友達っていうのはなるものじゃなくて気づいたらなってるんだってね
キルシュに肩を貸してもらったアコを転移魔法でラスベギガスの街へと送る。
去り際、元勇者は「ちょっと考えさせて」と、言い残すと“最後の教会”を後にした。
ようやく過呼吸から回復したベリアルは、朝からの騒動で疲れてしまったニーナを背負い、先に魔王城へと戻る。
残ったのはステラだけだ。
聖堂から私室に移動して、転移門の魔法陣が貼り付いたクローゼットの前で赤髪の魔王は腕を組んだ。
「ここからリムリムの拠点に行くのは無理なのよね?」
俺は胸に手を当て、そっと頭を垂れる。
「詳しくはわかりませんが、ぴーちゃんさんの見立てではそのようです」
こうして待っていれば、再びリムリムが飛び出してくるのだろうか。
同じ事をステラも考えていたようで、魔王様は尻尾を迷わせるように、ゆっくり右へ左へ振りながら呟いた。
「もしかしたら、もうリムリムは出て来ないかも」
「と、おっしゃいますと? 何か心当たりがあるのですか」
そっと細いあごを親指と人差し指でつまむようにして、ステラは頷いた。
「リムリムはずっと仲間を欲しがってたでしょ。カノンを誘拐して、満足しちゃうかもって思ったのよ」
たしかにステラに同盟を一方的に持ちかけたり、部下を欲したりもしていたし、吸聖姫の能力である悪堕ちは、まさにうってつけの能力だろう。
ステラは小さく息を吐く。
「あの子がやったことはいけないことだけど、少し……気持ちは解るから。ほら、あたしの場合はニーナたちがいたけど、リムリムには誰もいなかったんじゃないかな……って」
「それが部下……というか、友人を欲することへの執着となったということですね」
「ええ。あたしもほら、その……みんなでお出かけするの楽しくなっちゃったし」
幾重にも張られた結界に守られし、絶海の孤島。魔王城から外に出たことの無い世間知らずな魔王様は、ここ最近では人間の知人友人にも恵まれて、王都を始め各地を周遊するようになった。
見聞を広めたからこそ、孤独の辛さが今のステラにはよくわかる。というところか。
俺は咳払いを挟んだ。
「とはいえ、このまま私の可愛い後輩を魔族の手中に預けるわけにはまいりません」
「そ、そうよね。カノンの意志じゃないものね。まるでアコの居場所にリムリムが置き換わっちゃったみたいだし」
ステラの言う通り、悪堕ちしてからのカノンはリムリムをアコのようにいたわっていた。
きっと、今のカノンの目にはリムリムこそが、自分が慕う勇者様のように映っていることだろう。
それに気づいていながらも、ステラはカノンを取り返すことに乗り気ではない様子だ。
どことなく魔王様はしょんぼりとしていた。
当初からリムリムへの対応も、どことなく甘いものがあった。
吸聖姫が神官見習いを闇墜ちさせてからは、魔王様は手出しせず、半ば空気と化していた。
相応の理由があるらしい。
「カノンさんの奪還に何か問題でも?」
「え? べ、別に無いわよ。うん、いいんじゃないかしら。あたしは魔王だから、人間たちが何しようと関係ないものふはははは!」
顔を背けつつ笑って誤魔化そうとする赤髪の少女に、俺は回り込んで訊く。
「正直に懺悔し告白ください魔王様」
「な、なによ! 懺悔することなんてないわよ」
「リムリムがカノンさんを連れて去ろうとした間際に、こう仰いましたよね。『アコが勇者じゃなくなってよかった』と」
本人は無意識だったようで「なんでそのこと知ってるの……ハッ!?」と、慌てて口を両手で押さえる。
俺は軽く自身の眉間を指でつまんでから、肩を落とした。
「アコさんが勇者でなくなれば対決を避けられると思ったのですよね」
ステラは再び、ぷいっと顔を背ける。
「そ、そ、そ、そうよ。何が悪いの? 結果的にアコは普通の女の子になって、あたしと……魔王と戦わなくてよくなったのよ?」
口振りはツンとしているものの、普段のイキりっぷりはどこへやら。魔王様は終始眉尻を下げっぱなしだ。
