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貴方は大切なものを燃やしていきました……二人の絆です。

 にらみ合い牙を剥き合い、お互いに「フーフー」と鼻息荒くおでこをぶつけ合う勇者と神官見習いの間に、割って入ると俺は告げる。


「ケンカするほど仲が良いとも申しますが、この際ですからお二人とも気の済むまで殴り合ってみてはいかがでしょうか?」


 アコもカノンも腕組みをすると、フンッ! とお互い首を明後日の方向に逸らした。


 勇者が口を尖らせる。


「ボクがカノンと戦ったら、間違い無くカノンが勝つからやらないよ。そんなに魔族をやっつけたいなら、カノンが勇者になれば良かったのさ」


 カノンは目尻を上げると眉間に険しくしわを寄せた。


「選ばれし者が、そんな根性でどうするでありますか」


 どうやら勇者は「どうして戦わなきゃいけないんだろう?」という、これまた思春期の中等部二年生くらいが陥りがちな疑問に、どっぷり肩まで浸かってしまったらしい。


 その泥沼から無理矢理引っ張りあげようとしたカノンと、衝突したのだろう。


 リムリムが笑う。


「なんだかわからないけど、リムリムに相談するのだ」


 カノンが「魔族は黙ってるでありますよ。というかセイクリッド殿もセイクリッド殿であります。神聖な教会の敷居をまたがせるなんて、聖職者の倫理に反するであります!」と、お冠だ。


 ちなみに、俺が赴任してから当教会の利用率をランク付けした場合、ステラとニーナの魔王姉妹がワンツーフィニッシュを決める事に疑いはない。


 もはやリムリムが増えようが、とっくの昔に魔族なじみの教会だ。


 魔族の少女は胸を張ったまま首を傾げる。


「あれ? なんで誰も相談しようとしないのだ? 相談料は応相談で、聖なる力をちょっともらえればいいのだ」


「リムリムさん、少し様子をみてはいかがでしょう」


「なんでなのだ? 困ってる人に恩を売って部下にするのもテクニックなのに」


 見た目の愛らしさに似つかわしくない、地味にえぐい技術をお持ちですこと。


「それを言っては相手に警戒されてしまいます。詐欺師はもっと巧妙に、自分自身さえ『私は善人だ』と、言い聞かせ、己を騙すことで他者の信頼を得て利用するものです」


「おお! なんて悪魔的発想なのだ! さすがリムリムが見込んだ神官……ちょっと、二人の様子を観察するのだ」


 納得するリムリムと、なぜか俺に突き刺さるアコ、カノン、キルシュの視線。


 ん~何か発言を間違ったかな?


 ともあれ、俺は咳払いを挟むとカノンに微笑みかける。


「えー、普段はそこまで必死にならないのに、いったいカノンさんもどうしてまた?」


「セイクリッド殿は詐欺師でありますか?」


「違います。神に誓って」


 堂々としていれば正しく見える。これ、司祭の流儀テクニック


 ふうと息を吐き、眼鏡の少女が下を向く。


「そ、それはアコ殿がダメ勇者だからでありまして……」


 アコはますます「そーだよそーだよ」と、自虐モード一直線だ。


 俺は後輩神官見習いに優しく告げる。


「アコさんはまだ、これから勇者として成長していく期待の有望株。植物で言えば芽生えたばかりですから、私たちが見守り、時には支えていつか大輪の花を咲かせるのを待ちましょう」


「待ってばかりだから、こんなたるんだお腹のダメ勇者になったでありますよ!」


 勇者の少女が耳まで赤くなった。


「た、たるんでないよ! ちょっとムーラムーラ村でバカンスが楽しくて、お腹がすこーしだけぽっこりしたかなぁくらいだし」


 アコの外見はさほど変わっていないのだが、年頃の少女というのはグラム単位で体重を気にするものだ。


 しかし、自分の体重を気にする奥ゆかしさがアコにもあったとは、意外というと角しか立たないので、俺はその件についてノータッチを決めた。


 と、キルシュが聖堂の長椅子に腰掛けて、傘を杖のように立てつつアコに告げる。


「というか、アコ先輩って勇者に向いて無いですよね?」


 あ、こいつ空気読まないつもりだな。


 勇者が涙目で吼える。


「し、知ってたよ! うん知ってる! けどね、けどさ、改めて勇者に向いて無いとか言われると、ボクだって傷つくんだよ? 自分で言ってるうちは自虐ギャグにもなるけど、第三者の冷静な判断はボクに効くから」


