冤罪ダイナミック
普段はがらんとしている聖堂が、本日は盛況である。
おれはつい、言葉を漏らした。
「大神樹の加護を求めて、たくさんの人々がこの場に集ったことに、このセイクリッド喜びを禁じ得ません」
講壇の上の大神樹の芽は、静かに光をたたえていた。
リムリムが視線をあげて大神樹の芽を指差す。
「あんなの何が珍しいのだ? リムリムの家にも観葉植物なら同じのがあるのだ」
正直者のポンコツピンクが、駆け引きのための嘘をつくだろうか。
いや、たまたま同じような植物がリムリムの自宅にあるのかもしれない。
問題は、俺が話を逸らしたにもかかわらず、掘り起こす存在がいたことである。
おかっぱの黒髪をサラサラと揺らしてキルシュが首を傾げた。
「ステラさんが魔王?」
釣られてアコとカノンの視線が赤いカーペットの先に吸い寄せられる。
そこにはニーナを背中に庇い、リムリムをジッと睨みつけるステラの姿があった。
さらに、そのステラの前に回り込むようにしてベリアルが立つ。
「ステラ様、ニーナ様、ここはわたしが……」
ベリアルも聞いたに違いない。
リムリムが言い放った「ステラが魔王なのだ」という一言を。
勇者の表情がこれまでになく深刻に引き締まり、神官見習いもレンズの奥で青い瞳を光らせる。
アコがゴクリと生唾を呑んだ。
「そんな……ステラさんが魔王だなんて……」
カノンもゆっくり頷く。
「たしかにステラ殿の実力を考えると……」
これまでステラの正体に気づく素振りも見せなかった二人だが、どうやらここまでか。
そもそも、魔王と勇者が楽しく一緒に旅行したり魔王候補を倒したりという現状こそ、うっかり魔王とダメッ子勇者による、奇跡的なコラボレーションだったのだ
釣り糸よりも細い運命のタイトロープは、いつプツンと言ってもおかしくなかった。
アコが背中を丸めて腹を抱える。
「あーっはっはっは! そんなわけないじゃ~ん! ひっ! ひっひっひ!」
よっぽどおかしかったのか、引き笑いまでしてアコは過呼吸に陥る。
カノンもカノンで、リムリムをじっと見つめて溜息を吐いた。
「まったく、魔族ってダメダメでありますな。たしかにステラ殿の魔法使いとしての力は、天才的であります。けど、あくまで魔族のような装束なだけ。本物の尻尾とアクセサリーの尻尾も見分けられないなんて。ステラ殿の尻尾はむしろ、人間の証でありますよ。アレはお、お……えっと、ともかくすごい技術で固定されているものであります」
ステラが「ちょ、褒めながらそういうのやめて!」と、耳まで真っ赤になった。
リムリムが「ムムム」っと口を尖らせる。
「そんなわけないのだ!」
アコがそっと瞳を伏せて、思い起こすように呟く。
「こうしてまぶたを閉じれば、一緒に温泉に入った時のステラさんの素敵な裸体が甦ってくるよ」
そうだった。
アコもカノンも魔族の擬態魔法を知らないのだ。
火山島への旅行の間は、ステラは角も尻尾も隠していた。
それもあってか、リムリムの言葉を二人して一笑に付したのだ。
ピンクの髪の毛を振り乱して、吸聖姫が吼える。
「な、な、なんなのだ! リムリムは嘘ついてないぞ!」
アコがニッコリ微笑む。
「だめだよリムリムちゃん。いくらステラさんが素敵だからって、魔族の仲間扱いするなんて」
冤罪だ。恥ずかしがっていたステラが、なぜかハラハラし始める。嘘をついていないリムリムを気に掛けるなんて、実に甘い魔王様だな。
とはいえ、ここで俺が真実を告げるわけにもいかない。
リムリムは小さな肩を震えさせ、下唇をグッと噛んだ。
「嘘じゃないのだぁ……リムリムはほんとのことを言ってるのだぁ……」
じんわり涙で瞳を潤ませるポンコツピンクの元へ――
タッタッタッタ
と、駆け足で歩み寄る小さな影が一つ。
神様幼女様ニーナ様その人である。
背伸びしてリムリムの頭をぽんぽんっと軽く撫でると、ニーナは「だいじょうぶだよ。おねーちゃはまおうさまだからね」と、真実を口にした。
カノンが眼鏡のブリッジをくいっと中指で押し上げる。
「さすがニーナ殿でありますな。慈愛に満ちているであります」
ニーナも嘘をついていない。そのまま聖堂内の空気は「うん、そうだね。ステラは魔王だね。リムリムは嘘なんかついてないよね」という、微妙な空気に満たされた。
吸聖姫は声を上げる。
「な、な、なんなのだ! みんなでよってたかって……こうなったらリムリムは本気を出すのだ。まずは、この可愛い幼女から血祭りにあげるのだ」
しまった。
温和な空気とニーナの愛らしい姿に見入って、俺も弛緩していた。
リムリムはニーナの背後に回ると、その手から例の暗黒水饅頭を生み出した。
「ゼリーワーム! 取り憑いて悪堕ちさせるのだああ!」
ニーナの背中にぺたんと張り付くと、暗黒の触手が背負い鞄のようにニーナの肩に食い込んだ。
いつも朗らかな幼女の目つきが鋭くなる。
「ニーナはぁ……悪い子になったのです」
なんてわかりやすい悪堕ちだろうか。
リムリムが腕組みしてふんぞり返るように胸を張る。
「さあ幼女よ、普段はできない悪い事を存分にやるのだ!」
ニーナが俺を睨みつけた。
「おにーちゃ! おやつにマカロンとカステラが食べたいのです」
普段は「二つもいいよぉ」と遠慮がちなニーナが、悪堕ちによって欲望にまみれてしまった。