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夕焼けよりも紅い空

 聖堂奥の講壇の上に立ち、光輝く大神樹の芽に祈りを捧げる。


 大神樹管理局の問題部署――設備開発部にてて、発注書を転送した。


 すぐに「個人的な用件では受付できない」というむねの返答が当該部署より戻ってくる。お役所仕事め。


 先日そちらが送りつけてきた自立防衛型記憶水晶ラスボスよりもつよきものの問題点について、上層部に報告すると脅す……ではなく、誠意をもって説得をしたところ、開発責任者は快く、俺の“試作プラン”を採用してくれた。


 世の中、持ちつ持たれつ(やるかやられるか)である。


 オーダー品の完成までしばらくは動きようがない。が、プランBも同時に進行中だ。


 三つほど樽で発注をかけておいた。


 諸々(もろもろ)準備が整うまで、ステラには気の毒だがアコとカノンの保護者をしてもらおう。


 ん? なんだろうか……この感じは。


「意外ですね。私がステラを頼りにしているなんて」


 ふと言葉が漏れた。




 毎日催促したところ、開発部に発注したオーダー品は三日で完成した。


 無駄に仕事()()はできる部署である。


 大神樹を介して転送された四角い金属製のケースには、鞄のように取っ手がついていた。


「使わずに済めば良いのですが……」


 中身の動作確認を終えたところで、ケースにしまって蓋を閉じたところで――


「今日もきっかり定刻通りですね」


 アコとカノンの死亡を告げるように、大神樹の芽が光を帯びる。


 そこから一分と経たずして、教会の扉を勢い良く押し開けて、ステラが聖堂内に転がり込んでくるのだった。


「今日のタイムはッ!?」


 俺の元にやってくるなり、ステラは瞳をキラキラさせる。そういえば懐中時計は持っているのだが、時間は計っていなかった。


「すみません。少々立て込んでおりまして。計測をおろそかにしてしまいました」


「えーッ!? 今日こそ一分の壁を突破したと思ったのにぃ」


 ホワイトロックキャニオンを根城にする魔族――氷牙皇帝アイスバーン撃破をがんばれ僕らの魔王様。


 講壇の机に置かれた金属ケースにステラの視線が注がれた。


「なにこれ? 銀ピカね。宝箱にしてはちょっとデザインがシンプルすぎるけど」


「勝手に開けたりしないでくださいね。災いが貴方に降りかかりますから。この箱の中身には一切の希望はありません」


「へ、へー。そこまで言うなんてよっぽどね。セイクリッドの大事なものかしら?」


「ええ。とても大切な絶望ものですよ。さて、そろそろアコさんとカノンさんを蘇生いたしましょうか」


 ステラが赤い絨毯の真ん中に立つ。合わせて蘇生魔法で二人の少女を復活させた。


 アコが目をぱちりと開くなり、俺の元にやってくる。


「今日は薬草しか持ってないけど、半分食べるかいセイクリッド? え? 口移しだって? もー! そこまで言うなら一肌脱いじゃおっかな」


「けっこうです。もしかして、蘇生費用を払えないことに良心の呵責かしゃくを?」


 勇者の少女は腕組みをした。


「そうそうかしゃくかしゃく! 知ってるよ! うん……えっと、セイクリッドにはいつも助けてもらって、いくら感謝してもしたりないからね。カノンやステラさんにニーナちゃんみたいな、素敵な女の子たちと出逢わせてくれたし」


 呵責知らずの破天荒勇者様め。


「その感謝の気持ちをぜひ、向上心につなげていただきたいものです」


 アコは「えへへぇ……照れるなぁ」と、褒めてもいないのにほっぺたを赤らめた。


 この精神的なたくましさだけは立派に勇者の器だ。


 問題はカノンである。


「こ、今回もダメであったであります」


 絨毯に膝から崩れ落ちて、いわゆる「orz」な姿勢になってしまった。


 俺は膝を折って前にしゃがみこみ、そっと手を差し出す。


「カノンさん。まずは立ち上がってください」


「う、うう……セイクリッド殿。助言いただいた通りにやろうとはしているのであります。アコ殿やステラ殿がダメージを受けた時には、即座に回復を……なのに……気づくと魔物に向けて光弾を掃射してしまうのであります」