彼女は一呼吸もおかずに続けた。
「も、もちろんアコが魔王城にたどり着けるとも思ってないけど。きっと、今のままだったら、魔王と勇者が遭遇するのは、お互いにしわしわのおばあちゃんになった頃じゃないかしら? けど、それでも戦うのは嫌なの! 一緒に縁側でお茶とか飲むような感じでいたいのよ!」
目尻に涙を溜めて少女は胸の内を吐露すると、俺に何か訴えかけるような眼差しを向ける。
ステラの目的、望むものはあくまで“ニーナが生きられる”世界だ。
魔王と人間のハーフであるニーナの居場所を維持さえできれば、きっと赤髪の少女は魔王の椅子さえ惜しいとは思わない。
そんな彼女にとって、勇者アコの成長は、現在の魔王軍を脅かす世界各地の魔王候補たる上位魔族の牽制、抑制、撃破という利害に一致するのである。
だが、結局のところ勇者という存在の最終目的は魔王だった。
こんなことなら出逢わなければよかった。
ステラのもの悲しい表情に、俺はそっと彼女の頭を優しく撫でる。
「心配なさらずとも、私がどうにかいたしましょう」
先ほど傷心のアコに胸を貸した赤毛の少女が、俺にぎゅうっと抱きついてくる。
「どうにかって……セイクリッドは大神官で、勇者の味方で魔王とは対立する立場でしょ?」
鼻声だ。普段は悪魔神官だのと言っているくせに、今さらそういったことを言いますか。
俺はゆっくりと、静かな口振りで続けた。
「これまでだってそうしてきたではありませんか。それに、貴方も見てしまったはずです。大変お恥ずかしいですが……私のアレを」
「裸を?」
「いえ、そちらは特に恥ずかしくもありません。ムーラムーラでの一件です」
もう一度ステラの美しい赤髪を撫でると、彼女はがばっと顔を上げて、上目遣い気味に俺を見つめた。
「魔族も人間も平和に暮らす世界を……セイクリッドは本気で妄想してたのよね」
「こちらから促したとはいえ、改めて言葉にされると、私の心にダメージが入るのでこれ以上神官をいじるのはおやめください」
無自覚だったとはいえアレが俺の欲望で、それが大神樹の芽を通じて世界にばらまかれたと思うと――
「もしや、リムリムさんが動き出した理由は……」
俺はつい、声に出していた。ステラは「――?」と、不思議そうに首を傾げている。
たしかあの吸聖姫の拠点には、大神樹の芽にそっくりな植物が生えているとか、いないとか。
もし本物の大神樹の芽であれば、リムリムも俺の妄想世界を見てしまったのかもしれない。
それが彼女の行動開始の引き金だったなら、今回の一件の遠因は俺にもあるということだ。
「さて、というわけですから、カノンさんを救出し、私の部屋のクローゼットが無事、再び使えるように転移門をどうにかしつつ、リムリムさんの説得をいたしましょう」
ステラが腕の中でぶるっと震える。
「せ、説得っていつもの物理的なやつじゃないわよね?」
「そうなるかどうかは、吸聖姫側の応じ方次第です。が、極力平和的な解決に導くと神の名の下に誓いましょう」
魔王様は再びぎゅううっと俺を抱きしめ顔を胸元に埋めると、尻尾を激しく左右にフリフリさせながら「もしセイクリッドがボッチになっても、あたしがいっしょにいてあげるから!」と、涙混じりの声で対価を告げた。
カノン奪還チームに魔王様が参加してくれることは、想像に難くない。
となると残す問題は――
勇者の証を失ったアコ本人の意志である。
カノンを助けるのに彼女の存在抜きでは始まらない。
もし俺とステラだけで成功でもしようものなら、自信喪失気味のアコが「やっぱりボクは誰も救えない」と、ますます落ちこんでしまうのは火を見るよりも明らかだ。
これ以上、勇者のダメッ子化を避けるためにも、アコとは一度じっくり話し合った方がよさそうだな。
彼女と二人きりになれる場所というと――
ああ、ちょうどアコを彼女の故郷のラスベギガスに送ったばかりだったな。




