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そんな任地で大丈夫か?



「この度、魔王城前の教会に赴任してまいりました。セイクリッドと申します。本日は引っ越しのご挨拶にうかがいました」


 俺は天を仰ぐように見上げた。対峙するのは牛とトカゲがごっちゃになりコウモリの羽を生やした、紫色のアークデーモンだ。


 体長およそ7~8メートル。水牛のような立派な角や、ドラゴンを思わせる尻尾も含めれば一層でかく見える。


 その巨体一つで小さな街くらいなら軽々と蹂躙じゅうりんできるだろう。


 手には三つ叉の槍を持ち、背後にデンっとそびえ建つ魔王城の城門を守っていた。


 アークデーモンの太く低い唸るような声が響く。


「人間の神官よ。ここを魔王城と知ってのことか?」


「最初に申し上げたでしょうに。私が赴任してきたのは魔王城前・・・・の教会だと。牛の頭は見かけだけではないんですね」


 振り返って俺はスッと指をさす。


 白い建物は山ほどもある魔王城と比べれば、路傍ろぼうの小石のようだった。


 大神樹の加護によって、魔物に取り壊されることなくそこに有り続ける小さな教会は、勇者が魔王城攻略の拠点とする最後の復活地点である。


 先代の魔王が倒されて以来、神官不在だったのだが俺が罰ゲーム……もとい、司祭の大任を命じられたのだ。


「死ね」


 太く響く声とともに、頭上から槍が俺を串刺しにしようと振り下ろされた。


 まったく魔族ってのはコレだから困る。会話を楽しむという文化が無いのだろうか?


 ひらりと槍をかわしつつ、抱えた菓子折の無事を確認した。


「運の良いやつめ」


 アークデーモンは呪文を唱えた。爆発系の上級魔法だ。


「まあまあここは穏便に」


 上級爆発魔法が発動するよりも迅速はやく、俺の呪封魔法がアークデーモンの呪文をキャンセルする。


「――ッ!? なん……だと……」


 アークデーモンは魔法が発動しないことに困惑の表情だ。


 仕方ないか。魔王城を守る最高レベルの魔物が“たかが人間”の神官に魔封じをくらうなんて日が来るとは、思ってなかったろうしな。


 とかくこの手の魔法は上位存在には効きにくい。というか、十中八九効かないと相場が決まっている。


 呪封や混乱に睡眠といった魔法が効いてしまうということは、俺より格下・・と、このアークデーモンの序列ヒエラルキーが確定したわけだ。


「戦いたいというのなら止めはしませんけど、ぶち殺されたくないならこの菓子折を魔王に届けてください」


「ふ、ふざけるな人間風情があああああッ!」


 アークデーモンは乱暴に槍を振り回した。避ける。避ける。避ける。その間も手にした包みの中身が割れないよう、細心の注意を怠らない。


「うがああああああああああああああああああああああッ!」


 アークデーモン渾身のなぎ払うような攻撃を、俺は軽くジャンプで飛び越えて槍の先端にスッ……と、音も立てずに着地した。


 俺は槍の穂先からスタスタと柄を渡ってアークデーモンのでっぷりと大きな腹を蹴り、その肩に跳び乗ると、頭の上に菓子折の包みをそっと置き耳元でささやく。


「大丈夫ですよ。聖水どくなど入っていませんから。王都で人気の職人が作った彩り鮮やかなマカロンという焼き菓子です。買うのに二時間も並んだんですよ?」


 ろうと思えば耳元で死の呪文の一つでも唱えればいいのだが、それは“最後の教会”の司祭の職務に含まれない。


 察したのかアークデーモンは槍を地面に突き刺した。


「…………クッ」


 殺せと言わんばかりの消沈ぶりだ。意外や武人タイプだったか。こうなればもう、俺に刃向かうこともなかろう。


「仲良くやりましょう」


 肩から飛び降りると俺は「では、魔王によろしくお伝えください」と告げて、新しい職場である“魔王城前の教会”に独り戻る。


 空は暗雲。大地は灰色に荒れ果て殺風景にもほどがあるな。人間が生きる環境じゃない。


 風の噂では新たに誕生した勇者はレベル3で、その成長はナメクジやカタツムリよりもゆっくりとのことだ。


 ハァ……と、心の中でクソデカ溜息が漏れた。


 レベル3って。スライム卒業おめでとうございますってレベルじゃないか。


 勇者がこの教会にたどり着くにはレベル80以上は必要だ。


 船すら寄せ付けぬ死海を渡り、竜の巣のような嵐の雲海を越えて、魔王城のあるこの島にたどり着き、さらに魔王軍四天王の結界を打ち破らなきゃならん。


 やれやれ先が思いやられる――と、重厚な鋼鉄製の観音開きの扉を開き、俺は教会の中に入った。


 小さいながらも聖堂の天井は高い。音は良く響きそうだが、脇に設置されたオルガンが埃をかぶったままだ。


 窓は石壁の上部に小さなものがいくつかあって、景色を見るものというよりも、もっぱら採光用だった。


 正面口から赤い絨毯がまっすぐ続き、奥に祭壇がある。俺が説法をするステージだが、絨毯を挟んで左右に並ぶ長椅子の列に信者きゃくは無し。


 ご神体である大神樹の木の芽が十字架のように祭壇裏手に茂り、うすぼんやりと淡く魔法の光を発していた。


 教会の照明など魔法力で動くあれこれの動力源だ。


 この木の芽のおかげで、いかに魔王といえども、魔王城じたくの目と鼻の先にあるたんこぶのような教会を破壊できないのである。


 がらんとした聖堂のほかは、部屋というと懺悔室と職員おれの私室に書庫があるくらいだ。


 バストイレはユニット式。小さいながらキッチンもあった。室内は常に快適な湿度と温度に保たれている。大神樹の加護のおかげで住むには困らないが、俺が退屈に殺されるのも時間の問題だな。


 史上最年少大神官の任地にはこれ以上無いと、教会上層部の老人たちは本気で思っている。俺を厄介払いしたい勢力が、お歴々に吹き込んだのだろう。


 勇者が魔王を倒すまで本部復帰の目は無いな、こりゃ。


 懲役何年か下手すりゃ何十年だ。


 ま、独り気楽なのだけは悪くないけど。


 引っ越しの挨拶も済ませ、本日よりこのセイクリッドが、魔王城前にある小さな教会の管理者となった。


 どーせ誰も来やしないだろうし、三食昼寝付きの自由な職場で本でも読んで静かに暮らしますかね。

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