 ヘイトばかり集めて集中攻撃を受けるヒーラーにあるまじきパターンのやーつー。


「いいですかカノンさん。貴方の名前についてもう一度深く考えてみるのです」


 涙目になりながらカノンが顔を上げる。


 まるで雨に濡れた子犬のようだ。心細そうに眼鏡の少女は首をかしげた。


「名前……で、ありますか? じ、自分の名前は……自分で言うのもおこがましいでありますが、人と響き合う音楽のような存在になってほしいと両親が……」


 俺はゆっくり首を左右に振る。


「貴方の名はおそらく大砲カノンからとられたものです」


「いえ、ちゃんと両親が音楽からとったと……」


 俺は懐中時計を取り出して、チェーンの端を手にもつと振り子のように揺らす。


「いいですねカノン。貴方は大砲。巨砲です。最初の一撃にすべてをかけるのです。あとの事など撃ってから。むしろ逆に考えなさい。撃たないことで後悔するなら、撃って後悔する方が良いと……」


 カノンの瞳が少しずつぼんやりとし始めた。


 振り子のように左右に動く金時計を、レンズの向こうの青い瞳が追う。


 神官見習いの口から言葉が漏れた。


「は、はいであります。一撃でありますな……一撃……ぐふふ……ふはは……デュフフコポォオウフドプフォフォカヌポウ」


 殺る気スイッチオンである。


「ええ、そうです。神官たるもの魔物を一撃にて葬りさらずして、なんとしますか?」


「はいであります。見敵爆殺一撃必中であります」


「それでこそ私の後は……王立エノク神学校の学生です。今後は一体の相手のみ集中して確実に倒すことだけを考えてください」


 振り子を止めると、カノンは俺の手をとって立ち上がった。


「やってやるであります!」


「ええ、そのイキです」


「やってやるでありますよおおおお!」


 やらせはせんぞと言いたくなった。なぜだろう。


 声を上げるカノンをみて「あ! 元気になった! セイクリッドの言葉って魔法みたいだね!」と、アコがのんきに言う。勇者と神官見習いはハイタッチまでかわした。


 すぐさま赤毛と尻尾を激しく左右に揺らして、ステラが声を殺して俺の耳元で囁く。


「ちょ、ちょっと催眠術を使えるなんて知らなかったわよ。まさか、あたしにかけてないでしょうね? あなたを見てるとドキドキするとか、そういうの……」


 後半、蚊の鳴くような声になってかき消えてうまく聞き取れなかったが、まあ、自分がなんらかの暗示をかけられているんじゃないかと、心配になるのも無理はない。


「本で読んだ知識と見よう見まねでしたが、案外できてしまうものですね。それにカノンさんはかかりやすい体質のようですし」


「えぇ……ううん、もうあなたのことは出来ないことの方がまれって考えることにするわ。っていうか悪化させたんじゃないの? 攻撃を止めさせるのが目的でしょ?」


攻撃中毒患者のうきんは、少しずつ攻撃回数を減らしていくことで完治に向かうんですよ。我慢はさせずガス抜き程度に攻撃を許してあげましょう」


「なにその病気怖い!? っていうか人間怖いッ!? この聖堂の中に殺人鬼が二人もいるじゃない! こんなとこいられないわ! この脳筋推讃症ッ! 頭の中シックスパックに割れてるんじゃないの!?」


 人間恐怖症の魔王。なにそれ弱い。


 カノンはどこか遠くを見つめるようにして笑った。




「あは……あはは……あはは……お空綺麗でありますな……真っ赤で……夕日よりも真っ赤で……」




(※脚注:室内です)




