鏡が握られていた。


 淡々とスロットを回しては、マシンから湯水の如くメダルを吐き出させる。


 これではハズレばかりを引いていた時の方が、よっぽどアコはイキイキしていた。


「では、そのメダルはどうするのでしょう?」


「そうだね……換金して寄付でもするよ。勇者として世界を救えなかった、せめてものお詫びにね……」


「カノンさんがいれば、今頃お尻をひっぱたかれているでしょうね」


「そうだね……」


 リールは回る。アコは動かない。


「そういえばキルシュさんはどちらですか?」


「実家に帰っちゃった。用事ができたら呼んでってさ。用事がなきゃ、一緒に居る理由もないよね。あ、でも寂しくないよ。街のみんなは優しいし、送り出してくれたラスベギガスの教会の司祭様も、事情を話したら、これからは自分の人生をゆっくり楽しんで……ってさ」


 ははは。と、アコは乾いた笑い声混じりに俺に告げる。


 自信喪失どころか人生まで喪失しそうな元勇者に、掛ける言葉を探していると――


「ねえセイクリッド。あのさ……」


 彼女はじっと正面のリールを見つめたまま、俺に尋ねた。


「セイクリッドの理想の中には勇者のボクの……あ、いや、もう違うんだけどね……勇者の居場所ってあるのかな?」


 右手に握ったカノンの眼鏡をそっと胸元に添えるようにして、アコは呟く。


 まさかアレについて、今のアコが言及してくるとは想定外だ。


「勇者の居場所ですか?」


「うん。勇者じゃなくなったから、ボクはこの街にいられるんだ。勇者だったら冒険に出なきゃおかしいもんね。それでね……セイクリッドの妄想の世界だと、人間も魔族もみんな幸せに平和に暮らしてたでしょ」


 ずっと俺の前のリールは回り続けていたが、ボタン操作をしなかったため、勝手に止まった。


 絵柄も揃わず7の文字の一つもドラムに入っていない。


 声に覇気も無く、俺と視線を合わせてくれないアコだが、彼女の質問に俺は静かに返答する。


「どうして勇者の居場所がないとお思いになったのでしょう?」


「だって勇者は魔物や魔族や魔王を倒すのが使命じゃないか。みんなが平和に暮らしているなら、勇者なんて必要なくなるしね。だから……ボクはこれでよかったのかなって……」


 ぎゅうっと眼鏡のフレームを握り締めるアコに、俺は溜息交じりで告げ返す。


「それを決めるのはアコさん。貴方自身ではないでしょうか?」


 俺の言葉に、ずっとリールを回していたアコの手が止まった。


「ボクが決めるって……ボクはもう勇者じゃないし……」


「勇者が魔族を倒すと、誰が決めたのでしょう」


 アコの眼差しが憎らしげに止まったリールを睨みつける。


「そんなの昔からそうじゃないか」


「先代や先々代がそうしてきたからといって、貴方が同じ道をたどる必要がどこにあるのでしょう」


「だ、だけど……」


「勇者の剣は時に対立した魔族を傷つけることもあるでしょう。ですが、もし戦わなくて良いのであれば、アコさんは決してむやみに誰かを傷つけるために、力を振るったりはしないはずです」


 少女はぎゅっと目をつむると肩を細かく震えさせた。


「けど……ボクは……」


「勇者の力こそ、困っている人を助けるため。傷つく人を守るためにある。であれば、人間と魔族が共存する世界にあっても、人も魔族も分け隔て無く平和を望む全ての者を守る存在――勇者が必要なのです」


 アコは握った拳をスロット台に打ち付ける。


「もう勇者じゃないんだ。誰も守れないから……キルシュだっていなくなっちゃったし。ボクが勇者じゃないから……」


 キルシュの場合は人の心を持たないという、彼女固有の恐るべき特性を考慮しなければならない。ならないのだが、俺はフォローを続けた。


「おや、おかしいですね。キルシュさんは用事があれば呼んでほしいと、アコさんに言ったのではありませんか? 本当に愛想を尽かしたというのなら、その一言は出ないと思いますよ」


 先ほどまで無感情だったアコだが、彼女から苛立ちを感じた。


 俺の煽りが効いている効いてる――ではなく、元勇者は諦めてしまう自分に怒りを覚えているのかもしれない。


 本当に、ステラとはまた違った意味で手のかかる勇者様だ。とっとと元の陽気なお調子者に戻ってもらわなければな。

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