 キルシュは「えー、けどカノン先輩も、いつも『アコ殿はいまいち勇者っぽくないでありますー』って、アコ先輩がいないところで言ってますよ」と、消火作業と称して油を撒いた。


 しかし、キルシュのやつカノンの口振りを真似るのが妙に上手いな。


 さらにキルシュは目を細め、標的をカノンに切り替えた。


「それにカノン先輩も、アコ先輩がダメッ子なのは生まれつきなんだし、無理に勇者だから、ああしろこうしろって言っても、できっこないのにむなしくないですか?」


 カノンが真顔になった。


「そ、それは心配して言ってるのでありまして……」


「アコ先輩も『ほんとカノンってハンカチ持ったとかおやつはいくらまでとか、お母さんみたいで正直アレだよね?』って、わたしに同意を求めてきましたし」


 そのあとキルシュがどう答えたかは不明である。


 そして――


「いまいち勇者っぽくないボクでどうもすいませんねー」


「お母さんになるにはまだ若すぎるでありますなー」


 胸元で腕を組み、仁王立ちでアコとカノンは再びにらみ合うと「はっはっはっは」と、乾いた笑い声を聖堂いっぱいに響かせた。


 うん、犯人わかっちゃった俺。


 キルシュが困り顔で俺に告げる。


「本当に、二人ともどうかしちゃったって感じなんですよ」


「なるほど、無自覚だったのですねキルシュさん」


 炎上力において元暗殺者は高火力支援型だった。


 が、キルシュが増加させたとはいえ、アコの勇者としての自覚の無さと、カノンの過保護さについては、問題といえば問題である。


 いっそ二人を正面から対決させて、思いの丈をぶつけ合えばとも思ったのだが、アコは「女の子がひどい目に遭うと興奮できない」性格なこともあって、カノンとぶつかり稽古で発散というのは難しいようだ。


 そういえばアコが倒すべき魔王も女の子なんだよなぁ。


 神様、詰んでますよこの世界。


 ――と、俺がどうするべきか思案を巡らせていると。


「わかったのだ! 勇者だから聖なる力がすごいのだ!」


 リムリムがアコに向かってジャンプしながら、その胸に顔を埋めてハスハスとニオイを嗅いだ。


「わ! ちょ! 急にどうしたのリムリムちゃん?」


 魔族相手でも美少女ならウエルカムな性格なアコはされるがままだ。


 カノンが短杖を構える。


「あ、アコ殿から離れるでありますよ!」


 アコがにんまり口元を緩ませた。


「いやー困っちゃうなぁ。ボクって魔族の女の子にもモテモテなんだなぁ」


 ほかに“も”モテているのだろうか。アコのルックスやスタイルなら、中身さえ知らなければ引く手あまたかもしれないが。


 アコは「あー、ボクの人気に嫉妬しちゃうなんて神官って言ってもまだまだ見習いだね」と、カノンを挑発した。


「そ、そ、そんなことないでありますよ! アコ殿が誰とどうなっても知らないでありますよ! だけど、アコ殿は勇者でそのは魔族であります! 危険であります!」


「魔族だから危険って決めつけなくてもいいじゃん!」


 リムリムがアコの下おっぱいに顔を埋めて呟いた。


「そうなのだ。リムリムはあの赤毛のステラとかいう魔王とは違うのだ」


 今、さらりとポンコツピンクが秘密を暴露した。


 今日までアコとカノンを騙し……もとい、平和のために伏せてきた事実が露わになると同時に――


「おはようセイクリッド。昨日はちゃんと眠れたかしら?」


 昨晩の騒動を心配して、教会の正面入り口からニーナとベリアルを引き連れて、魔王ステラが混沌渦巻く聖堂に姿を現した。

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