「安心してください。カノンさんが特別ヤバイ人なだけで、この世の他の大半の人間など、貴方にとってはとるにたらない存在ですから」


「さらっとそういうこと言えるあなたが一番危険ね。けど、そんなあなたを倒すか、な、仲間に引き入れるかしちゃえば……世界をれるわッ!」


「勝手に話を進めないでください。大神官が欲しいなら、王都の茂みとか探せばいいですよ。きっと野生の大神官が飛び出してきますから」


 まあ、うっかり手を出して目の前を真っ暗にされても責任はもてないが。


 ステラはぷくーっと頬を膨らませた。


「まるで大神官のバーゲンセールね。けど、大神官なら誰でもいいんじゃないわよ。ばかぁ」


 俺のローブの裾を小さな子供のようにギュッと掴むステラ。


 を、アコが見て笑顔になった。


「ねえ二人は手を繋がないの? セイクリッドは鈍感だなぁ。ステラさんは手を繋ぎたいみたいだよ?」


 俺がステラの顔をのぞき込むと――


 慌てたように少女はパッと裾から手を離した。


「そ、そそそ、そんなわけないじゃない! ちょっと手汗がすごかったから、セイクリッドとかいう神官をおしぼり代わりに使ってあげただけよ」


 魔王はベーっと舌を出した。


 そんなステラに俺は告げる。


「貴方のお役に立てて大変光栄です」


「ごめんなさいごめんなさいもうしません許してください」


 ステラが背筋をぶるっと震えさせた。


 いや、そこまで怖がられると……少し照れる。


 アコが心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。


「だめだよセイクリッド。あんまりステラさんを怖がらせちゃ」


 そして、くるっと身を翻してアコはステラに両腕を広げてみせる。


「ほら、ボクの胸に飛び込んでおいで。いいこいいこしてあげるから」


「い、嫌よ!」


 一瞬抱きつこうと半歩踏み出した魔王が、勇者の誘惑に陥落して光堕ちするまで、あと1.2メートル。


 そんな魔王と勇者の間に飛び込むようにして、カノンが両手でそれぞれの手を握った。


「も、もう一度チャレンジしないでありますか?」


「いいよ! やろうやろう!」


 少年のような爽やかなトーンのアコの声が、聖堂に響いた。


 ステラは渋々付き合うという顔だ。


 俺は三人に告げる。


「おっと。お待ちください。実は貴方がたパーティーに足りないものがあるんです」


 アコは「足りないものだらけすぎて見当がつかないや!」と、あっけらかんと言う。


 この最凶チームに四人目のメンバーを、こっそり裏から手を回して呼んでおいたのだ。


「どうぞ、入って来てください」


 俺の私室のドアから姿を現したのは――


 ワイン瓶を手にした黒い甲冑の女騎士だった。


 ステラの目が点になる。


「え、ちょ、どうしてベリアルがここにいるのよ!?」


 とろんとした目で女騎士が言う。


「まお……ステラ様をお守りするため! 美酒に溺れるため! わたしに同行の許可をッ!!」


 美麗なる酔っ払い女騎士の登場にアコはというと。


「あ、あれ……美人のお姉さんはだーいすきなのに、ひ、膝がガクガク笑ってるよ」


 一度、ベリアル(アークデーモンモード)に気絶させられたことを、勇者の本能が察しているのだろう。


 カノンはといえば「な、なんと立派な騎士殿でありますか!」と、感激のあまり涙する。


 ステラが俺に詰め寄った。


「ちょ、ちょっと! 城の守りはどうするわけ?」


「貴方が心配なのは魔王城ではないでしょう。ご安心ください。ニーナさんは私がお守りいたしますから」


「それなら安心……ハッ!? はめたわね! 誰にも邪魔されずニーナと二人きりになれるって思ってるんでしょ!?」


「ははは。あなたの目にはそううつりますか? 偶然とは恐ろしいですね」


 かくして勇者パーティーの強化計画は実行に移されたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、マジでキャノンだった
2019/12/29 01:14 退会済み
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